弄月の後継とボロい装備屋
イベント開始から3日が過ぎた。
私達は天上への塔の80階を突破し、90階のボス戦で再び行き詰っていた。62階から第3エリア相当の強さの敵が出没するので、結構上った方である。
イベントエリア上層では特にユリアの消耗が激しく、私達の攻撃では易々と突破はできない。これ以上進むには単純にレベルが足りなそう。
当然そうして私達が足踏みしている間にも上級者はどんどん先に行ってしまうので、私達のランキングは徐々に下がって来ていた。私達は長期休暇中の学生なので、かなりの時間をイベントに費やしているはずなのだが、階層が上の方が単純に敵一体当たりのポイント効率が良く、上級者程戦闘時間が短いのでポイント効率で差を付けられている形だ。
じりじりと下がっていくランキングを気にしつつ塔に通うのが精神衛生上良くないしこれ以上は無理だと見切りをつけた私達は、開始4日目にしてようやく累積報酬の目標を決めてのんびりとプレイしている。端から上位入賞など無理な話だったのだが、どうしてもここまで調子良く進んで来ていたので現実を見るまで諦められなかったというのもある。
イベント開催期間は10日間。夏休み中で曜日感覚が無くなってきているが、確か金曜日に開始されて日曜日に終了予定だ。
最初のスタートダッシュの三日が過ぎて、上位ちょっと下くらいはポイントの上昇幅が減速気味。おそらくは私達のように諦めたプレイヤーや、単純に平日になって時間が確保できなくなったプレイヤーがたくさんいるのだと思う。
それに対して、上位陣のポイントの稼ぎ方は時間が進むにつれて少しずつ上がり続けているのだから信じられない。息切れしないのだろうか。
私は弄月の後継作、両面攻撃力の高い双剣作りを放り投げて見ていた公式サイトから視線を上げる。
今日もユリア達に無理を言って鍛冶に多少時間を割いてもらったのだが、中々思う様に進まなかった。それもこれも弄月の完成度の高さが原因である。
片方が失敗作とは言え、第3エリアに来て多少手直しされたこの二振りの剣は、今私が装備できる剣の中でもトップクラスの性能をしている。魔力特化なら舞姫、物理特化なら霽月の方が良いのだが、両方の攻撃力を高めるならこのバランスが事実上の最適解だ。
もうちょっと魔力方面に偏ってもいいかなと感じることもあるが、実はこの剣、元から金属剣の中では魔力特化に近い。これ以上魔力上げると耐久値が著しく低下してしまうので実用性が低かった。
この剣を超える性能を出すには、二つの方法が考えられる。
一つは単純に、私のステータスを上昇させて装備できる武器の幅を増やすという手段だ。
いくら完成度が高いとは言え、第1エリアで作成した装備である。この弄月をこれ以上強化するのは既に難しい。今は装備制限で先進的な装備も性能を落として使わざるを得ないが、その制限が無くなれば普通に弄月を超えられるという話だ。
そしてもう一つ。
それは、装備の追加効果を狙うという物である。
月夜の舞姫を見ればわかる通り、追加効果には属性攻撃の強化や特定のスキルの強化など様々な物がある。
弄月は攻撃力の補正値こそ高いが、こちらは敏捷性の強化と風属性の付与くらいしかない。敏捷性強化が剣に付いているのが珍しいのだが、別段強いというほどではなかった。ユリアの斧にはノックバック強化や防御貫通など様々な追加効果がある。それに比べればなんて事はない効果である。
その弄月と同等の能力値補正を持ちながら、特殊な追加効果を付与できれば弄月よりも強くなるという考えだ。
では、なぜそれらの手段を取らないのかと言えば、単純に時間がかかるのである。
レベル上げは職業レベル70を超えた辺りから厳しくなってきているし、舞姫のようにぶっ飛んだ追加効果などそうそう出るものではない。特に魔力特化の剣は需要が少ないのと、杖を作る時のような試行錯誤の積み重ねが必要なので判明している追加効果の付け方も極僅かだ。
