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初めての買い物

 昼食を終えた私は、紗愛ちゃんと連絡を取っていた。

『少し早いけど一緒に遊ばない?』

 と。


 思っていた以上にすぐ返信が来て、それを見た私は口元が緩む。私は急いでサクラギの街へと降り立ったのだった。


「おはよー!」

「今の時間帯だと、こんにちはか、こんばんはじゃないかな」


 時刻は正午過ぎ。サクラギの街は深夜である。

 私にとっては五度目の公園で待ち合わせた私とユリアは、星空を見上げて笑い合う。ちなみに泥団子はまだ来ない。


 三連休の初日ということもあってか、ユリアはいつも以上に元気そうだ。

 そんな姿を観察をしていたら、ユリアと目が合う。そして彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「良かった。楽しそうだね」

「そう? 私そんなに分かりやすいかな」

「分かりやすいっていうか」


 ユリアはそこで一旦言葉を区切ると、私の両手を取って飛び切りの笑顔を私に見せる。


「私達だからわかるんだよ、きっと」

「……そっか」


 その言葉が何だか無性に嬉しくて、私もつられて笑ってしまう。


 久しくこんな気持ちになったことはない。左腕から伝わるぬくもりに、油断すると泣き出してしまいそうになる。

 私はそんな気持ちが何だか恥ずかしくて、紗愛ちゃんから手を放した。


「実は、新しい装備を見たいの。剣でも防具でもいいんだけど」

「そういえば、レベルの割りに初心者装備だね。剣は私のお下がりだけど、防具は初期装備のままだし」


 そう。私は剣を二本持っている。

 一本目は初期装備の“初学の剣”。耐久力は高くて軽いが、攻撃力が低い。

 二本目が昨日ユリアから貰った“石の剣+”。耐久力も攻撃力も高めだが、結構重い。ユリアが剣より斧の方が扱いやすいとのことで貰った、新品同然の剣である。

 暗闇の洞窟を踏破できたのは装備によるところも結構大きいと思う。


 いざ歩き出そうとしたユリアが急に立ち止まってこちらに向き直る。


「あ、その前にご飯食べていい? 今、お昼の直後だけど」

「そういえば、お腹が減るなんてシステムあったんだったね……」


 このゲームには満腹度というシステムがある。

 ゼロになるとHPとMPの自然回復量が減るだけで他にデメリットはないし、何より100%から0%になるまで24時間もかかる。ログアウト時は減少しないのもあって、限界まで食べれば二日は何も食べなくて済むのだ。


 キャラクターを作った直後は100%だったので、まだこの作品を約6時間しかプレイしていない私は未だに気にしたことのない概念だった。


「じゃ、出発しよっか!」


 ユリアと共に夜の街へ歩き出す。

 深夜だが、NPCの家の照明は明るく光っている。そもそも何の光源もない暗闇でも見通せる程夜目が利くので、夜道もはっきり見える。ちょっと暗いかな? 程度だ。

 窓からあふれる光を見上げながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「NPCって寝ないのかな」

「そういえば家に帰るし、お店の店員さんとかも交代するけど、寝てるところは見たことないなー。まぁそもそも家に入ったことないんだけど」


 ユリアが言うには、NPCには全員名前と設定があり、好感度なんてものまで決まっているらしい。特定のNPCに熱心に入れ込み、ついには口説き落として恋人のような関係になったプレイヤーも居るそうだ。

 そこまでいかずとも友人関係になれれば家に招待されるが、あの家の中に特に何かがあったという話は今のところはないらしい。


 ユリアの話はそこでは止まらず、気になる男性キャラクターにアタックするか悩んでいるだとか、かっこいいなら現実かどうかは関係ないだとか話している。話の内容はともかく、作中の男性キャラクターにご執心なのは割りといつもの光景である。


「でも、その男の人と別の女性プレイヤーが仲良くしてたら嫌なんでしょ?」

「それはもちろん!」


 おそらくだが、彼女はこのゲームで恋愛するのは向いていないと思う。


 私達がそんな他愛もない話をしながら夜の街を歩いている間に、目的地へとやってきた。

 そこは他の建築物に比べて二回りほど大きなお店。猫と魚の看板が目印のサクラギ商会。私は入ったことがないが、放置してあるチュートリアルで出向くことになるらしいNPCのお店である。


 オシャレな細工の扉を開けて中へと入る。

 店内は煌びやかで、ありとあらゆる商品が所狭しと並んでいる。そんな商品を眺めたり手に取ったりするプレイヤーたちの姿も多い。


「おじゃましまーす」


 とユリアの元気な挨拶に数人のプレイヤーの視線が集まるが、興味を失ったようにすぐに散る。

 店内の様子に呆気に取られる私の手を引いて、ユリアは手前にある消耗品コーナーへと向かった。


「ご飯ここに売ってるのは知ってたんだけど、まだ食べたことないんだよねー。昨日初めて満腹度0になったし」


 見れば、確かに回復薬などと一緒に食料品も多少置いてあるようだ。というか、こんなところにむき出しにして置いてあったら不衛生な気がするが。


 私の感想など知る由もないユリアは棚から大きなパンを選ぶと、その前で何かを操作し始める。


「それ、何してるの?」

「あ、これ? 会計を商品棚でできるようになってるの。ゲーム内で会計待ちたくない人向けに」

「なるほど……」


 どうやら会計は完全にシステム側で行ってしまうこともできるらしい。実際にはお金も出さず(システム的には減っていると思うが)にパンを手にするユリアの姿は、万引き犯に近いものを感じるが、多分このゲームでNPCからの窃盗は不可能だろう。


