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金属の杖

 ツバキの街に到着した私達。そこで最初に行うのは装備の更新である。

 明日にはイベントが始まってしまう。あまり真剣に上位を目指すわけではないとはいえ、できればいいスタートを切りたいというのが人情というもの。今日急いで第3エリアまで来たのはこのためと言っても過言ではなかった。


 私は当然作業部屋に籠り、ユリアと泥団子、そして傭兵達は素材集めにこの広い街の方々(ほうぼう)に散ってもらっている。フランは相変わらずカジノ装備を目指して奮闘中だ。


 今回はデザインを考えている暇がないので、前回の装備から見た目は大きく変えない。

 ただし、素材を一新して第3エリアで作るので性能は大きく向上するはずだ。


 私は着々と傭兵や自分の装備を作り上げていった。エリアが変わった直後にあまりいい素材を使いすぎると、装備制限の関係で使えなくなってしまうので結構難しい。最近大活躍の月夜の舞姫なんてちょっと装飾を変えるくらいしか変更できなかったほどだ。木材をいいやつにしたいんだけど、今の奴がベストマッチなのかなぁ。


 シトリンのクロスボウ、ショールの大弓、そして布装備を着る全員分の服を作り終え、最後に泥団子の杖に取り掛かる。


 これだけはそこそこ気合を入れて作ろうと思っていた。最近どうも攻撃力低いの気にしているようだし。

 私はユリアから届いた木材を乾燥機に入れ、今まで作ってきた装備のリストを取り出す。一応実験結果の一部として試作品も含めてすべての装備のデータは取ってあるのだが、杖はその中でも量が膨大だ。弓に比べて二倍では済まない量がある。


 今まで何度かティラナと泥団子の杖を作って来たし、攻撃魔力の補正値を上げるために試作も繰り返した。その数は優に三桁を超えている。

 その中から比較的魔力の伸びた杖と、追加効果が良かった杖をピックしていき、これから使う素材を吟味する。


 杖は単純に木だけ彫って作っても結構悪くない装備が完成するが、宝石系の素材を一つ嵌め込めば更に良くなる。

 この木材と宝石の相性、そしてその他の素材をどこにどう埋め込んだかで杖の性能は決定される。弓や服などの他の装備に比べて、最高の杖を作るのは結構面倒なのだ。どうしても試行錯誤の時間が長くなってしまう。


 それでも金属杖は皆研究しているからある程度の“法則”のような物が判明している。

 そして木工は金属よりも素材の種類が多く人口は少ない。当然まだまだ謎だらけなのである。


 私の杖が売りに出されて以降、取引掲示板でちょろちょろと出てきている木製の杖の性能や、金属杖の追加素材などを確認し、実験に使いたい素材をリストにして買い出し組に送る。もしバザーや普通のショップにあったら買ってきてくれるだろう。代金は後で払う約束だが、素材なんてあまり高くない物ばかりなので大丈夫だと思う。


 私は乾燥機の終了通知を合図に席を立つと、大きく伸びをして気合を入れた。


「よし、やるか」



 ***



「うーん……」


 私の作業は完全に行き詰っていた。

 作業台に乗っている杖を見下ろして、簡素な椅子の背もたれに体を預ける。ここまでやって出来ないとか言いたくないな……。


 攻撃魔力が高い杖は作れた。

 しかしどうしても光属性の強化効果が杖に乗らない。泥団子の祓士は光や浄化の攻撃力が上がることが重要なので、攻撃魔力がそこそこでも追加効果で攻撃力の上昇が狙える。


 しかし光属性の強化を木製の杖に追加しようとすると、どうしても回復魔力が伸びてしまう。狙ったような性能にはならなかった。

 それでも今の杖より計算上はいい性能になるのだが、同レベル帯の金属杖よりも攻撃性能がどうしても劣ってしまった。


 諦めて杖二本持ちしてもらうのが一番だろうか。でもメニューから装備変えるの面倒なんだよなぁ……。

 同時に装備して攻撃と回復で二本の杖を使い分けるというのもできると言えばできるが、実は杖二本同時持ちは詠唱系の魔法スキルにマイナスの補正が入ってしまう。踊り子の属性舞だと強化なのにと思わなくもないが、二刀流は装備の追加効果が同時に乗るので、マイナス補正がないとバランスが崩れてしまうということなのだろう。


 攻撃か回復のどちらか一辺倒のプレイヤーは必ず一本装備だが、どちらもするプレイヤーにはたまに二本同時装備の人が居る。回復特化と攻撃特化の杖を一本ずつ持っていれば、両魔力を伸ばすような性能の杖より魔法の効率が上がる場合もあるからだ。

 しかし、どうも格好が悪い。私の美的感覚がそのスキーストックのような二本持ちを許さない。


「んー……金属は回復が、木製だと攻撃が足りない……」


 もういっそのこと石材削って作ろうかな。金属杖と性能大体いっしょだけど。そもそも石材加工はこの作品ではなぜか鍛冶系に分類されてしまう部分が多い。鉱石の加工が鍛冶だから仕方ないね。


