厄災の記憶
私達はカナタの道案内で名もなき小さな洞窟へとやって来ていた。
現在の私達の拠点となっているトウヒの町から遠く南東に進んだとある森の奥深く。その奥深くにある洞窟は、小さな祠があった。
そこには確かに一体の“石像”が、神木の方向へ向かって祈りを捧げている。
「これが、祈りの石像……確かに同じ見た目だけど……」
「ただあるだけって感じだな。そもそもモンスター扱いしていいのかすら分からん」
細かい表情や指、服の装飾などは朽ちてしまっているが、それでも元は精巧だったことを思わせる女の石像。
第3エリアのとあるダンジョンに出現するモンスター“祈りの石像”はそんなモンスターだった。
出現地点から一切動かず、ただ跪いて祈りを捧げている。当然動くわけでもなければ魔法を使うわけでもない。
しかし強大な耐久力を持ち、周囲に居るモンスターへのダメージの半分を自分に転送するという半ばギミックのような扱いのモンスターである。この石像が近くにあると、敵の耐久力が事実上二倍になるので結構な嫌われ者である。
出現するダンジョンは、世界各地にある“神域”の一つ。第3エリア東部の神域の森である。プレイヤーの間では便宜上、最寄りの村の名前を取ってサルスベリの森と呼ばれている。
そんな石像と全く同じ見た目の像が、今私達の目の前にある。
当然この洞窟は第2エリアなので、そのサルスベリの森ではない。それどころかそもそもこの森はダンジョンですらなく、神域の名を冠されているわけでもない。
ただ、サルスベリの森自体は関所を越えた目と鼻の先にある。モンスター除けの防壁に阻まれてはいるが、マップを開けば彼女の向いている方角に神域の大樹、“天上の木”があることが確認できた。
「数百年前、近くで厄災が起きた時にこの場所で一人の女性が延々と祈りを捧げたそうです。そして飲まず食わずで祈り続ける彼女はついに石になってしまった、と本には書かれていました」
無遠慮に言葉を交わす私達を他所に、彼女の前で黙祷を捧げていたカナタがそんなことを言う。
つまりこれは、言ってみれば即身仏ってこと? そう考えるとちょっと壮絶な何かを感じるが……。
その迫力に一歩引いた私とは対照的に、カナタは顔を覗き込んだ。
「厄災が何だったのか、彼女が何者なのか、そしてどうして石になってしまったのかは分かりませんでしたが、私、何となく一つだけ分かるんです」
「分かる?」
その表情は読み取れず、ただ少し欠けた顔の輪郭が見えるだけだ。カナタは背筋を伸ばして私に向き直る。
「多分、彼女も試練の一族なんだと思います。他の神域にどんな一族が居るのかは分かりませんが、きっと同じ役目を背負って生きていたんだと。……そう思いたいだけなのかもしれませんが」
「……なるほど」
神域に住む試練の一族か。確かに彼女もそうならば、サルスベリの神域に似たようなモンスターが居ても不思議ではないかもしれない。
神域は他のダンジョンとは違って、ダンジョン全体が神からの試練だ。少なくとも私はそう考えている。
一族の者をダンジョン内のモンスターは襲わないし、あそこのモンスターと一族に何かの関係があってもおかしくはないだろう。そもそもあれらをモンスター扱いしていいのかもちょっと疑わしい。カナタもまったく躊躇せずにモンスターと呼ぶが。
そう考えると、彼女はモンスターとして出没する“祈りの石像”のオリジナル、という訳か。
目的は達成できなかったが、この世界の深さが知れたような、そんな心地だ。少し感慨深い。
しかし、そう考えていた者ばかりではないようだ。
「で、壊す?」
「フラン、よくこの流れでそんな事言えるね……」
「流石の私もそこまでしてペット欲しくないよ……」
唐突な破壊発言をしたフランを、ユリアと二人でまじまじと見る。そもそも彼女はモンスター扱いじゃなくてオブジェクトだから破壊不能か、壊せても何もないと思うけれど。
ちなみに湧いて出る方の祈りの石像をペット化した時の効果は召喚型で、モンスターだった時と同じく、召喚中召喚主が受けたダメージの肩代わりをしてくれるというものだ。
攻撃はしてくれないようだが、大抵の前衛ならば間違いなく有用だろう。ダメージ軽減をするだけで防御力が上がるわけじゃないから私は要らないけど。
「あー、ダメージ軽減欲しかったなぁ」
「諦めて防御系の装備効果で探す? 召喚しなければ普通のアクセサリーだけど」
「ペットシステムの意味! それ完全にアクセサリーじゃん!」
「物理耐久上がるアクセサリーってあんまり見ないから、意味はあると思うよ?」
私達がのんびりと次のターゲットの相談をしながら洞窟の外へと出た瞬間、森の景色が一変した。
一瞬で景色が赤に染まり、熱風が体を嘗める。
「なになに!?」
「そこ、何かいる」
急激な変化を前に迷わず弾丸を放ったフランが、いつもよりも幾分か鋭い声でそう忠告した。どうやら弾は外れたらしい。
日の光が降り注いでいた明るい森は、今や見る影もない。すべてが赤い焔に呑まれようとしている。空も炎に照らされているが、どうやら昼間ではないらしい。太陽は見えず、ただ赤みがかった暗い色が広がっているだけだ。
私がそんな光景に唖然としていると、森の奥から、ずしりと重い振動が響く。それもおそらく一体ではない。
炎で視界が悪く数は定かではないのだが、少なくとも2、3体で済むとは考えない方がいいかもしれない。
「イベント戦か……?」
