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ペットの色々

 私達が天上の木を始めて最初のアップデートは(つつが)なく終了した。


 私はユリアとアップデート中にログインしていてみようという話になって、アップデートの瞬間を目撃したが、中々面白い光景だった。


 自分以外の見えているすべての存在が凍ってしまったかのように動きを止めて、数秒後に再び動き出す。この世界の住人は何事もなかったかのように動き出すし、プレイヤーは数秒間の間に動いた分が即座に適用されて倍速で動く。

 後になってSNSを何となく見ていたら、アップデートの数秒間に早口言葉を言ってみたという動画が拡散されていたし、どうやらVRゲームではお馴染みの光景らしい。


 あの瞬間に全モンスターのドロップアイテムに“〇〇(モンスターの名前)の魂”というアイテムと、ペット獲得用の特殊マップ、そして初心者救済向けのモンスターが追加されたはずだ。そう考えると世界が変化した瞬間と思えてちょっと感慨深い。


 私達はペットシステムが実装されてからすぐに、一応とばかりに雷獣の捕獲に乗り出していた。

 あんまり可愛くはないが、この辺りで唯一可愛いと思えなくもない容姿をしている。他が気持ち悪いのでユリアとフランと私が強いて言えばこれと示したのが雷獣だったのだが、結果は5時間掛けて同じダンジョンに出現するクラヤミを一匹捕獲という残念な結果である。


 まず、捕獲用のアイテムである魂のドロップ確率がものすごく低い。

 時間効率だけならば以前レベリングに使った“星のルビーラビット”以下。その上ダンジョンには大抵3種類のモンスターが居るのでお気に入りのモンスターの魂がドロップするかは運次第だ。


 私がうっかり月夜の舞姫についている傾国効果にアイテムドロップ率上昇があることを忘れて、敵が弱いからと弄月で戦っていたり、途中で飽きたフランがボスに挑んで見事撃破したりした事を考えても中々の低確率である。


 ちなみにクラヤミの魂を使って出てきた強化版クラヤミは、普通に5人パーティなら余裕で倒せるくらいの難易度だった。アイテムのために周回する方がよっぽど難易度が高いとは思う。

 ただ一度使うと魂は消えてしまうので、負けると無駄遣いになる。明らかにもったいないので今後も慎重に行くに越したことはないだろう。


 無事装備化できたクラヤミは、一番相性の良さそうなフランが持っている。魂からペットになると譲渡不可能になるのは予想外だったが、相性は悪くない。

 効果は敵意を向けられにくくなるという装備効果と、一定時間クラヤミを召喚できる効果の二つ。これにはちょっと驚いたが、少しずつ集まっている情報を見るに、結構な種類のモンスターが装備としての追加効果を持っているらしい。こうなると追加効果のみや、逆に追加効果なしのモンスターも気になってくる。そっちの方がむしろ特殊なのではないだろうか。


 ちなみにクラヤミを召喚してみた結果は、あまりよろしくなかった。

 召喚時間は結構長めだが、全く強くない。まだ初期状態なのでこれから強くなっていくとは思うのだが、何せ敵のクラヤミに一対一でなす術なくやられるほどである。

 いざという時に使用者を守る程度の役割しか持てないのではないだろうか。正直ドロップ率から考えると期待外れも(はなは)だしい。


 元々あまり強くないクラヤミを引いてしまったのが問題だと考えた私達は、現在馬を走らせている。

 第2エリア北西にある、とある有名なダンジョンを目指して移動中だ。ペット機能実装前から多くのプレイヤーに目を付けられていて、今だけ平時の数倍は賑わっているというダンジョンに。


 ちなみに装備化したペットは譲渡も売却も不能だが、その手前の段階の魂は売りに出せる。そのため結構な数が市場に出回っていた。

 もちろん、今は実装直後のバブルで相場も何もない状態。当然のようにすべての出品が非常に高額で、一部の高レベルプレイヤー以外は手が出せない状況である。それでも買う人が居るからその値段になっているので、初心者救済モンスターよりよっぽど金策になっているようだ。多分今だけだが。


 私と泥団子は移動中にモンスターの情報を漁る。掲示板には結構な情報が流れているが、入手が難しそうなボス系はガセネタも多そうだ。その中から信憑性の高そうなものをピックしてリスト化していく。こういうチマチマした情報処理ちょっと好きだな、私。


 しかし、ここにどれだけの情報があっても、二番目のターゲットに変更はない。そもそも泥団子からも特に反応はないので、信憑性が高くて有用そうな情報を見付けていないのだと思うが。


