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アケボノスギの街

 私達はアケボノスギの街へとやって来ていた。

 思った通り凄まじい人通りだ。サクラギの街に引けを取らない繁盛具合だが、この街は常にこんな状況のわけではない。


 アケボノスギの街は関所を挟んでツバキの街の反対方向。つまりは第3エリアと第2エリアを繋ぐ重要な拠点である。ツバキの街へ送る食料などが第2エリア各地から集積している。そのため北西の関所を越える拠点としてプレイヤーが集まる場所である。


 しかし今プレイヤーがこれだけ居るのは別の理由だ。

 この街は、鏡鳴の社の最寄りの人里の一つなのだ。直線距離ではもっと近い村があるのだが、馬で通れる道程を考えれば同じくらい。それでいてこっちの方が栄えているので鏡鳴の社に挑戦するプレイヤー達の拠点の一つになっている。

 第3エリアからも近い街なのでこちらの方が平均的なレベルは高そうだ。


 当然、商売人もそれに応じる様に強い装備やアイテムを売る。鏡鳴の社に挑むだけならば強い装備は要らないはずだが、この作品のプレイヤーは常に今よりもいい装備という物を求めて止まないので結構売れ行きは良さそうだ。

 ここで木工製品売ったらバカ売れしないかな、という気持ちも少しだけあるが、今ラクスの名前で木工製品を売る度胸はない。


 私とユリアは、はぐれない様に手を繋いで露店を巡る。私はラリマール用の金属杖を、ユリアは防具と武器を探す。今の装備もカエルの岩屋の素材から作った物なので悪くはないのだが、私達もまた上の装備があるなら欲しい派である。


「フラン大丈夫かな……」

「え? あ、ああ……フランね」


 第3エリアで作られたであろう鎧を、装備制限で諦めたユリアがそんなことを呟く。全くそんな心配していなかった私は一瞬何のことだか戸惑ってしまったが、確かに言われてみればそういう心配も当然だろう。


 フランはこの街にある賭場へ赴いていた。景品に悪くない装備が並んでいることを知って、取りに行ったのである。この時点で私は「いつものあれね」と思ってしまったのだが、どうやら泥団子とユリアは負けるかもと心配しているらしい。


 実はフランの賭場での女王様っぷりを実際に見ていたのは私だけである。ユリアも泥団子もフランが賭け事に強い事は知っているが、それは話に聞いただけだ。

 彼女の賭けは全く当たらない日もあって、普通に負けて帰ってくる時もある。


 しかし、それは彼女が当たらないと認識しながら暇潰しに入った時だけだ。

 彼女の恐ろしいところは、賭場に行こうかと考えた瞬間に今日が“当たる日”か“当たらない日”かを直感して、当たると確信した日は毎回大勝ちして帰ってくることである。

 当たる日の彼女は、ルーレットで36倍の一点賭けを気になった数字3、4カ所に賭けて5連続的中させるとか平気でやる女なのだ。

 他のプレイヤーが同じ場所に賭け始めると当たらなくなってくるらしく、そういう時は早々にテーブルから抜けてしまうのがコツなのだとか。私はまずその前提にすら到達しないのでアドバイスの意味はまったくないが。


 今日彼女は高額な景品を当てる気なのだから、最早私は勝ち確定みたいな心持ちだった。しかし確かに言われてみれば、フランについて詳しくないと心配にもなるかもしれない。最終的な収支はプラスでも、当たらない時もあるのだから。

 バザーでの装備の更新が必要ない泥団子なんて、心配でフランに付いて行ったほどだ。もしかすると自分も遊びたいだけなのかもしれないが。


 賭場のチップは全世界共通だが、景品は賭場毎に違うし、先のエリアに進む毎に賭けのレートは上がっていく。第1エリアの賭場で、しかも初期の所持金だけであれだけ暴れたのだ。今頃賭場の運営者は悲鳴を上げているかもしれない。居るのか分からないが。


 ユリアと次のお店を見ていく。どうやらここにも丁度いい装備はなさそうだ。いい装備は値段も相応だが、それ以前に装備制限の関係で今すぐに使えない。

 私達は手頃な装備を探し、露店通りを手を繋いで歩く。


「心配といえばさ、銃って手に入っても改造しなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

「うーん……遠距離専門なら要らないかな。少なくともユリアが居る内は大丈夫だと思う。それより重さとか重心、反動が変わる方が気になるかな」


 フランが始めた当時はかなり心配だった銃の仕様だが、実際にはそれほど心配するようなことではなかった。

 ユリアの後ろにくっついたり、私が援護したりすれば十二分に射撃だけでも戦えている。もちろんフランのプレイヤースキルと私達の援護あってこその戦果だし、弓矢だとそもそも援護が必要ないくらいの遠距離から狙撃できるので不人気は相変わらずだが。