 そんなことを考えていた時、ふとある通知が目についた。どうやら集中しすぎて譲渡申請の通知を見逃していたようだ。


 通知を開くとそれはラリマールからの申請だった。内容はホワイトゴールドのインゴット数本。

 譲渡申請の一言メッセージには「お買い得でしたわ」と書かれている。頼んだリストの中にはない素材なので、もしかすると自分の杖のことを気にしていたのかもしれない。

 ラリマールはずっと金属杖で、前に装備の更新をした時は私に杖を作ってもらえないのをちょっとだけ気にしていた。カナタは未だにお婆さんから貰った専用装備だけど、シトリンとショールは私の弓を使っているので一人だけ仲間外れという感覚があるのかもしれない。


 それにしてもホワイトゴールドか……確かこの作品だと金と銀の体積比1:1の合金なんだよね。詳しくないが現実だとニッケルとかを混ぜるらしい。まずニッケルが白色なのかどうかすら私には分からないのだが、混ぜると白っぽくなるらしい。知っているのは暗記した原子番号とかイオン化とか化学反応式ばかりである。

 この作品では銀が素材として回復や浄化に特化しやすく、金が万能金属で合金として有用ということもあり、回復系の金属杖には頻繁に使われる素材である。

 万能金属とは何かといえば、何にでも適当に混ぜとけば強化してくれる便利存在だ。現実的に考えたら鉄に柔らかい金を混ぜても強くはならなそうなのだが、この世界では鉄と金の合金の剣は鋼鉄の剣より強い。魔力云々かんぬんという理屈があるのだろう。

 第3エリアは金と銀の産出も結構あるので、ホワイトゴールドには上位のヒーラーは皆お世話になっていると言ってもいいだろう。


「はぁ……やっぱり金属か……」


 インベントリからインゴットを取り出して、彫刻刀を突き刺す。現実ではありえない切れ味のその刃は、何の抵抗もなく深々と刺さった。

 もうこれ彫って杖作ろうかな。


 しかし木工には少しばかり自信があったので、何となく悔しい。でもこれを使って既に判明している仕様を参考に杖を作れば、まず間違いない性能になるだろう。

 攻撃魔力が上がりそうな木材もユリアに買って来てもらったのだが、無駄になってしまうのだろうか。


「……いや、いっそ“混ぜる”って手もありか」


 どうせどっちかは使わない素材なのだから、ここでどっちも使ってしまおうか。思えば木材と金属素材の比率1:1ってやったことなかったし。


 私は買い出しリストに金属素材を加えると、気楽な気持ちで作業を開始するのだった。



 ***



 私は泥団子に新しくできた杖を差し出す。それは美しく、そして巨大な杖だった。

 曲がりくねった暗い色の木製の杖に、直線的な白い金属の装飾が施されている。そして杖の先端には水晶がその二つの素材にそれぞれ讃えられるように固定されている。暗い森の中にある神殿のような、見る者にそんな厳かな印象を与える杖である。

 見た目通りかなり重いが、僧侶系は重くても何も問題ない。装備重量さえ超過しない範囲ならばだが。


「どうかな」

「どうもこうも、こんなの持って来られたら文句ないさ。俺がこの杖に見合ってない感じはするが、性能は申し分ない」

「装備制限の関係でちょっと加減して作ったから、後で調節させてね」


 彼は私から杖を受け取ると、今までの杖をインベントリに仕舞い込んで私の“奇跡の霊杖”を装備する。気に入ってもらえたみたいで良かった。


 この杖は、今まで作った杖の中で最も合計魔力補正値が高いという極めて単純な成功例である。

 同じくらいの装備制限の装備と比べると、両魔力共に特化型一歩手前くらいの性能で、まず間違いなく二本持ち何かより強い。その代わりに装備制限が攻撃魔力も回復魔力も大きく伸びてしまったのだが、両方伸びる祓士なら何の問題もないだろう。

 それに今まで木製の杖に一向に付与できなかった光属性の強化を付与できた。もうこれ強化していけば祓士の最終装備になるかも。まぁ運営がプレイヤーメイドよりも強い装備をイベント報酬とかにし始めると、ゴミになっちゃうんだろうけど。


 しかし今のところはそんな心配はない。あまりに出来がいいので似たような性能の杖をカナタ用に一本と、ちょっとした遊び心で、遠慮なく高価な素材を注ぎ込んだ現状作れる最強の杖を作った。第3エリアなので本当の意味で現環境では最高の装備に近い性能だ。

 後者は既に取引掲示板に流してある。別にお金が欲しいわけではないのだが、折角作ったのだから他人からの評価が欲しいと思ってしまう。あれの一件で私の取引掲示板のフォロワーはすごい数になっているし、埋もれてしまうということはないと思う。


 ちなみに市場に流したのは泥団子の杖の色違い、カナタ用はデザインから少し変えた。あっちは水晶を中心に白色金で放射線状に装飾を施し、そこに木が絡みついているような見た目である。

 完全に思い付きのまま見た目重視で作ったので、重心が頭の方に寄り過ぎており、若干扱いにくいかもしれない。その点で言えば泥団子の杖の方が完成度は高いと言える。


 完成した杖に一応満足はしたものの、金属を使った試作品の数々に私は少し不満があった。


「でもやっぱり鍛冶始めようかな……」

「え、お前また新しいこと始めんの?」

「金属製品はどうしても彫金より鍛冶の方が性能良いんだよね……」


 私は他の装備品をそれぞれの人物に装備品を譲渡申請し、泥団子と共にログアウトするのだった。


百話まで十話を切りました。

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