献身の祈り
「次から次へと……! 切りがないよー!」
「もしかしてこれがカナタの言ってた……っと、あんまりゆっくり話してる暇もないね」
私は森の奥から飛来した矢を躱す。
一体目のデュラハンを倒した私達は、次々と現れるモンスターに苦戦を強いられていた。
デュラハンに骸骨戦士、人狩り狩人……様々な死霊系モンスターが森の奥から襲い来る。幸いなのは、すべてのモンスターがここを目指しているわけではないということだろう。
偶然進行方向に私達を発見したから襲っているという感じに近い。そのため気配の割りに戦いになるモンスターの数は少なかった。
そうは言っても第2エリアの雑魚としては無類の強さを誇っているモンスター相手にそう長い事持ちこたえられるはずもなく、私達は少しずつ消耗していっている。
それでも何とかなっている理由には、映し身との連戦によって人型のモンスターへの対処が上手くなっていることがあるだろう。映し身よりも強いが、それでも圧倒的な差はないし数も少ない。フランと私にはペット化した映し身の召喚もある。
そんなこんなで何とか撃退を続けていたのだが、それももう限界に近い。
「これ以上の連戦は無理だ。一旦洞窟の中に避難するぞ」
「MP回復アイテム尽きた。弾ももうない」
「フランそれもうちょっと早く言って!」
散々戦いを続けた私達は、唯一敵の気配がしない洞窟の中へと戻る。外から中は見えないこともないのだが、それでも外に出ているよりはマシだろう。
中で警戒を解いた私達は敵からの視線から逃れるために、あの小さな祠の位置まで入っていく。
しかし、そこにはあの祠も石像もなく、ただ一人の女性が跪いているだけだった。
「……あの人さ」
「ああ。多分な」
じっとしては居るが、当然彼女は石ではない。しかし、姿勢や格好があの石像と同じだ。
一変した森、祠のない洞窟、そして彼女……どういう理由かは分からないが状況から察するに、ここは過去なのだと思う。
イベントの進行について軽く泥団子と相談をする。
一応彼女に話を聞いてみようということになり、私は祈りを捧げている彼女の隣にそっと顔を寄せる。
「あの、少しお話よろしいでしょうか」
「……」
無言。
名も知らない彼女はただひたすらに祈りを捧げるばかりだ。
その後も私は色々と話しかけてはみるが、まるでそこに誰かが居る事にすら気が付いても居ない様子である。
プレイヤーが話しかけても特に何かがあるわけではなさそうだ。
「カナタ、何か話してみてくれる?」
「はい、えっと……」
彼女は遠い親戚……いや血縁があるかは分からないが、多少関連がある人物だ。もしかすると何かあるかもしれない。
そう思って交代したのだが、彼女の言葉にも返事はなかった。どうやら誰が話しかけても一緒のようである。
謎だな。これはどうしろと言うのだろうか。
もう一度泥団子と相談しようと振り返った時、カナタが声を上げた。
「あ、この人……」
「どうしたの?」
もしかして何かあったのか。
そう思って彼女を見て、ある事に気が付いた。
彼女の足が石になっている。
その石化は徐々にだが彼女の体を侵食し、全身が固まっていく。
私達はその光景を、ただじっと見ているしかできなかった。
どうして石に……
突然、一際大きな音が響いてその小さな洞窟が揺れる。
慌てて私達が振り返ると、そこには大量のモンスター達の姿があった。
「どうしてこんなに……?」
「意味が分からん! もうモンスターじゃなくて設定資料集を出せ!」
ユリアが駆け出してデュラハンの突進を受け止める。その勢いによってHPが大きく減るかと思いきや、今までの一割もダメージを受けない。
「あれ? 何かさっきより弱ってない?」
「この人のお祈りのおかげ?」
「フラン、私の魔力水あげるからスキルで頑張って!」
私は戦場に向かう前にフランにありったけの魔力水を譲渡して弄月を構える。
物理耐久はこの際カナタとフランに任せてしまおう。
私は隊列の一番後ろから壁を蹴って正面に躍り出ると、襤褸切れを纏った不気味なクロスボウ使い、人狩り狩人に弄月を振り下ろす。