 魔銃使いはフランに劇的なまでにマッチした職業だ。


 逆にここまで来て転職を考えているのは泥団子である。

 私の作る装備もあって、本人の攻撃力は微々たるものだ。現在はヒーラー専門になっている。ペットシステムの追加によって魔法攻撃力を自分が持たなくても良くなってきたこともあり、回復能力特化の治癒術師にしとけば良かったかななんてボヤいていた。


 今更祓士を止めるなんてことはないとは思うのだが、私も彼の魔法攻撃力上昇のために何かできないかな。光属性って属性攻撃強化付けにくいんだよね……。


 ユリアがある露店の前で唸り始めた。どうやら無属性の斧を確認しているらしい。

 今使っている大地の叫びに比べると多少能力値は落ちるが、属性が付いていない武器も一つくらいは持っていてもいいかもしれない。地属性耐性持ちの敵が辛いからね。かく言う私も風属性武器ばかりだが。


「うーん……属性攻撃力の計算って面倒じゃない?」

「耐性無しの敵なら今の斧の方が強いけど、耐性が少しでもあるならこっちの方がダメージ出るよ。あとこっちの方が軽いからそこは注意かな」

「関所の敵って耐性ある?」

「多少の軽減くらいはあるね」


 地属性は比較的通りやすい属性だ。物理攻撃なら敵に当てづらいということもないし、比較的優遇されていると言えるだろう。闇と光が軽減と弱点と無効があり過ぎて全く安定しないのに比べれば圧倒的に有利な属性と言える。

 しかし、今回の目的には多少適していなかった。無効にはされないし物理攻撃分の攻撃力は通るので何もできないというほどではないのだが、効率がいいとは言い難い。


 ユリアは所持金と商品を交互に見ている。どうやらあの大金に手を付けるのを躊躇っているようだ。ちょっと気持ちは分かる。


「買った方がいいと思う?」

「うーん、好み?」


 結局ユリアは、その斧を買って露店を後にした。


 その後も買い物は続く。ユリアは胸当てとレガースを新たに買い、私は何の変哲もないが性能だけは高い、しかしどうしようもなく可愛くない杖をラリマールに送った。今度服と一緒に杖も作ってあげるから、今はこれで我慢してくれ。


 私達は街の宿屋に戻り、カナタの借りている部屋に入った。

 そこでラリマールが作ってくれたお菓子を食べながら、明日の作戦について話し合う。

 ショールやカナタにはあまり関係ないが、一応参加してもらって意見を求めてみる。シトリン達は私の作戦に口を挟むことあんまりないんだけどね。


「後でフランと泥団子にも話さなきゃいけないけど、こんなものかな?」

「準備も一応整ったし、後は装備の試し斬りくらいしかすることないね」

「ところで……このババロアは如何でしたか? 個人的にはもっと甘みを強くした方が良いと思いますの」

「そうだよね! ラリマールの作るお菓子何でも美味しいけど、今回ちょっと甘さ控えめだったかな?」

「えぇえぇ、そうでしょうとも。実はショールさんが甘さを抑えて欲しいと……」


 私達がお菓子談義を始めると、ユリアはソファに深く腰を掛け直す。どうやら興味ないらしい。紗愛ちゃんのVRマシンじゃ味覚の再現度低いから仕方ないね。


 そうして私達が次のお菓子や作り方についてしばらく話し合いをしていると、フランからメッセージが届いた。賭場での戦いは終わったようだ。

 名残惜しいが私達は、お菓子と傭兵達に別れを告げて宿屋を出る。賭場では相変わらず目立っていたそうなので、二人とは別の場所で待ち合わせだ。


 目的地に到着すると、新しいドレスに着替えたフランとどこか疲れた様子の泥団子が立っていた。


「二人とも、プレゼント」

「え?」

「何?」


 フランは私達を見るなり譲渡申請をしてきた。


 私の方はどうやら布や木材などの素材らしい。

 ちらりと確認したこの街の賭場の景品リストを思い出し、総額を計算するのは諦めた。賭場の景品は割増料金だし、どうせフランは今回も“お金”を出していないのだろう。投資金額は相変わらず最初に支払った2500カペラだけ。

 実質無料の景品である。あまり気にしない事にしてもらっておく。


 そしてユリアに渡されたのは……


「盾?」

「持ってなかったから」


 華美な装飾が施された巨大な盾だった。


「これまたラクスが好きそうな……」

「え、よくわかったね。好きだよ」

「そりゃね……」


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