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空からの贈り物

「これは……」

「弱っ! 何だこれ!」


 私の感想よりも先に、出品された剣の性能を見た泥団子がそんな悲鳴に近い叫びを上げる。店員としてどうなのかと思うが、客は身内の私一人なのであまり関係ないかな。

 装備を見ている私の姿を見ている通行人こそ居るが、この店の商品を見ている人いないし。


 泥団子の叫びに対して、店主は柳眉を逆立てて反論した。


「何を言うか! 確かに攻撃力も重量も低いが、この追加効果を見よ! 麻痺Lv.3と幻惑Lv.2が同時についているのだぞ! 素晴らしいではないか!」

「いや、剣を誰が使うのか考えろ。こんなデカい剣、銃剣使いどころか盗賊系すら使わんぞ」


 御多分に洩れず刃毀れしているその大剣は攻撃力が著しく低い。しかし追加効果が凄まじかった。

 敵の動きを止める麻痺や、視界を遮る幻惑などの状態異常を引き起こすし、それ以外にも細々とした戦闘補助の追加効果が付いていた。

 これ軽くて数値上の性能は低いので大剣としては今一つだが、これが回避系の防具だったらすごいことに……防具だったら?


 そこで私はある可能性に気が付いた。


「あの、これ何の金属使いましたか?」

「む、買うなら教えてやっても構わんが、無料(ただ)で教えるという訳には……」

「買います」

「即決か!?」

「そりゃあれだけ金有ればな……」


 私は決して安くはない支払いを済ませて、使う予定のない剣をインベントリに仕舞い込む。

 驚いたような表情をしていた店主だったが、私が視線で先を促すと咳払いをして口を開いた。


「んーむ、実はその……あまりみだりに公言するでないぞ?」

「早く言えよ……出所はどうせカジキだろ?」

「う、うるさいわ。……塔の124階の宝箱から出た素材らしい。名を“流星の欠片 i(アイ)”という。実は纏まった数を集めるのが難しいからと言って、知人が特別に売ってくれた品でな。再入手は難しいと思うぞ」

「ラクス、返品しろ」

「おい、貴様! そんな店員があるか!」


 泥団子はそう言うが、正直素材の名前さえ分ればそれでいいのだ。塔の宝箱から出るなら、再入手も今は可能性はある。

 私は彼への礼もそこそこに、取引掲示板で件の流星の欠片を検索する。流星の欠片にはいくつか種類があるようで、上からズラリと並ぶ鉱石はA、B、D、A……。


「あ、あった」

「ちなみに掲示板だといくらだ?」

「今は200万ちょっと。この調子だと鉱石一個に300万超えそうかな」

「さんびゃ……!?」

「さっきの剣が一本80万だったから、カジキから買った値段は50万から30万ってところか。ま、お前の稼ぎから見れば安くはないが、実際には格安だったわけだ。それなのにお前はまたこんなゴミ装備作って……」

「ゴミって言うな!!!」


 いや、割りとこのままだと本気でゴミに近いと思うよ?

 私は泥団子の調子からポロっとそんなことを言いそうになるが、咄嗟に口を押さえる。危ない、この人初対面なんだった。


 私は動揺を隠すように掲示板に視線を落とす。

 所持金の関係から500万くらいなら出してもいいかなと思うが、多分この世界の店で売れる“定価”は50万程度だろう。完全に珍しさで需要が吊り上がったぼったくり価格である。

