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イベント初日

 イベント開始から30分が経過したツバキの街に、ようやく4人が集まった。

 開始は午前10時から。今日はそれに合わせてログインしようという約束だったのだが、結局時間通りに集まったのは私とフランの二人だけである。


 ユリアは寝坊、泥団子も寝坊。夏休みが始まってからずっと深夜に寝て昼過ぎに起きる生活をしているらしく、急に午前10時に起きるのは無理だったようだ。夏休み明ける前に生活リズム直してね。

 健康的な生活をしている私達が待ち時間に何をしていたのかと言えば、急に人の少なくなったツバキの街を見て回っていた。プレイヤーは当然イベントマップに転移しているし、それに合わせて傭兵達も姿を消している。

 何よりここは第3エリア。この街を利用しているのは猛者たちばかりなので、開始30分程度で死んで街に戻ってくる人は居ないのである。


 このパーティは最後の一人の傭兵を誰にするかでいつも迷うのだが、今日は様子見ということでショールをメンバーに加えている。前衛を一人加えた形だ。防御重視とも言える。

 実は私が鍛冶をやりたいと伝えたら、ユリアもショールもラリマールも私の作品が欲しいと言ってくれたので、金属系の装備を更新していない。そのためちょっと能力値的には不安要素があるのだが、その辺は大丈夫だとは思いたい。


「さて、行くか。このアイテム使えばいいんだよな?」

「私が一番乗り!」


 いつの間にかインベントリに入っていた綺麗な結晶、“異界への扉”を取り出してユリアが振り回す。本来の使い方は掲げるだけだが、どうやら頭より高い位置に手で持って行くと使用できるようで、振り回されたその結晶は光り輝き私達を目的の場所まで導いた。


「あれ、全員一緒だ」

「パーティ毎にダンジョン用意されてるんだから当たり前だよ」


 どうやら一人で先に行きたかったらしいユリアが、キョロキョロと辺りを見渡している。

 私達が転移してきたのは冷たい色合いをした丸い部屋。透明度の低い氷のような見た目をしているその床材は、触ってみても冷たくはない。どうやら普通の石材らしい。


「んー、もっと派手なの想像してた」

「そうですね。天上への塔、でしたか。私はラクスさんに聞いた程度の話しか分かりませんが、天上への、という割に普通です」


 家具どころか入り口すらない部屋を見回していたフランとショールは似たような感想を溢して正面の階段に視線を戻す。他の面子もそれぞれその何もない部屋からすぐに興味をなくし、巨大な階段へと向かって一歩踏み出した。


 硬い床に靴底が触れて硬質な音が立つ。その音はこの広すぎる部屋の中で反響することなく消えて行った。

 私達は横幅の広い、造りだけは豪華な階段を上っていく。途中の踊り場で左右の分岐があったが、とりあえずは向かって右の方へ。


 階段を上った先に待っていたのは、広い広い通路だ。天井も高く、横幅も広い。一階の様子からは打って変わって、二階は突然私達が小さくなってしまったかのような印象を受ける不思議な場所だった。

 私はシステムのマップを開いて、自分の場所を確認する。初めて入ったダンジョン内部と同じで、白い画面に自分の周辺の地形だけ表示されている。視界に入った地形を自動で書いてくれる便利なシステムだ。


 私は階段を上り切った4人を振り返って、進路を尋ねる。


「どっちに行こうか」

「前進!」


 通路が続いているのは前と左。とりあえずは上への階段を探すところからだと思うので、どっちに行ってもいいはずだ。やる気に溢れているユリアは迷わず前を選ぶ。

 んー……でも右に曲がったあの階段を上って来たんだから、左が塔の入り口地点から見た正面では? そんな意味のないことを一瞬考えてしまったのだが、ユリアは私を置いてずんずんと前方の通路を進む。

 私は慌ててその黒い鎧を追いかけた。


 私達の隊列は一番前がユリア、その後ろに私とショール、その更に後ろにフラン、最後に泥団子が基本だ。モンスターに発見される人物をユリアに集中させることで私とショールが自由に動けるようにし、後衛はその援護を行うという流れだ。

 ちなみに装備重量を加味すると一番敏捷性が低いのもユリアなので、彼女の進行速度に合わせるという理由もある。次に遅いのは泥団子とショール。当然だが一番速いのは私だ。


 そんな彼女がピタリと止まる。私も彼女が立ち止まった理由を察して弄月を抜いて正面を見た。


 そこに居たのは、あの懐かしの犬熊だった。

 私の初体験の相手である。ちなみにショールも最初の相手はこの犬熊だった。様々な新人旅人の前に立ちはだかっては倒されていく、雑魚中の雑魚である。


 一番早く敵影に反応して見せたのはフランだった。ユリアの顔の横ギリギリを抜ける射撃で、アケボノスギの街の賭場で貰った景品が火を噴く。

 ライフルから拳銃に戻ったことで射撃精度が変わるかとも思っていたのだが、数回試し撃ちしただけで物にしてしまうのだから恐ろしい。

 彼女の弾丸は特に何の問題もなく犬熊の顔面を捉え、敵を一撃で消し去った。


「……弱くない?」

「まぁ最下層から強かったら初心者詰んじゃうし、多少はね?」

「それでもまさかサクラギ草原のモンスターが出るとは……親切というか何と言うか」

「帰郷の欠片を全プレイヤーに渡すって考えるとこうなっちゃうのかもねー。流石に警戒するにはまだ早いか」


 呆気に取られるフランを他所に、私達はそれぞれ思い思いに発言する。最初の階は一番弱いだろうとは考えていたので、私としては予想通りである。フランには悪いがしばらくは弾の温存をしていてもらおう。