このモンスターは耐久力が低いので私の通常攻撃でも何とか倒せる範囲だ。
その隣の骸骨戦士の剣が私に突き出されるが、その程度は予想済みである。左の弄月で押し退ける様に剣の軌道をずらし、狩人にもう一撃加える。
流石にまだ倒せはしないが……と思っていたのだが、予想外に軽い手応えがして狩人が影に解けていった。
「なるほど、弱ってるね」
「ラクス! このデュラハン弱い! 弾かれないしトロいよ!」
洞窟の奥からユリアの元気な声が響く。どうやらさっきよりもずっと弱体化しているらしい。フランの言う通り、彼女の祈りの影響なのだろうか。
私は旋風の舞で骸骨戦士を倒し、洞窟の外からわんさかやってくるモンスターを迎え撃った。
そうしてどれだけの時間が流れただろうか。
モンスター達は時間が経つ毎にその勢いを弱めていく。最初からかなり弱いと感じていたのだが、最後の方はデュラハンすらフランの銃剣での攻撃で一撃というレベルにまで落ち、ついには攻撃せずともこの洞窟に入るだけで崩れていった。
戦闘を終えた私達が誰からともなく石像を振り返ると、そこにはついに全身が石になってしまった彼女の姿。
「……奇妙な、イベントだったな」
「きっとあのモンスター達が厄災なんだね。それで彼女は天上の木に助けを求めた……って解釈であってる?」
「何で石になったの?」
思い思いの感想を述べるフランたちを他所に、カナタは祈りの石像にそっと黙祷をしている。私も何となくそれに倣った。
そうしているとどこからかそよ風のような微かな声で、小さなささやきが聞こえた気がした。
しかし、私が瞳を開けてもそこには一体の石像が跪いているだけだ。
私は大きく息を吐くと、踵を返して洞窟の外の景色を確認しに行くのだった。
「おー、元に戻った……かな?」
外は夕暮れ。
同じ赤い景色だが、風は冷たく木々は暗い葉の影を落としている。安心する光景に、ほっと息を吐いて皆を呼ぶ。おそらくは元に戻ったのだろう。
その後は皆で朽ちた石像にお祈りし、このイベントについてネットの情報を漁りながら帰路に付く。
ネットの情報で判明したのは、サルスベリの村に居る長老のような人物から、この話の詳細を聞くことができるということだった。
どうやら厄災と祈りの石像は第3エリアでは有名な話の様で、石像のオリジナルを一目見ようと神域の周辺を捜索したプレイヤーもいるらしい。その成果は特になし。
それもそのはず。実際には第3エリアに彼女はおらず、第2エリアのこの名もなき森に居るのだ。第3エリアをいくら探しても見つかるはずもない。
それ以外に祈りの石像に関連する話は特になく、当然このイベントの仕様についても特に新しい情報は見つからなかった。
ただ分かった事実はいくつかある。
あの“厄災”によって多くの命が奪われたこと、悪魔と呼ばれる存在があのモンスター達を呼び出したこと、“現在”にも同種のモンスターが出没するダンジョンがあること……。
そして最後に、彼女がサルスベリの試練の一族、最後の末裔だったこと。
現在は、サルスベリの神域に試練の一族が居ないらしい。
そのことをカナタに伝えると、珍しく気落ちした様子だった。もしかしたら他にもこういう神域があるのだろうか。
「……神域か。結局試練って何なんだろうね」
ネットの情報を漁っていた私が掲示板を閉じてそう呟く。
真っ先に反応を示したのは意外にもフランだった。そもそも風を切る音の所為で、彼女以外には聞こえなかったのかもしれない。
「乗り越えた人材が欲しい」
「まぁざっくりしてるけど、普通に考えればそうだよね……」
「神域巡りやる?」
「第1エリアの一カ所しかまだ行ってないから時間かかると思うよ」
「ラクスがやるならついてく」
馬と呼ぶには若干派手なケルピーに跨る彼女は何でもないようにそう言ってのける。
「フラン、戦闘好き過ぎない?」
「ラクスのことも好き」
「ふふ、ありがと」
私達は第2エリアにある神域の場所を確認しながら、最寄りの村への道を突き進むのだった。