 こういう時の鍛冶師って本当に馬鹿だよなぁ。新しい素材はいくらそれが高額でも試したくなってしまうのだ。


 購入を考えている私を含めてだが、彼らと違う点が一つある。私はこの素材で作られたと思しき装備を一つ知っているのだ。さっきのゴミ……(もと)い、大剣ではない。


 今私が着ている幻夜の舞踏服である。


 これの金属部分は、軽くて追加効果が高い。その上防御力は金属とは思えないほどに低かった。

 これはこの大剣によく似た性質だ。おそらく刀身部分は銀や鉄などを混ぜた合金なのでその分性能は低くなっているが、これも攻撃力が低くて追加効果が高い。


「んー……とりあえずショール達に探してもらうとして、こっちはどうしようかな……」


 とりあえずこの剣は溶かして素材に還元するとしても、この舞踏服の再現には鉱石一個分では足りないだろう。装備を溶かした時の素材の還元率は半分以下なので全く足りない。

 せめて3個、余裕を持って5個分くらいは欲しいのだが、掲示板に出ているのはこの1個だけ。


 私はメッセージ機能でシトリン達にバザー内で素材の捜索を頼みつつ、一応とばかりに入札する。

 しかし直後に金額の上書をされた。どうやら顔の見えない誰かがこの素材の入手に躍起(やっき)になっているらしい。オークションの終了時間は今日の深夜。これでは半端な金額での入手は無理だろう。


「んー……仕方ないか。とりあえず素材の入手手段が見つかるまでは諦めることにするよ」

「そうか? 分かった。今日はもう落ちるのか?」

「ありがとね、泥団子と……えっと、そう言えば名前知りませんでしたね」

「源二郎という。覚えておけ娘」


 源二郎さんと泥団子に改めて礼を言った私は、一度中央広場まで戻ることにした。バザーでログアウトするとログイン時に混雑していてちょっと邪魔になってしまう。気にするほどの事でもないし結構な人がやっているのだが、それでも何となく私達は避けていた。


「で、あの美少女知り合いなの?」

「中学の同級」


 背後から雑踏に紛れてそんな話が流れてきたが、私は気にせずに歩みを進めるのだった。



 ***



 ログアウトした私はベッドの上で目をつぶる。

 いつもやっている瞑想である。本当はゲームを終えた後に勉強したりシャワーを浴びたりしてからやった方が落ち着くのだが、夏休みの課題はとっくの昔に終了し、今は親がお風呂に入っている。


 うちの両親は、都合の合う時は一緒にお風呂に入っている。

 実に仲睦まじいことだが、子供としては微妙な気持ちである。両親は寝室が同じだし、そもそも夫婦なので“そういう関係”だと頭では分かっているのだが、どうしても親が男女に見えない。見ることができない。


 当然だがあそこと一緒に入る気は全くしないし、何なら両親の後に入るのもちょっと嫌だ。こういう日はシャワーで済ませている。

 でも小さい頃は無邪気に3人で入浴したっけな。事故直後も一緒に入ると言ってきたのだが、どうしても嫌で泣いたことを覚えている。

 あの間に入るのが生理的に嫌だったし、何より“お世話”されるのが絶対に嫌だった。


 当時は義足で歩くことにも慣れていないし、今以上に義手の操作に難があった時期だ。当然人の手を借りていたし、通学はしばらく車椅子だった。

 私はそれなりに有名で、記者を名乗る知らない男や私の惨めな姿を撮りたがるテレビカメラに追われる生活に疲弊していたし、毎日のようにやっていた部活は台無しに、友達とも疎遠に、

 そしてあの時いつも一緒だった大親友は、帰らぬ人となってしまった。


「……はぁ。疲れるとやっぱり駄目だな、私」


 私は目を開けてベッドに倒れ込む。

 せめて夢の中だけでも甘い物をと考えて使っている枕の芳香がふわりと舞い、自分の体臭と混ざったバニラの香りが鼻孔をくすぐった。


 倒れたままバタバタと両足を動かして意識をこの体を馴染ませる。

 どうもこの体の差が疲れの原因らしく、運動や瞑想はそれをリセットする効果があるようなのだ。ちなみに、個人の感想なので悪しからず。


 知らずの内に溜まっていた涙がつうと流れて甘い枕を濡らす。

 私は乱暴に右手で雫を拭うと、枕元の目覚まし時計に視線を向けた。


 今日は8月12日。

 明日はあの事故……いや、殺人事件から丁度三年。


 そして明後日は、あの子の命日だ。


 装備品やイベントに集中してあまり考えない様にしてきたが、流石に前日の夜ともなれば嫌でも思い出す。きっと紗愛ちゃんがゲームを薦めてくれたのもこの日が近いからだったのだろう。毎年彼女は何かと気を遣ってくれている。


 しかし、それでいいのだろうか。

 私はまだ彼女のお墓参りにも行けてないのに。


 窓から見える星空は綺麗だが、いつもよりも少しぼやけて見えた。


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