重要アイテム
私達は関所を抜け、街道を突き進む。
第2エリアの北側は標高が高いので、第3エリアのこの道はずっと緩やかな下り坂だ。
街道は何度も馬や衛兵たちの足に踏み固められ草も生えていない。しかし視線を横へ外せば美しい草花が、遠くには森の木々が見える。
私は綺麗な青空の下、流れ行く雲を追い越していく。
「第3エリアかぁ……これで私達一応上級者ってことだよね」
「まだまだ上はいるけど、一応全部の町とか村には行けるようにはなったねー」
「最上位ダンジョンとかレベルカンストが最低条件らしいけどな。ま、イベント前にここまで来れて一安心ってところか。今日イベント報酬の発表、明日にはイベント開始だし、何とか間に合った感じだ」
「……? エリア越えてイベントにいい事ある?」
「そりゃあるだろ。装備が強くできる」
フランの疑問に手早く答えた泥団子の言葉に、ユリアが微妙な表情で鎧を叩いた。アケボノスギの街で買ったばかりの新しい装備であり、そして何よりさっきのゴーレム戦でしか使っていない装備である。
「あー……もしかしてもうこれ着ない……?」
「かもね。第3エリアでは第3エリアの装備探した方がいいだろうし、まだ一戦しか使ってないけど……」
私は友人達と言葉を交わしながら置き去りにした景色を振り返る。第2エリアにはまた行かなきゃいけないな。カナタとの約束もあるし。
そうして振り返ったその時、突然システムの通知音が響きメニューが立ち上がった。
急な変化に一瞬戸惑ったが、どうやらフレンドから通話が来ただけのようだ。当然通話の相手はここに居る面子ではない。そしてここに居ないショール達でもない、少し意外な人物だった。
私は通話の開始ボタンをタッチして、耳を澄ませた。
「もしもし? 突然どうかしましたか?」
『聞いてよ! すっごい大発見しちゃった!』
通話が繋がったことに気が付いた瞬間、興奮した女の人の声が耳元で響く。私は思わず馬上で仰け反り、音量設定からオート調節機能をオンにした。フランとユリアは何事かとこちらを窺い、泥団子は公式サイトの更新を待っている。
通話の相手はナタネだ。少し、いやかなり久しぶりに聞く声だ。一ヶ月近く会っていない。結局約束通り再会することはなかったが、今はどこに居るのだろうか。
「えっと、元気でしたか? ティラナは……」
『そんなのいいから、大変なんだよ! あ、内緒話に変えるね、ごめん』
私の言葉はそんな慌ただしい彼女の声に遮られる。どうやら彼女の大発見とやらは本当にすごい事で、周りに聞かれたくないらしい。ティラナにでも指摘されたのかな?
私は申請が来たプライベートチャットの設定をオンにして、彼女の言葉を待った。
『何とさ、実は……』
「うぉぉおお!! マジか!!!!」
「泥団子うっさい!」
今度はナタネの声を遮るように泥団子が叫ぶ。何事かと見やれば、どうやら公式サイトが更新され、そこに書かれていたイベント報酬を見て興奮しているらしい。
私は顔を顰めつつ、ナタネの声に耳を傾ける。多分こっちの方が重要だろうとの判断だったのだが、二人の言葉は予想外に同じタイミングで重なった。
『「ワープアイテムがあったんだよ!!」』
***
「なるほど……運営もまさかリリースから半年も放置されるとは思ってなかったんでしょうね」
『嘘じゃん……ラクスに続いて大金持ちだと思った私の純情返して……』
あ、私が稼いだの知ってたのかナタネ。そりゃそうか。ネットで木工製品売ってるラクスは知ってる人には丸分かりだもんね。
私達はツバキの街に入る前、街道の途中で馬を下りて二人の話を聞いていた。最初は興奮した様子だった二人だが、何とか落ち着かせて話をする。そして二人がお互いの話を聞くと、今度は酷く白けてしまったかのように声を落とした。
街に入らないのは話す内容が内容だけに、人が少ない場所の方がいいと判断したからだ。少しでも内容を早く知りたいと思ったというのもある。
「ってか、タネちゃん達まだ第1エリア居たんだね。流石に遅くない?」
『そっちが早い』
『隅々まで行って初めて分かるけど、ここ本当に広いんだよね。ユリちゃん達が第3エリア入るの矢鱈早いってのもあるけど』
「運営的にはそうやって隅々まで探索して欲しかったんだろうな……」
現在はチャットの設定を変えて、パーティ全体との通話になっている。向こうにはこっちも久しぶりなティラナも一緒だ。
で、問題の彼女たちの話はまとめるとこうだった。
