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晴れのち転生日和

「いい天気だなぁ」


 渡瀬わたらせ れんは、透き通るような青い空を見上げて呟いた。


 高校生という身分にもすっかり慣れて2年目に突入した。華の高校生活を夢見たこともあったが、そんな夢は既に塵となり既に消滅済みである。当然彼女もいたことはなく、恋愛歴は皆無。このままだと彼女無しで大学生か、と溜息を吐いてみた。


 秋の高い空が蓮を見下ろしている。暑さが鳴りを潜め、涼しくなりつつある風が黒髪を攫った。

 通学鞄を肩に掛け直し、ゆっくりと足を動かす。学校が終わり、今はその帰り道だ。今日は部活もない事だし、のんびりと帰ろう。そう思って、交差点で足を止めた。


 家から通っている学校はそこそこ離れているため、電車通学だ。駅はこの交差点を通り過ぎた向こう側にある。


 普段なら、友人と話しながら帰るのだが、今日は用事があるようで彼は学校に残った。


 とはいえ一人も嫌いではない。


 友達は人並みにいる方だが、一人でいることに寂しさを感じる性分ではないのだ。


 たまには一人で帰るのも良いかもしれないな、などと思いながら歩いていたら、駅に着くのはあっという間だった。


 帰宅部か、部活のない同じ学校の生徒達の波に押し流されるように、改札へと向かった。電子カードをかざし、ピッというお馴染みの音が鳴ったことを確認して通り過ぎる。長めの階段を登り切ると視界が開け、プラットホームが現れた。


 蓮はふう、と息を吐き出した。なんとなく人が多いと疲れる。視線を何気なく周囲を巡らせた。


 本当に何気ない光景だ。同じ制服を着た学生は談笑したりスマホを見たり、買い物帰りの主婦はネギがはみ出した袋を下げている。若干買い過ぎな気もするが、本人はご機嫌そうだ。


 だから、この場所で、こんなことが起こるとは誰も予想していなかった。


 電車到着を告げる音楽が流れ始める。


 蓮はふと顔を上げた。少し離れた場所に立っていた同じ制服の少女と目が合う。見覚えがないので先輩か後輩だろう、と考えた。蓮はなぜかその少女から目が離せなくなる。


 風が吹く。


 少女の姿がふらりと傾いだ。


 綺麗な長い黒髪が風をはらんで広がる。


 そして向こうからは結構なスピードで直進する電車が――。


 考えるよりも先に身体が動いていた。状況を自分の頭が正しく認識していたのかも分からない。このまま飛び出せば必ずやって来る結末、つまりは『死』さえも頭から吹き飛んでいた。


 通学鞄を放り捨てて、少女を追って飛び出す。


 手を伸ばす。


 驚愕して呆けた表情をしていた少女が走ってくる蓮を見て目を見開いた。少女の口が何かを叫ぶように動く。


 何を言っていたのかは聞こえなかった。ただ、最後に感じたのは少女を押した感触と代わりに訪れた浮遊感。そして電車の甲高いブレーキ音だけだった。


 きっとあの少女はかれていないはず。きっと生きているはず。


 なぜ命を棄ててまであの少女を救おうとしたのかはまるで分からなかった。もしも、蓮がその感情に名前を付けたとしたならば、それは『一目惚れ』とでもいうのだろうか。


 少女を救った満足感を抱え、蓮の意識は闇に呑み込まれる。

 痛みすらも感じない、たぶん痛覚を感じる器官が活動を止めたのだ。


 ――それはつまり、渡瀬蓮という名の少年は死んだ、そういうことなのだろう。










 ***


 暗い闇の中で蓮は意識を取り戻した。


 死んだ筈なのに目が覚める、というのはおかしな話だ。と、朦朧とした頭で考える。


 身体が動かない。

 頭が働かない。


 ぼんやりとした視界の片隅に白い光が見えたような気がした。


 人……?


 女性のようなシルエットが動く。感覚は麻痺しているのに、なぜかそっと頭を撫でられたように感じられた。


『まさかこんな平凡な人間が代わりにやって来るだなんて……。困ったわね、でも、あの世界もそろそろ刻限だし……』


 誰かは意味の分からないことをぶつぶつ呟き、蓮の顔を覗き込む。ボヤけた視界には、きちんとその人の顔が映らなかった。


『あー、もう。しょうがないわね……。ダメ元で送り出すしかないわ。時間稼ぎくらいにはなるだろうし』


 なるほど、期待はされていないらしい。


 もうちょっとは期待して欲しい所だが、自分がとんでもなく平凡な人間なのはとてもよく理解していた。


『では、渡瀬 蓮、あなたに天命を授けましょう。勇者として、の世界を救いなさい。良いですか? この天命はあなたの魂に刻まれます。逆らうことも忘れることも決してできません』


 ちょっと、待ってください。こっちはまともに返事ができていないんですが。


 と、全くもって動かない身体で考えたが、もちろん全く相手には伝わっていない。

 了承も理解もしていないまま、蓮の意識は再び闇に呑まれ始めた。


 再び声が響く。


『最後に、餞別せんべつとしてあなたに贈り物を。神剣エリュシデータを授けます。あなたにその真価を引き出せる可能性は天文学的な確率ではあるけれど、……まあ、大抵のものなら斬れるでしょう』


 テキトーだな、おい。


 ツッコミたくなるほど適当な、神剣とやらの譲渡だった。神剣というからにはとんでもなくぶっ壊れた性能なのだろう。


 残念ながら蓮にはマトモに扱えないらしいが。


 差し込んでいた光が消失し、視界が暗闇に閉ざされた。

 空に放り出されたような感覚に包まれる。


 その次に蓮が目覚めた場所は、青い空の広がる平原だった。






 勇者適性の皆無の勇者の物語はここから始まる。

 誰よりも努力し、誰よりも魔法の修練に励み、凡人でありながら勇者の域に手を伸ばした。


 ――勇者レン。


 それが渡瀬 蓮の二度目の生で世界に刻まれた名前だ。

異世界転生は作者にとって初めての試みです。


楽しんでいただけたら幸いです。

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