 弱い敵にも弱いなりの利用方法があるのだから。



 ***



 ラクスが弄月でブルーゴブリンの腹を斬り裂き、フランが残ったHPを吹き飛ばす。他のモンスター達の群れに目掛けてデュラハンが突撃を敢行し、蛇の魔法が消えて行くデュラハン諸共毒の魔法で攻撃する。

 あ、ラクスがやられた。脆いな、私。


 私達が何をしているのかと言えば、ペットモンスターの育成である。

 ペットは戦闘に参加すると経験値を貰って強くなる。

 逆に言えば、私達の映し身やユリアのデュラハンのような一撃型や召喚型は使わないと経験値を貰えない。泥団子の蛇は常駐型なので特に問題ないのだが、弱くて簡単に死ぬ私の映し身なんかは育成にものすごーく難がある。

 私達の適正レベルのダンジョンでは全く歯が立たないので、無理に使用しても簡単に死んで再召喚までの時間をただ待っているだけになってしまうのだ。


 モンスターの育成のためにレベルの低いダンジョンに向かうのが最近のトレンドだったのだが、私達は第3エリアに進んだので特に行っていない。そこでこうして道中にレベルの低いモンスターが出るなら育成に使ってしまおうと考えたのである。

 装備の耐久値、アイテム、弾丸の節約になるので殲滅速度は低いが結構悪くない案だと思う。


 私はやられてしまった映し身を再度召喚しながら、道の奥に見つけた宝箱に駆け寄るフランとユリアを見る。

 このダンジョンには各所に宝箱が設置されており、中からレアアイテムが貰える! という触れ込みだった。しかし現状貰えているのはレアリティの低い素材ばかりで、泥団子が期待していたイベント限定装備なんかは入っていない。階層がまだまだ低いのでその関係だろうか。


 ちなみに二人が手に入れた要らない素材は、ガシガシ私に譲渡申請が来る。今も布と毒液が二人から送られてきた。まぁこの中で一番素材使うの私だけどさ、この扱いはどっちかというとゴミ箱なんじゃ……。

 私は混沌としていくインベントリの中身を整理しながら、映し身の戦闘に視線を戻した。


 フランの映し身はあの鏡鳴の社でも思ったがそこそこ強い。強いというかもっと正確な表現をすれば、戦闘距離が離れている時に防御の薄い敵を殺すのにかなり適している。雑魚狩りでは大活躍するタイプだ。

 逆にユリアのような防御の厚い敵には明らかに不利という弱点も抱えている。銃がシステム的に弱いというのはこのデメリットがメリットを大きく上回っているためだ。


 フランは超絶技巧でその欠点を感じさせない戦いをするが、映し身にそこまでさせるのは無茶という物だ。特に銃がシステム上連射できないのに、一対一で私程度の動きを捉えられないのは痛い。フランより近接での反撃も多いのだが、あの程度は私には苦にもならないのだ。怖いのは射撃だけ。

 こうしてしっかり見て思ってしまうのが、正直、ユリアの映し身だったらもうちょっと活躍したのになぁという印象だ。攻防共にハイレベルなので戦術が稚拙でも活躍できる。このパーティだと泥団子でもいい。パーティの回復の手が増えるというのはそれだけで有難いのだから。


 そして、そのフランの映し身よりも圧倒的に出来が悪いのが私の映し身である。

 ちなみにこの弱さは検証の時から少し感じていたことだ。あの時は強さに見合ってないダンジョンだし、育成もまだだからなと思っていたのだが、こうして適正レベルくらいの場所に来るとよく分かる。

 私以上に防御が薄いのに、攻撃の避け方が悪い。もちろん敏捷性は私の方が高いのでその違いはあるのだが、昔の私の方がまだ上手かっただろう。

 フランが即座に射殺していたので気にしなかったが、鏡鳴の社でもこの程度だったのかな。あの同一人物5体同時出現の間ではもうちょっと強かった気がするんだけど、あれは能力値の差なのだろうか。


 まぁ普通に考えればモンスターが私と同等の回避性能を持っていたら、戦闘が長期化してプレイヤーのストレスになるだろう。ペットの戦闘思考はモンスターと同等程度なので仕方ないと理解はできる。

 しかし、どうしようもなく弱いなこれは。


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