彼女たちは私達と別れた後も、第1エリアの行っていない場所を求めて東奔西走していたらしい。そして、昔私達もカナタと一緒に観光に行ったモッコク湖の近くの村で、彼らは全世界を旅していた過去を持つという老人から、とあるミッションを受領したそうだ。
そのミッションの内容は、関所の先の町に嫁いでしまった娘に手紙を届けて欲しいというもの。
自分で受けるミッションが初めてだった彼らはこれを快諾し、第2エリアにあるとある町まで手紙を届け、返事を貰って村に帰って来たらしい。
そしてお礼にとある鍵を貰った。
その鍵で開く扉の奥に最高の宝を隠したという老人の言葉に従って、彼女らは村中を捜索したが、その鍵に合う扉は見つからない。諦めかけていた時にふとティラナが、鍵と言えばと言ってあのスケルトン先生の教室である“暗闇の洞窟”の最奥にある鍵の扉を思い出した。
彼女らがその扉に鍵を差し込むと扉は開き、その奥には何と、行ったことのある人里にワープできるアイテム“帰郷の欠片”が安置されていたのだとか。
大慌てで知り合いに協力を仰ぎ検証すると、そのミッションは特殊仕様で一度誰かが達成してもすぐに次の人も受領できるようになっていたのだそうだ。
何度でもその親子は手紙を送り合い、そしてワープアイテムへの鍵をくれるそうだ。ちなみに鍵は一度使うと折れてしまうし、あそこはダンジョン内部なので入り直せば基本的に内部のあらゆるアイテムは復活する。
ここまでがナタネが慌てて教えてくれた情報。
そしてもう一つ重要なのは、いやむしろ私達に関係が深かったのは泥団子の話の方である。
「まさか、次のイベント報酬にその帰郷の欠片があるんだもんな……災難というか何と言うか……」
『ホント……それね……』
そう。
天上の木初の期間限定イベント報酬に、転移アイテム帰郷の欠片が設定されていた。それも全体から見れば捨て値のような設定である。
運営としてはこれ以上移動についてぐちぐち言われるのも、あのミッションの存在が闇に葬られるのも嫌だったのだろう。それで期間限定で貰えるという設定にして、ほぼ全プレイヤーに配り、それ以降の新規プレイヤーにはミッションを探してもらおうという魂胆なのかもしれない。
結構穴がありそうな考えだが、確かにこうして根気よく探索するプレイヤーには発見できる……というか、ミッションアイコンを見たら大抵のプレイヤーは放置しないので、多分ミッションの発生条件である第2エリアへの通行許可を貰って、件の老人を見付けるだけで簡単に発見されるはずだったのだ。
結果はこの通り、運営の想定以上にプレイヤーは皆「通行許可貰ったから第2エリアに直行だー」という考えばかりであちこち回らなかったようである。
移動に時間がかかるし、場所も第1エリアの辺境と言っても過言ではない場所だ。この作品は歯ごたえのある戦闘を求めると、先へ先へと進みたくなるので仕方ないとも言える。
とにかく、公式サイトを見れば載っている“ワープアイテムの入所方法”なんて情報、今は誰も欲しがらないなのだ。買う人間が居ても少数派、しかも相当安くなければ面白がって買ったりもしないだろう。
お金儲けを企んでいたらしい二人には残念なことだ。運営との息が合わなかったと言うところだろうか。
「本当によりによって今、という感じですね。その情報広めるんですか?」
『イベント終了まで黙ってれば買う奴居ないかな……』
「それは居るとは思うが……」
『一気に稼ぐって程じゃない』
『だよねー……何かもう今広めた方がネタとして面白いから掲示板にでも書き込む。イベント明日からだし……』
「大半のプレイヤーは移動時間よりイベント攻略した方が早いだろうね!」
通話を繋いだ時はあれだけ元気だったのに、ナタネは酷く気落ちしている。当然と言えば当然か。
ユリアはそんな声を聞いて笑っているが、何と言うか今回は本当に不憫だ。ティラナとナタネは隠し要素を見付けるの上手いのに、これほどタイミングの悪い事例があるのだろうか。いや前も、隠し部屋を見付けたら不具合だったことあったっけな。
「まぁ何にせよ、隠し要素発見おめでとうございます」
『そうだなー……こういうのじゃなくてもっと金銀財宝とか欲しかった……』
私は久し振りに話して楽しかったと告げて通話を終了する。
そして私達はそれぞれの馬に乗り、目的地を目指す。
当然目指す先は第1エリアの村、ではなく第3エリアのツバキの街である。