あーあ、カンダラの露店にある様な希少金属でも手に入らないかな。
私は使用可能時間が過ぎたレンタル鍛冶場を後にして、ツバキの街を見て回る。
ここ最近、街はバザーの活気で溢れている。あのイベントの宝箱から出る希少な素材を、取引掲示板に流したり露店で売ったりするプレイヤーが多いからだ。
市場に流れる素材の量が増えれば、当然新しい装備を作るプレイヤーも増える。その装備を買ったプレイヤーが塔を上り……という好循環が形成されていた。
装備作りに行き詰っている私には悪くない環境である。
私は露店通りを人の波を抜けながら見て回る。薬屋はシトリンが居るのであまり見ずに、素材売りや武器屋などを中心に。
バザーは出店数に応じて通りが“伸びる”ので、今はゴールデンタイムということもあり端から端まで歩くのに結構時間がかかった。途中何人かにぶつかったりぶつかられたりしながら、露店通りを往復していく。
最初は向かって右側の出店、そして左側、次に右の入れ替わったお店……。
そうして店を見ている内に、思いがけない人物と出くわした。
「あれ、泥団子店番してるの?」
「ん? あ、ラクスか。知り合いの店なんだが、ちょっと武器追加で打ってくるとか言ってな。店番してる」
「そんな便利システムあったんだ……知らなかった」
人の波をかき分けて進むことしばらく。
私はバザーの中ほどの場所に、泥団子が店番をしている露店を発見した。
彼は数々の……少々特殊な装備の奥から、頬杖を付いて客の流れを見ている。あまり繁盛しているようには見えないが、どうやら武器や防具を売っている露店らしい。
泥団子はここの装備にあまり興味なさそうだが、彼の知り合いということならちょっと剣について相談してみようかな。
これらの作者らしい店主が帰って来るまでは並んでいる剣や槍を品定め。泥団子には大した物はないと言われてはいたが、装備その物の価値はなくとも技術や素材には何かヒントがあるかもしれない。
出品されている品物のすべてを見終えた私は、ある共通点に気付いた。気付いたというよりもぱっと見で感じた印象が、すべての商品に当てはまっている事を確認したと言った方が適切か。
「んー……何て言うか、コンセプトがはっきりした装備だよね」
「ま、そうだろうな。何てったってあいつは……」
「待たせたな、団子よ。貴殿の働きに謝意を表する。この装備が売れた暁には……」
私と泥団子が話していると、露店の裏から甲冑を着た人物がぬっと現れる。黒い色備えのその鎧は、数々の戦いを経験してきたかのように傷だらけである。さながら歴戦の侍と言ったような雰囲気だ。
泥団子は彼の登場に驚くこともなく、視線だけ投げて口を開いた。
「客だ、客。20分振りのチラ見じゃない客だ」
「あ、マジだ……好きに見ていくと良い」
「今見終わった所なんだけどな」
泥団子は“傷だらけの商品”の前で大きくため息を吐く。
ここの商品はどれも戦場に捨てられたかのようにボロボロだった。装備はシステム的な耐久度こそあれど、傷が付くことは基本的にない。そのためこういう装備は、最初からこう作ろうと思わなければ作れない物なのだ。
つまり、この刃毀れしたり、錆びたり、酷い物は折れたりしているこの装備群は、すべてこの人がこういう風に作ったということになる。
中々不思議な趣味だ。何というか、本人の見た目も落ち武者みたいだし。
性能的に見てみれば、どうやら刃毀れの“形”がシステム的に良くないようで、平均から見ると威力も耐久も低めに設定されている。それでも追加効果は悪くなかったりするので腕自体は悪くないのだろう。
ただ一つ確かなのは、売れないだろうな、これ。
私がそんな感想を抱いていることに気が付いたのか、彼は若干慌ててインベントリから一本の剣を取り出して見せた。
「これ! これを見よ、娘。素晴らしい出来であろう!」
「これは……」




