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花の贈り物

 翌日、私はどうにも身が入らない鍛冶とイベント攻略に区切りをつけた。天上の木の情報を漁ったりネットでアニメを見たり、ベッドに寝転びながらじっと過ごす。今日の午後の事ばかり考えてあまり頭に情報が入ってこないが、それでも時間は過ぎていった。


 そうして日が西に傾き始める時間になると、出かける準備をして両親に行き先を告げる。世間一般的には今日からお盆ということもあり、いつも忙しそうにしている二人は珍しく家に居た。

 二人はその行き先に驚き、慌てて一緒に行こうかという提案。私はその申し出を断わって玄関を出た。


 外に出ると、湿度の高い嫌な気温が私を出迎えた。何となく黒っぽい服を着ていたけど、ちょっと暑いな……。

 服の中で汗が流れるのを感じながら、日傘を差して最初の目的地へと向かう。この辺りは住宅街だが、どこで暮らしていたのか分からない蝉たちの声が遠くから聞こえる。どうやら近くの公園かどこかに生息しているらしい。


 大きな入道雲を追いかけて住宅街を抜けると、緑の看板が目印の小さなお店が見えてきた。大通りに面したその店の看板には、白いペンキで藤原花屋と書かれている。

 私の最初の目的地は、近所にある花屋だ。


 どうやら今日は特別繁盛しているらしく、店の中には数人の買い物客が思い思いに花を選んでいる。時期から考えると、おそらくは贈呈用ではないのだろう。いや、ある意味こういうのも贈呈用といえるのだろうか。

 私は他の客と同じように花の苗や種のコーナーを通り抜けて、切り花が並ぶ棚まで歩みを進める。


 菊や蘭の花の香りが充満している店内は、花のためなのか空調も程よく利いていて居心地は悪くない。私は慣れない店内の様子に奇妙な緊張感を感じるが。

 花の名前などあまり知らないが、色取り取りの花々が所狭しと並ぶ様はちょっと圧巻である。このお店こんなに商品並んでたんだな、知らなかった。


 しかし、この中から選ぶとなると多すぎて少し迷う。仏壇用として売られているらしい安い花束を見ても何となく買う気にはならないし、かといって自分で切り花から花束を作った経験など一度もない。華道でも習っておけばこういう時に活かせるのだろうか。

 私は経験がない上に、今まで見てきた花々はすべてお祝いの品だ。個人的にはそれしか頂いたことはないし、父が良く貰ってくるのも当然祝いの花である。


 こういう時は店員に聞いてみるのが一番かな。

 私は忙しそうにしている店員の手が空いた瞬間を見計らって、声をかけた。


「あの、すみません」

「ん、加藤さんちの瑞葉ちゃんか。どうした?」


 私が声をかけた些か強面(こわもて)の男は、この藤原花屋の店主、藤原(ふじはら)さん。これでフジワラと読まないのだから驚きである。

 私の父親とは仲が良いらしいが、私と直接の面識はほぼない。顔と名前が一致する程度しかないのだ。


 ニコリともしない彼の接客態度にやや心配になりながら、お供え用の花が欲しい事を告げる。

 彼はその様子を黙ってじっと見つめていた。


「どんなのがいいとかあるかい? 最近はお盆だから、年寄りが好きそうな花くらいしか置いてないんだがね」

「どんなの……」


 それが決まらないから悩んでいたのだが。

 私はチラリと花の棚に目をやり、やっぱり決まらずに藤原さんに視線を返す。


「どうしようか悩んでて……」

「まぁ夏の花は種類が少ないもんだからな。造花とかドライフラワーって手もある。今いくつか持って来るから待っててくれ」


 彼はそう言うと店の奥に消えて行った。この時期は仏壇やお墓のお供え用に生花を中心に並べているが、いつもは造花やドライフラワーも売っているらしい。

 レジの前を見れば、小さい物はいくつか並んでいた。日持ちする関係なのか、値段も生花より安めである。


 確かに、花束を作ってもらうよりこっちの方がいいかもしれないな。生花って枯れちゃうわけだし、これがお供えしてあったらおばさんが見つけて家の仏壇……いや、そんな物があるのかは知らないが、とにかく移動させてくれるかもしれない。

