霽月
私達のイベントの進行は中々の滑り出しだった。
最下位が何位なのかは分からないが、初日に私がログアウトした時点で私は1242位。深夜帯にログインしたプレイヤーに抜かされたので、今確認してみると3000位付近である。
ポイントの累積報酬はゆっくり集めるつもりだが、ランキング報酬の方はどうしようかな。ランキング報酬には素材やスクロール、レアモンスター捕獲用の魂なんかが置いてあるが、今の順位では大した物は貰えないようだ。
ちなみにパーティを組んでいると全員ポイントを獲得できるので、今は私達4人全員が横並びの順位である。
装備を作り終えた私が現在時刻を確認すると、まだ午前7時半。早く装備を作りたくて5時くらいにログインしたのでそろそろ休憩してもいいかもしれない。
そんな考えが頭を過るが、私の渾身の一振り、いや二振りとなったその煌びやかな刃が視界に入った瞬間にすべて吹き飛んだ。
この剣を前にして、一旦“お預け”なんてあり得ない。
あっちでムラムラして絶対耐えられない。
私は新たな相棒、霽月を手にし、傭兵達に招集をかけるのだった。
***
「さて、ショールと私は装備の試運転だからあんまり無理しない様に進もっか」
「このウキウキ気分のラクスさん見てると、無理しないとか絶対ないと思いませんか?」
「あり得ませんわね」
「無いです」
「無理でしょうね」
私は51階に転移して大きく伸びをする。昨日の最終到達階層は80階のボス部屋なので、転移できる最高階層は71階。感覚的にはかなり下の方だが、この辺りまでは映し身も使えるし色々と試し斬りに都合がいい。
背後から聞こえる声を無視して私は階段を上がる。結構余裕を持って無理しない範囲に飛んだんだよ。君たち人を何だと思っているのか。
ショールが私の後ろに付いて来るのを確認して、私は映し身を召喚する。
ペットはアクセサリー枠を一つ潰すが、実際にアクセサリーとして実体があるわけではない。私は首元に、ずーっと昔にマツメツさんに作ってもらったあの星空のネックレスを付けているので、指輪の枠にペットを納めている。
常駐型は装備した瞬間からずっと後ろを付いて来る(街中では勝手に消える)が、召喚型や一撃型を使う場合はスキルの発動と同じように脳で、もっと言えば“意識”で操作することになる。
慣れるまでは口に言葉として出したりして発動するが、このゲームを三日もやれば簡単にできるようになる操作である。
この技術は現実でも義手に特殊な動作をさせるだとか、車椅子の操縦だとかにも使われている手法なので、実は病院でのリハビリで練習したことがある。もう義手も日常動作くらいしかしないし、車椅子にも乗らなくなったので思い出すことすらなかったが。
昨日と同じく、表情まで私の真似をする映し身が鏡のエフェクトと共に出現する。鏡鳴の社とは違ってかなり簡素な演出だ。パッと出てパッと消えるのは便利と言えば便利だが、もうちょっと派手でもいい気がするな。あの鏡の演出好きだったし。
そんなことを考えながら階段を一歩上がった瞬間、システムメッセージが立ち上がる。
もしかしてフランからの呼び出しかとメニューを見れば、新たなスキルの獲得と表示されていた。
「え? スキルって……」
一瞬何のことだか分からなかったが、読み返してみてようやく勘違いに気が付いた。
どうやら私や傭兵のスキルではなく、映し身が新たなスキルを獲得したらしい。実は昨日判明した新事実なのだが、一撃型のペットモンスターは育成していくと数種類のスキルを使い分けることができるようになる。
ユリアのデュラハンが単純な突進だけではなく、色々な槍術を扱えるようになって判明したことである。ペットの話題をネットですっかり漁らなくなってしまったので知らなかったのだが、ネットでは数日前から情報だけは出ていたらしい。
そして肝心の映し身の新たなスキルは、“敵影召喚”と“反転召喚”。