「……ほんのり甘くて美味しいけど、この量は飽きるかも」


 ユリアは大きな半球状のパンをもさもさと食べながら、奥の方を指し示す。


「装備はあっちだよ」

「うん。それよりこのお店、店内で飲食していいの……?」

「いい! ……と思う」


 私はそんな不安になる言葉に何と返せばいいのか迷いながらも、消耗品の棚を買い物客の間を通り抜けて進む。その棚と人込みを抜けると、今度は鎧や剣が見栄え良くディスプレイされているコーナーへたどり着いた。


「こんなにたくさん……」

「プレイヤーメイドの方が強いんだけどね。まぁここ種類だけはあるから見るだけでも参考になるし」


 ユリアが言うには、この作品のプレイヤーの生産技術は何かと楽にできているらしい。

 一人のプレイヤーがすべての技術を極めることもできる上に、そもそもの難易度も低い。鍛冶なんて言ったら大変な技術が必要だろうから、ゲームに落とし込むためのデフォルメは私も当然だと思う。


 そんな背景があるからか、消耗品に比べてこのコーナーを見ている人は少ない。居るのは私と同じ服を着た2人だけである。


 私は陳列されている石の剣の情報をシステムメッセージから確認しながら、ユリアを振り返る。


「装備を選ぶコツってあるの?」

「コツ? うーん、威力とか防御力もそうだけど、意外と重心とかもあるかな。私が剣より斧が使いやすいってそういう理由だと思うし」

「重心……」


 どうやら試し切りなどの機能はないらしく、買ってみて試すしかないとのことだ。ますます悩ましい。

 私は今まで使ってきた片手剣の棚から、重すぎて扱えない両手剣の境目までをじっくりと見る。基本的には威力が高いほど値段が高い。重量や耐久力はあまり値段に関係ないように見える。少なくともこの店では、という話だが。


「うーん……迷う」

「じゃあ、プレイヤーのお店見てみる? あんまり予算ないようなら買えないかもだけど」

「そうしようかな……」


 結局、私は暗闇の洞窟で消耗した回復薬とその他の雑多な消耗品を購入してサクラギ商会を後にするのだった。



 ***



「これだ!」


 バザーのとある露店の前でそう叫ぶ。

 その、白銀の美しい幅広の刀身は人を魅了する湾曲を見せ、柄は煌めく金に美しい装飾が施されていた。(つば)や柄頭、ナックルガードには小さいながらも宝石が埋め込まれている。

 芸術品のような片刃の剣だった。


「成金趣味……」

「えっ!?」


 しかし、ユリアからのまさかのダメ出しである。いや、思えばユリアはどことなく山賊というか、野蛮というか、芸術性の欠片もない斧を使っている。


「そっか、ユリアに芸術センスはなかったんだね……」

「いやいや、これは……お店の人もかっこいいと思って売って無いでしょ?」

「まぁ、目立つから置いてはいるが……」


 ユリアどころか露店の店主にまで渋い顔をされる。

 これ、本当にいいと思ったんだけど……。ユリアはそんな私を見て大きくため息を吐くと、呆れたように値札を指す。


「というかそもそもお金足りないでしょ。今いくら持ってるの?」

「……7,500カペラ」

「いくらクソださ……似合う奴が限られる剣だっつっても、流石に半額以下じゃあ売れねぇなぁ」

「うっうぅ……」


 私は値札の1万8千カペラを睨みつける。一番安い回復薬が50カペラで、パン一つが300カペラなのでかなりお高いが、性能から見ると破格である。私と同じ感性の人間か、もしくは見た目を気にしない人が見つければ買ってしまうだろう。


 何せ物理攻撃力もそこそこある上に魔法攻撃力まで上がるのだ。もちろん物理一辺倒や魔法一辺倒の数値には及ばないが、合計するとかなり高い。

 私は盗賊の職業レベルをあと1上げれば魔法も使える踊り子に転職できるので、まさにぴったりの装備である。


「ほら、こっちのにしなよ。この短剣も似たような性能で……まぁまだ足りないけど、このくらいなら私も出してもいいし」


 ユリアの示す短剣は確かに重量が大きく減り、両面の攻撃力もそれに伴って多少落ちてはいるがそれでもそこそこの性能を示している。値段は1万カペラ。


 しかし、違うのだ。私が欲しいのはそれじゃない。


「はぁ……お金貯まるまでこのお店にお客が来ませんように……」

「うちの店で何つう願い事してんだよ……」


 私達は露店のプレイヤー、マツメツさんに商品を見せてくれたお礼を言うとトボトボとその場を後にした。


 それからいくつの露店を巡っただろうか。

 システム経由でオークションなどのアイテムのやり取りができる取引掲示板なども覗いてみたが、やはりあの一本に勝る装備は見つからなかった。


「ここまでラクスの美的感覚が面倒だと思わなかった。……いや、そういえば昔はそうだった。今思い出したよ」

「はぁ……もうこうなったらやるしかないよね」

「……何を?」


 それはもちろん決まっている。


「鍛冶を」


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