 私は箱詰めされたドライフラワーや、造花の花束を真剣に見ながら藤原さんを待つ。送るなら、どういう物がいいのだろうか。


「いくつか持って来たぞ。売れ残りばっかりで悪いが……」


 真剣に見ている時に、視界の外からそんな言葉がかけられる。

 慌ててそちらを見れば、がたいの良い藤原さんが大きな段ボールを持ってバックヤードから出て来ている所だった。


 彼は見た目に反して軽そうな段ボール箱を床に置く。

 その中には色とりどりの花々がぎっしりと詰め込まれていた。その多種多様さを見る限り、どうやらそれぞれ別々に保管していた物を態々少しずつ持って来てくれたようである。

 まさかこれがそのまま裏に置かれている店はあるまい。私なら種類別に管理する。


「とりあえず若いのが好きそうなのはこんなもんだ。他はどうも年寄りの感性でな、ウチの婆様が作ったやつだったり……」

「こんなに……ありがとうございます」


 どうやって作るのか分からないが、ドライフラワーは瑞々しい色合いのままだし、造花も本物と見紛うばかり。見たところレジ前に置かれている物よりも上等そうだ。

 少し気になるのは商品に値段が書かれていない事なのだが……。この前の旅行が響いていてあまり手持ちがない。足りると良いのだが。


 傍にしゃがんでその箱の中身を吟味していると、私は箱の隅に転がっている不思議なボトルを見付けた。

 そのボトルには謎の透明な液体と、美しく咲き誇る薔薇が入っている。


「あの、これ何ですか?」

「これか? 今の若い子は知らんだろうな。ハーバリウムって言ってな、昔結構流行ったんだ。簡単に言えばあれだ、花の標本。生物室にホルマリン漬けとかなかったか? あんな感じのやつだ」


 いや、今は学校に標本とか置かなくなったんだったかとか何とか言いながら、藤原さんは再び奥へと戻る。他の商品も見せてくれるらしい。

 そう何度も行ったり来たりさせて申し訳ないが、この作品には少し興味があった。どうやって作るのだろうか。そもそもこの液体は……?


 私がそのボトルを手に取ってじっと見つめていると、バックヤードから戻ってきた藤原さんが二個目の段ボールを並べる。今度は重そうだ。花ではなく液体とガラスなので、当たりまえと言えば当たりまえなのだが。

 少々埃っぽい箱の中には、美しいボトルが何本も入っていた。ぎっしりと詰められており、下の方の商品は見えない程だ。


「俺らの世代だと古臭いとか、良くて懐かしいって思うもんだが、瑞葉ちゃんくらいの子には目新しく感じるのか。随分前に作ったもんだが、一応それなりの手順で作ったからまだまだ綺麗だろう」

「これは……」


 中身が見える様に横倒しにされて詰められているその箱の中身は、店内の照明を浴びてキラキラと光っている。

 細長い円柱状のボトルから、星型の瓶、化学の実験に使う丸底フラスコのような物に入った作品まで寝かされている。最後の奴は少々展示に苦労しそうだが、どれも綺麗だ。見ただけで香りまで誤認してしまいそうなほどである。


 私はそのハーバリウムを手に取って、全ての品を見て行く。

 どれも綺麗なのだが、ビンや中の花の色合いなどの違いで好みくらいはある。どれが一番喜ばれるかな……。


「あら、懐かしいわねぇ……」

「えっ……」


 急に知らない声が聞こえて思わず顔を上げる。

 そこには、見知らぬ老婦が立っていた。いや、立ってはいない。車椅子の上から私を見下ろして、微笑んでいた。


 そこでようやく私が通行の邪魔になっていることに気が付いて、慌てて横に避ける。

 しかし彼女は私の空けた道を通ることはなく、段ボール箱の中に視線を落としていた。


「これ、私が若い頃に流行ってねぇ……初めて主人に貰ったプレゼントなのよ」

「そう、なんですか」

「ふふ、ごめんなさいね。急に話しかけちゃってビックリしたでしょう。贈り物か何か?」


 そのお婆さんの言葉に頷きかけて、はたと気付く。

 これは贈り物ではなくお供え物だ。その表現は的確ではないだろう。


「いえ、友達の……お供え用です」


 私の答えを聞いた彼女は、微笑みを崩さずに段ボールから一本の瓶を手に取った。そして照明に掲げて光に晒す。元気な印象を受ける暖色系のボトル。

 オレンジの花びらに遮られ、瓶の液体に屈折した光が彼女の顔に落ちて影を作った。


「お供えだって贈り物よ。だってあなた、楽しそうに悩んでいたじゃない? 相手の喜ぶ姿を想像して悩むと、誰だってそういう表情になるのよ」

「それは……」


 それは、きっと現実逃避に近い。

 だってもう、ソラは二度と喜ぶことも、私のセンスに難癖をつけることもないのだから。そう思ってしまったが、その言葉が口から出る事はついになかった。


 言葉に窮する私を前に、彼女はこう続けた。


「直接会って渡せない贈り物を選ぶコツはね、相手が喜ぶ物よりも誰が送ったかが一目で分かる物にすることよ。特に、特別親しい人にはね」

「私だと分かる……」


 やはり何と返せばいいのか咄嗟に分からずに、オウム返しで言葉を返した私にその老人は微笑みかける。

 彼女は黄色と白の菊とリンドウ、トルコキキョウの花束と、そのオレンジのハーバリウムを藤原さんに渡して会計を済ませた。その花束は豪勢で、チラリと視界に入ったその金額は相当な値段だ。


 私が見ていることに気が付いたのか、彼女は車椅子を反転させながら私に微笑んだ。


「お婆さんはこんな日にしかお金使わないのよ。今日は主人が帰って来る日だから」

「あ……」


 私がお礼を言う前に彼女は店の外へと出て行く。

 追えば間に合うとは思うが、私の足はそれ以上動くことはなかった。


 ……私だと分かる物、か。

 私は一本自分の好きなボトルを選び、そしてもう一本、私が欲しいボトルを選んでレジに運ぶのだった。


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