大金持ちへの道程
初日で出た成果を前に調子に乗った私達は、その後も鏡鳴の社に何度も挑戦した。フランも行きたそうだったし。
その結果は、三日かけて集めた映し身の魂が合計14個。傾国のアイテムドロップ率増加を加味しても、十分に上振れの確率だろう。
元々半分ボスモンスターのような存在だからか、普通の雑魚モンスターよりもドロップ率が高く出現数もそこそこなので、周回さえできればかなり出やすいのかもしれない。
しかし、あれだけ参加者が居ても周回難易度が高いため必要量が集まったならそこで止めてしまう人がほとんどだ。
蘇生薬を含めた回復薬も普通に買っていると中々馬鹿にならない価格なので、必要経費が大きいこともあるだろう。ちなみに私達はシトリンから提供してもらっている。後でお礼を言わなきゃいけないな。
そんな状況だが挑戦するプレイヤー自体は多いので、映し身が落とす魂以外の素材は市場に出回り過ぎて一時的に値崩れしているし、社の中は特に採掘もできない。“普通”のお金稼ぎとしては効率が悪いのだ。
その上初めて鏡鳴の社に入ったが、あまりの周回難易度に途中で諦めてしまった者も数多いる。
場所が中級者の集まる第2エリアというのも関係しているのか、あれだけ人が居たのにも関わらず、“映し身の魂”は意外なほどに市場に出回って居なかった。
おそらく周回中に二つ出たからと言って市場に流すよりも、パーティの誰か一人に渡す方が良いと考えているプレイヤーが多いのもあると思う。性能的に誰が持っても強そうだし。
そんな中で私達の獲得数は14個。言っては何だが、自分でも思う。明らかに破格だ。
私達の分かりやすい勝因としては、フランの高いプレイヤースキルと、月夜の舞姫の魅了効果が挙げられるだろう。特にフランはこのダンジョンを周回し始めて更に射撃の腕を上げている気がする。
本人曰く、私のピンチを颯爽と助けるのが楽しいそうだ。もう少し表現を考えてくれれば素直に嬉しかったのだが……。
町に戻った私達は、十分に準備を整えて映し身の魂を使用した。
出てきた強化版の映し身は結構強かった。単純に能力値が私達を上回っているので、格上の自分を相手にしなければならない。ちょっと燃える展開ではある。
しかし私達は既に何十人と自分の映し身を斬ってきたのだ。今更四対四で負けるはずもなく、拍子抜けするほどにあっさりと勝利を収めた。
そして、ある意味最も重要な映し身をペット化した時の効果だが、一撃型と召喚型の合いの子のような効果だった。装備時に特に効果はなく、映し身を召喚しなければ全く意味のない装備になる。アクセサリー枠を一つ消費するのでそこは好みは分かれるかな。
召喚した時の効果は、装備者本人の映し身が現れて一緒に戦ってくれるというある意味シンプルな物だ。
流石にまだ初期状態なので能力値まで全く一緒という訳にはいかないが、ある程度は自分の能力値で左右されるので多分他のペットよりも初期能力値は高い。その半面、武器や防具の追加効果もおそらくはオミットされているようで、確認できなかった。
しかし、召喚時間無限という他の召喚型にはない特徴を持っている。常時一緒に居られる常駐型との違いは、召喚するまで外に出てこないことだけ……だと思う。常駐型を入手できていないのではっきりとは分からない。
この特殊な仕様は、おそらく映し身というモンスターの本体はあの鏡の方で、鏡が映し身を召喚するスキルを使用しているという仕様のためだと思われる。そのため、正確な分類は一撃型だと思う。
この仕様が不具合かどうかは意見が分かれるだろう。ちょっと他と比べて強すぎる気もするが、ペットがどこまで成長するのかも分からないので何とも言い難い。
一通り気になる仕様を確認し終えた私は、残った魂を使うかどうかを皆に聞く。このペットは一応私が最初に作らせてもらった。多分一番似合うからとユリアに言われた結果だが、これなら皆欲しいんじゃないかな。
そう思って訊ねたのだが、意外にも返事は芳しくはなかった。
「これ、今売ったらすごい値段になるよね……」
「元々それを想定して大量に入手してきたからな……」
ユリアと泥団子がそんな欲に塗れた発言をする。確かに戦力よりもお金が欲しいならその判断もありだろうけれど、私から言わせれば意外な反応である。
結局、お金は要らないと言い切ったフランの分のペットを獲得し、他は取引掲示板に流すことにした。
同一人物の名義で出品した方が設定や説明文をコピペできて何かと楽なので、私が代表して合計12個の映し身の魂を取引掲示板のオークションに出品する。期限はとりあえず24時間。仕様の詳細も分かる限りを書き、ペットとして二体入手済みなので不明な点があれば別途追記する旨も商品説明文に書いておく。
数秒後、強気の開始価格で出品したはずの値段が、どんどんと吊り上がっていく。私はちょっと緊張しながら掲示板を閉じた。
あれが4等分か……いや2個分の値段は辞退した泥団子とユリアに渡すべきだから、10/12の1/4で……5/24。