 そうしている内に、私達は目的地である“鏡鳴(きょうめい)(やしろ)”へとたどり着いた。

 このまま突入、と行きたいところだが、移動で結構時間を使ってしまったので今日はここまでである。夜が遅い3人はともかく、私はちょっと眠いし。


 皆に別れを告げてログアウトした私は、何となく起き上がるのが億劫で、VRマシンの中でそのまま目を開けることなく眠りについたのだった。



 ***



 朝になって起きた私は、早速ゲームにログインしようとして、今ラクスの体は町に居ないことを思い出す。今入っても誰も居ないし、きっとやることがないだろう。ダンジョンは流石に一人では入れない。


 朝の支度を整えた私は、珍しく外に出た。

 目的地は公立の図書館。今では長期保存とコレクション以外の目的で使われなくなった、紙媒体の本が大量に保管されている場所である。


 私はセミの鳴く声を聞きながら、空に浮かぶ真っ白な入道雲を見上げる。朝でもこんなに暑いのに、フランは今日も走っているのだろうか。


 ちなみに、一応私も走ろうと思えば走れる。体育の授業では運動用の義足を着用して参加している。それだけではない。自分でプールに行くことは基本的にないのだが、一応水泳も専用の義足があってそれを付ければ泳ぐこともできる。

 元々昔は運動が得意な子供だったので、今でも全く出来ないというほどではないのだ。私より辛そうな子を他所に、大抵は一人特別メニューなのはちょっと申し訳ないが。


 では普段使いの義足に何の特徴があるのかと言えば、これは完全に見た目重視の物である。タイツなんかを履けばそれと分からない見た目をしているだけの、何の変哲もない義足。強いて言えば軽くて水に濡れても大丈夫なくらいだろうか。


 運動用は脚に負担がかからないような細工がされていて、靴下やタイツを履けないし、何なら靴も履けない。水泳用なら問題ないかもしれないが、あれは足首の関節が自在に動く機械義肢で、高いからあまり日常生活で使いたくはなかった。


「はぁ……あっつ……」


 日傘を貫通する日差しの熱と、アスファルトの照返しで汗が噴き出す。ニュースを見る限り今年は猛暑らしい。あまり外に出ないので実感はなかった。旅行で行った旅館はここよりも涼しかったし。


 私は夏の暑さから逃げ込むように、些か古臭いデザインの図書館に入って一息つく。空調が体中の汗を冷やしていく。冷たくて心地いい。


 汗を掻くのも昔は好きだったのだが、今は単に不快になってしまった。気のせいだと思いたいのだが、ちょっと汗の臭いがあの頃と違う気がする。私、このまま図書館に入ったら臭いかな。


 ちょっと不安になった私は、入り口付近のベンチに腰を下ろして涼む。汗が引くまでこうして居よう。


 少し落ち着いた私は、デバイスで昨日のリスト作成を再開した。

 今日も様々な話が書き込まれているが、ようやく信憑性の高そうなボスペットの情報も流れてきている。どうやらボスは無限に湧く通常モンスターに比べるとちょっとだけドロップ率が高いらしい。それが優しい確率なのかは微妙だが。


 今のところ判明しているボス系のモンスターは、装備すると強力な一撃を放つことができるようになる“一撃型”のペットばかり。追加効果も戦闘向けの物ばかりで中々悪くない。


 問題はドロップ率の低さと、ボスの強化版の強さだろう。魂で召喚できるのが一体だけとはいえ、それで楽になるのは集団で襲ってくる前提の敵だ。

 そもそも一対多を想定しているボスは単純に難しくなっているはず。掲示板でも折角アイテムが出たのに負けてしまい、経験値も魂も無駄にしたことを嘆いている者もいた。


 魂の強敵戦のチャンスは一度きり。

 負けると普通の戦いで負けたのと同じように、経験値を失い最後に訪れた安全地域に転送される。捕獲用のアイテムを消費するのは戦闘前なので、戦闘になった時点でアイテムは消滅は確定している。

 ドロップ率もあって中々厳しい仕様だ。何と言うか、嫌がらせとしてわざと負ける様に戦う味方プレイヤーが問題になったりしそうな仕様である。そういうのはブロックして通報が安定だが、失った物が帰ってくるわけではない。


「……こんなものかな」


 適当にリストの作成を終わらせた私は、図書館の書庫エリアにようやく足を踏み入れる。

 今日私はここに課題を片付けに来たのだ。ゲームから離れるために家を出たのに、こんなことばかりしていられない。


 私は自習スペースになっている机に学校用の電子ペーパーを置いて電源を入れる。同じことを考えている学生がちらほらみられる他には、物理書籍マニアが態々重い本のページを捲っているだけの空間だ。

 恐ろしい程静かなその部屋で、私はひたすらに数学の方程式を解いていくのだった。


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