映し身
「ごめん、シャワー浴びてた」
「全然大丈夫! 私なんて今来たとこだしね!」
私は人で賑わう社の前で待っていた3人に声をかけ、足早に駆け寄る。
図書館で夏休みの課題の大半を終わらせた私は、シャワーを浴びて急いでゲームにログインしていた。課題が思いの外捗ってしまって、気が付けば予定より30分も遅れて図書館を出た。ちょっと遅刻だ。
しかし流石に汗でべたべたのままVRマシンに横になりたくはないので、シャワーの時間を皆に待ってもらっていたのだ。
私は装備も消耗品もしっかり揃っている事を確認すると、全員が揃った途端に歩き始めたフランの後を追う。相変わらず気が早い。
鏡鳴の社は不思議なダンジョンで、入り口は転移陣が置いてあるだけの謎の祭壇だ。入ると後戻りはできず、帰る時はダンジョンの奥にある帰還用の転移陣までたどり着かなければならない。
出て来るモンスターも特殊だ。モンスターは一種類で、必ず決まった数が出現する。ボスモンスターも存在しない。
一番特筆すべきなのは世界中のダンジョンの中でもかなり珍しい、適正レベル不明のダンジョンだということだろう。
どれだけレベルを上げてもモンスターがそれに応じて強くなるので、攻略が楽になることはない。むしろ低レベルほど簡単だとさえ言われるほどだ。一概にはそう言えないとは思うのだが。
私達は次々と消えて行くプレイヤーの後を追って、転移陣の上に乗る。
ダンジョン周回で繰り返し聞いた転移時の効果音が響き、周囲の景色が一変する。
そこは、広い木造建築の内部だった。
天上には謎の金属板が吊られており、それが煌々と廊下を照らしている。このダンジョンでプレイヤーが最初に転移させられるのは、永遠に続くかと思う様な長い廊下だった。
「聞いていた通りなら後ろにも前にも居るらしいけど、どっち行く?」
「前! こういうのは前進あるのみだよ」
泥団子の質問に、ユリアが元気よく答える。
私達はその答えに従い、先へと歩き始めた。このダンジョンの廊下は安全地帯らしいので隊列も組まずにひたすら歩いて行く。
そして思ったよりも短い廊下は、とある“突き当り”で唐突に終わった。
それは一枚の鏡である。それも普通の鏡ではない。私達の姿を一切映さず、ただ廊下が先に長く続いている様に、私達の背後の光景を見せている。
ユリアがその鏡に、自慢の斧を叩き付ける。
同時にその廊下諸共世界が砕け散り、私達は暗い部屋の中に立っていた。
その部屋の中央には美しい一枚の鏡が浮いている。鏡のデザインこそ違うが、状況だけ見ればアバターの作成の時の空間に似ているだろうか。
私達が各々武器を手に構えると、その鏡もまた砕け散ってしまう。
しかしその鏡の奥で武器を構えていた“私達”は、最初からそこに居たかのように同じ構えで佇んでいた。
今回の目的のモンスターはこいつらだ。名を“映し身”という。
私達の能力値やスキルをそっくりそのままコピーした、ドッペルゲンガーのような存在である。使う戦法は私達のコピーではなく、能力値と武器に最適化された機械的な物だ。ある意味プレイヤーより面倒と言える。
私達4人が一瞬睨み合った直後、私は前へと躍り出た。
それに対応して見せたのは敵のユリアだ。斧を構えて刃を押し付ける様に前へと踏み出した。
「ほい、頑張れー」
戦闘前から準備されていた泥団子の能力値強化を受け取った私は、空いている敵ユリアの右側をすり抜ける。あまりにがら空きなので、予定にはないがすれ違いざまに弄月で胸を斬っておく。
素早く反応したユリアが斧を振り回すように振り向くが、当然私は既に走り抜けた後だ。そもそも私の最初の標的はユリアではない。
私なんかに感けていたばかりに、正面に迫る“本物”を見落としたユリアは、巨大な斧で思い切り頭を殴られた。
「私の方が強いよ!」
「私の方が強いよ!」
斧に弾き飛ばされながらも、本人の言葉に反応して同じ言葉を返す映し身。あれ食らってまだ生きているのか……羨ましい耐久性能である。
さて、ここからは本格的に余裕がないから気を引き締めなければ。
特にこの人は、私の方が相性不利な相手だ。それでいて本人同士の“銃撃戦”では消耗が激しすぎるので、誰かが矢面に立たねばならない。
今回の戦い、最大の懸念材料である。
私に向いた銃口から逃れる様に左に進路を変えた瞬間、銃声が響く。
一瞬身を強張らせるが、どうやら味方のフランの攻撃だったらしい。ただし、狙った対象は私だ。敵のだが、能力値は一緒のはずである。
当然のように頭蓋を弾丸で貫かれた私は、影に解けていく。予想はしていたけれど、やっぱり一撃死するんだこれ……。
私は敵のフランの銃口に視線を凝らし、その直線上に体が重ならない様に近付いて行く。
フランの銃が私を捉える直前、届くか届かないかの距離で私は弄月を投げた。
飾り布の分リーチが伸びた弄月が、映し身に迫る。しかし流石はフランのコピーと言うべきか、彼女は迫り来る剣を避けるために距離を取る。
私の方が敏捷性が高いので鬼ごっこを始めれば間違いなく勝ちだ。しかし彼女は私の追撃を止めるために弾丸を放つ。
ここだ。
これを避けなければ接近できない。
彼女が狙ったのは、とにかく当てる事だけを考えた胴体のはず。
私は彼女の発砲と同時に、“剣の舞・飛翔”を繰り出す。体が慣性を無視した軌道で浮かび上がる。
そして弾丸は、私を捉えることなく直進していった。
私はそのまま弄月を振り下ろし、フランの映し身に浅くない傷を負わせる。
このままでは泥団子がフランを回復してしまうかもしれないが、一度距離を詰めてしまえばライフルの銃口も銃剣もこちらには向けにくいはず。敏捷性は高いので引き離されたりはしないだろう。
私は硬直の短い通常攻撃で彼女を追い詰めていく。時折鋭い突きが掠めるが彼女の物理攻撃が掠るくらいでは流石に死なないので、距離を離されない様に紙一重で避けていく。
そしてついにその首を斬り裂いた時、フランの映し身が影に解けていく。
ユリアの方もほぼ同時に終わったらしく、消えて行く自分の体を見詰めていた。ちなみに泥団子の映し身はフランがサクサク射殺している。
「これ、思ってた以上に緊張感あって楽しいね」
「まぁラクスはワクワクするだろうね……」
「私も結構好き」
ただまぁこれはこのダンジョンの序の口である。本番は次から。
再び木製の廊下に転移させられた私達は、その長く続いている様に見える廊下を歩き出すのだった。
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