簡単に言えば、敵として出てきたモンスターを召喚するスキルと、私の物理と魔法の能力値を反転した映し身を召喚するスキルのようだ。
鏡鳴の社でも似たようなことをしていた、というか前者は普通に敵として出て来た時の通常仕様である。どの程度能力値をコピーできるのか分からないが、ボス戦では結構強いんじゃないのかな。
早速試してみようとは思うのだが、さっき呼び出したばかりなので今すぐという訳にもいかない。スキルの再使用までの時間は全スキル共通である。
私はとりあえず武器の試し斬りから始めようと思い直して、階段を上るのだった。
それから十数分。
私は迫り来る四腕の鬼を霽月で斬り伏せていた。
鬼の名前は“鬼面武者”。武者の名の通りちょっと和風の格好をしているが、武者というよりは完全に鬼である。
私は倒れて消えて行く鬼を踏みつけて、その奥で刀を振り上げている鬼の懐まで駆けた。
そして、手に持った霽月で鬼の首を撫でる。
霽月は一直線に赤い皮膚を斬り裂いた。反撃として迫る刀はショールの長巻によって防がれる。槍よりも重いので、こういう防御は得意そうだ。
私は続け様に剣の舞で鬼の体に深い傷を刻み、それに続いて映し身も鬼の脳天に剣を振り下ろした。
霽月は私の装備にしては大変珍しい、実直な剣である。
魔法攻撃力を上げることもなければ、特に珍しい効果もない。ただ単純に物理攻撃力を高めただけの剣だ。別の言い方をすれば、それに特化していると言ってもいい。
とにかく切れ味だけを追求した美しい刃は、僅かに青味がかっている。滑らかな曲線を描く刃から柄まで特に目立った装飾はない。本当ならば色々仕込みたかったのだが、刀身自体が美しいので止めることにしたのだ。あんまり宝石とか入れると物理攻撃力特化じゃなくなってしまうし。
魔法攻撃力は舞姫という味方がいるし、物理攻撃力を高めたいという考えだったのだが、使用感は悪くない。弄月に比べて長く、そして多少重くなったし、属性舞の威力が著しく低下しているが、それでも剣の舞系のスキルが強化されているし、通常攻撃もかなりの火力だ。
ただ、やはりというか弄月の方が使い勝手は良い。今まで属性舞を中心に使ってきたこともあり、つい癖で使ってしまうし、何より物理攻撃力なら普通にショールやユリアの方が強い。装備が、というよりも私のステータスの問題である。数値上の腕力が低いので、物理攻撃力が高い装備をあまり装備できないのだ。
やっぱり両面火力あった方が単純に便利だし、私の役割としても合っている気がする。舞姫は耐久力の関係でどうしても“奥の手”になっちゃうし。
そんな欠点もあるが、霽月は私だけでなく映し身も大幅に強化してもいる。
そもそもあまりスキルを使わない戦闘思考をしているので、通常攻撃が強化されるだけでかなり違う。反転召喚すればそっくりそのまま魔法攻撃に変わるはずなので、その辺りも工夫すれば戦闘に活かせそうだ。
私は消え行く鬼を見送ることもせずにショールを振り返る。
「んー、まぁまぁかな。完成した時は興奮したし、実際良い出来だけど私と相性はそんなに良くない気がする。ショールはどう?」
「何と言うか、扱い切れていない気がします。ただ、初めて槍を持った時も同じ感想だったので、足りていないのは慣れでしょうか」
「そっかぁ……重心とか調整するからちょっと戻ろうか。私ももうちょっと色々試したくなってきた」
私はインベントリを開くと、転移アイテムを選択して使用する。
私達はツバキの街へと帰還するのだった。
一日のPV数が絶頂期の三分の一以下まで下がりましたが、部分別の解析を見てみると最新二話を読んで下さる方はほぼ横ばいでした。どうやら新規読者が減った結果の様です。
とりあえず急に読者が居なくなったわけではなさそうなので嬉しい限りです。
読んでくださる方には感謝申し上げます。ありがとう。