「えっと、こういうの“フラグを踏んだ”って言うんだっけ?」
「いきなりこれは驚く」
警戒しながら弾を込め終えたフランが、厳しい表情でユリアの後ろに隠れる。背後には祠があるだけだから、モンスターは前の森から来るのだろう。
隊列は少し考えた方がいいかもしれない。
「ユリア、3人お願いね」
「ラクスも気を付けて。……嫌な話していい?」
「有用そうなら何でも」
「ここって第3エリア関連の場所だったじゃん? それのイベントってことは、敵の強さも第3エリア相当なんじゃ……」
「……」
無いとは思いたいが……あり得ないと切って捨てられる話ではない。こういうイベントやミッションの戦闘は、場所から考えれば不相応な難易度の物がたまにある。
あれはちょっと特殊だが、サクラギの城の地下なんて初期位置から最も近いダンジョンなのにあの難易度である。もしかするとここも、サルスベリの村で何かヒントを聞いてからここへ来るのが正規ルートだったり……。
私達が嫌な想像を膨らませていると、既に燃えていた森の木が唐突に爆ぜ、一体のモンスターが姿を現す。
そのモンスターは下半身は馬、上半身は人、手には盾と馬上槍を持っている。一見全身に鎧を着たケンタウロス。ただし彼に頭はなく、名前はデュラハンとなっている。見るからに物理防御高めですと言わんばかりの姿だ。
ユリアの後ろでスタンバイしていたフランが弾丸を放つが、デュラハンの持っていたシールドで防がれた。
んー、このタイプは初手に突進かな。少なくともあの形で魔法使いはないだろう。
そう当たりを付けた私は相手より先に動き出す。デュラハンから向かって右側、盾を持った左手側に回り込んだ。この体では間違いなく小回りは利かないし、武器を持っていない方向に逃げれば比較的安全だろう。
私は持っていた弄月を馬の横っ腹に叩き付ける。
しかし手に強い衝撃が走り、刃が弾かれた。
鎧を着ているからもしやとは思っていたが、白エフェクト。ダメージ軽減率は……ほぼほぼ無効かな。通った時のダメージ量が分からないので断言はできないが、厄介な相手だ。隙間なく鎧を身に着けているので、通りそうな部分を予想することもできない。
しかし、私には物理攻撃が通らない相手にも有効な手段を持っている。
一旦距離を取った私は弄月を腰に戻し、扇を抜く。物理が通らないなら魔法で攻めればいいじゃない。
距離を取った私を無視したデュラハンが、ユリアに向かって突撃をする。ユリアは敵対値を集めやすいスキルを持っているのでその影響だ。
「受けて立つ!」
「直進はかなり速いな。横に跳べば俺も避けれるか……?」
「お前には無理」
「フランちゃん辛辣ぅ……いや、俺もできるとは思ってないけどよ」
やや緊張感の欠ける後衛諸共粉砕するように、一瞬で加速したデュラハンがユリアに槍を突き出す。それを彼女は真正面から受け止めた。
ユリアのHPが大きく削れる。しかし、まだまだ常識的な範囲である。
これなら雷光の牛鬼の方が強かったかな。ノックバックと物理ダメージの軽減のスキルを使った直後だが、十分に回復が間に合う速度だ。
泥団子が私の作った杖でユリアに治癒魔法を施す。全体から見れば中位の魔法だが、彼女のHPは完全に回復。万全の状態になったユリアは、斧で槍の動きを止めている。
私も負けていられない。
ようやく追いついた背中に、私は雪の舞を放つ。燃え盛る木々を慰めるような冷気がデュラハンを襲った。
敵のHPが大きく減る。十分なダメージだ。この調子なら大丈夫だろう。
しかし、舞姫を使った属性舞受けてもまだ7割以上のHPが残っている。ボスとして見れば弱いと感じるが、雑兵にしては強すぎる。複数体来たら全滅も覚悟しなければならないだろう。
「援護します!」
「今度は当てる」
カナタの支援魔法がユリアに、フランの退魔の弾丸がデュラハンを貫く。
どうやらフランは盾を避ける様に私の逆側、相手の左側に回り込んだようだ。その後も弱点を探る様に何度も射撃していくが、やはり物理判定のスキルは鎧に阻まれてあまり効果がない様子だ。
デュラハンが大きく槍を振りかぶり、ユリアに突き出す。彼女はそれを避けてカウンター気味に斧を叩き付ける。
しかしやはり物理では効果が薄い。白いエフェクトが出てユリアが大きく仰け反った。
「ユリア!」
「分かってる、大丈夫! 多分!」
何度も攻撃を繰り返すデュラハン相手に、ユリアは背後の二人を守りながら防御に徹する。
私は既にユリアのスキルの効果を超える火力で攻撃しているはずだが、デュラハンがこちらを見ることはない。
ユリアを狙っているというよりは、回復役を優先して攻撃する思考のようだ。
デュラハンは彼女をどうにかして退けようとしている。大きな体を移動させながら攻撃するが、泥団子はユリアを盾にして逃げ、ユリアは泥団子を庇う様に立ち塞がる。
速度はあるが小回りが利かないので、体の方向を見れば泥団子でも十分に逃げられるようだ。
当然私達も黙ってその隙を見逃しているわけではない。
私とフラン、そしてカナタの魔法が次々とデュラハンに襲い掛かる。しかしデュラハンはユリアの回復を続ける泥団子の方が気になるらしく、一向にこちらに敵意が向くことはなかった。
私達は何度も攻撃を繰り返し、そうしてついに、デュラハンは影に解け出したのだった。
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