「二割……二割かぁ……」
そう考えるとちょっと安心かな。どうせカナタにお金返さなきゃいけないし。大した額は私の手元に残らないだろう。それに12個を一度に出品したから、入札先がバラけて値段は下がるはずだ。大丈夫大丈夫……。
私は引っ切り無しに届く不明点の説明要求に対応しながら、木工で杖の作成を進める。今回は、泥団子に回復特化で良いから一本作ってくれと言われたので回復用の杖だ。木工は攻撃魔力との両立が苦手なので助かる。
泥団子とかティラナとかの杖を作った後にこういうの作ると、その楽さを実感する。完全ヒーラー特化の治癒術師用の杖とか木工で作りたいな。人口多いのか分からないけれど。
私はダンジョン周回で稼いだお金で木材を買い、適当な形に彫っていく。次の町では木材多めにとれる場所が良いな。次の目的地の相談の時に提案しようか。何だかこうして黙々と木を彫るのも久しぶりだ。……通知音はやや気になるが。
インベントリに手ごろな宝石があまりない事に気が付いた私は、マムシのほら穴で入手した卵や繭を木の中に埋め込んでいく。泥団子はあんまり重量を気にしないので存分に入れよう。
見た目は不気味だが、生き物の卵は結構回復魔力との相性がいいとマツメツさんに聞いたことがある。火の鳥の卵の殻なんてのを金属杖に使うと回復魔力が大きく上昇するらしい。
今回使うのは鳥ではなく虫の卵だが、実は木製の装備は虫素材と好相性なことが今までの実験で判明している。今回もそう変な性能にはならないだろう。
私は存分に買った木材で色々と試し、泥団子のスキルや能力に合った納得のいく物が完成するまで試作を繰り返す。
結局、強制ログアウト直前のけたたましいアラームで時間に気付き、私はようやく作業を止めた。完成品が形になった後も夢中で続けてしまっていた……。
私は泥団子に完成品の杖を譲渡申請し、数々の試作品を取引掲示板に流す。結構作ってしまったので合計すると43本もの杖が自分の出品一覧に並んだ。
何となくこれで入札先が増えて脳裏をチラつくあれの値が下がらないかなと期待しての行動だが、まぁ意味がないことは分かっている。
私は後片付けを済ませた後、逃げ出すようにログアウト処理を行うのだった。
***
次の日朝ログインした私は、大量の通知を前に茫然としていた。
不明点の質問が、魂だけではなく杖にも届いていたからだ。
私は仕方なく一つ一つ目を通して、説明文を追記していく。こっちは消費アイテムと違って装備だ。掲示板の自動機能で性能が表示されているはずなので、これだけ質問が来るとは思っていなかった。
問い合わせを読んでいると、違う人が同じ質問をしている場合が多いのが分かる。
十通目くらいからはさっと斜めに目を通して、目新しい質問が目に留まったら簡単に説明文をアップデートするだけだ。重心なんかはまだ分かるが、使った素材なんて聞いてどうするんだこの人ら。もしかして同業の木工職人だろうか。
私が一通りの作業を終えたのは、ログインから既に一時間以上が経過した時だった。
何だかドッと疲れた……今朝はもういいかな……。
私の作業に付き合ってもらっていたカナタ達に別れを告げてログアウトする。手分けしてやらなきゃ終わらなかったかも……。今度お礼を、と考えたところである事を思い出す。
そういえば、傭兵用のペットも作らなきゃ。それらしい魂を買ったりは……できないだろうな。今半端なく高いし。
現実に帰還した私は、部屋にあるコンピュータであのリストの続きを作成し始める。
コミュニケーション用の掲示板で話題になっているのは、映し身の魂をオークションに12個も流した無名のプレイヤーがいること。その明らかにオタクが書いたと思しき詳しい仕様説明文は、入札できなくとも一見の価値ありと書かれている。
こんなことになるなら泥団子にやらせればよかった。こういう扱い好きそうだし。ラクスの容姿を褒められるのはいい気分なのだが、こういう評価はあまり求めていない。
私はその話題を意図的に無視して、有用そうなモンスターの話題だけを拾っていく。
そうしていると嫌でも気付いてしまう。手に入れたペットの仕様の説明に、私の書いた商品紹介の項目がテンプレとして使われていることに。
今までの雑多な書き込みより余程分かりやすいし、こうしてまとめる側としても文句はないのだが、雑な紹介文を書いた人に私の出品見てこいとか言うのはどうなのだろう。
そんな扱いもあり、あの出品は今とんでもない盛り上がりを見せている。どこまで値段が吊り上がるのか実況している者まで居るし、半分お祭り状態なので冗談のような大金を入札する人もいる。
それに釣られる様に試作の杖たちも相場を大きく超える値段になってきており、もはやぱっと見では合計金額が良く分からない事になってきている。
入札可能時間は残り6時間。
私は掲示板をそっと閉じて、ベッドの上に寝転がる。何か“現実”を忘れられることをしよう。




