魔蟲の巣窟
私達は数日に渡り、マムシのほら穴を探索し続けていた。
雑魚戦には慣れてきたので、ダンジョン全域から素材を回収しつつボス戦手前で引き返すまでに、そう時間はかからなくなってきている。結構広い上にポップ数が多いので帰り道もそれなりに敵に出くわすのが面倒だが、こればかりは仕方ない。
そうして何度目かのダンジョンアタックを終えて、また敵の多い帰り道を戻ろうと踵を返したその時、私にメッセージが届いた。
差出人は泥団子。内容は直接会って話をしたいとのことだった。
「うーん……出るまで結構時間かかるんだよね、ここ」
私はダンジョン内部に居ることを伝えて、泥団子に待っていてもらう。
ここはダンジョンの最奥。帰るにはむしろ背後のボスを倒して転移陣で戻った方が早い。
幸いボスの攻略情報は事前に見ているし、消耗も少ないので何とかなりそうな気がする。
「ねぇ皆、ここのボス挑んでもいいかな?」
私はあまり意味のないそんな質問を全員にして意思を確認してから、洞窟の奥へと踏み込んだ。
このダンジョンのボスが鎮座しているこの奥の広場は、他のボス戦のエリアに比べると遥かに巨大だ。横にも奥にも縦にも広いドーム状の空間。
その中央に、明らかに異様な存在が鎮座していた。
旅人の物と思しき武具、元がどんな生き物だったのかも判然としない骨の数々、その他にも幌馬車や岩など雑多な物がとぐろを巻いている。その塊は、よく見れば白い糸で繋がれていた。
私達の侵入に対して、その物体が騒めく。
しかし、屍も瓦礫も動いた様子はない。動いているのはその影に隠れる者たちだ。
ギシギシと嫌な音を立ててその“龍”は首を持ち上げた。とげとげしい頭が口を開けるが、音が鳴るばかりで咆哮は聞こえない。
そんな動作と同時に、龍に赤いマーカーが表示されて戦闘が開始した。
このマムシのほら穴のボスの名前は、屍の龍。骨や武具で武装した“蜘蛛の幼体”である。
事前の相談通りに、ショールと私が前へ、ラリマールとシトリン、そしてカナタは攻撃が届くギリギリの範囲まで散開した。
このボスの特徴は、とにかくその巨体だ。ありとあらゆる攻撃が範囲攻撃で、全身を覆う様な大きな盾でも持って来なければ攻撃を防ぐことも難しい。
纏まっていればそれだけ全滅のリスクが高いので、仲間同士の距離を大きく取るのが有効な手段だ。
回復ができるシトリンとカナタはできる限りボスを挟んで対角線上に並び、他の三人は駆けずり回りながらひたすら攻撃である。
私とショールはボスを挟んで左右に分かれると、他の面子が持ち場に着くよりも早く攻撃を開始した。
とりあえずは様子見として通常攻撃でその腹を斬る。一応青エフェクトが出るが、HPが減った様子はない。
その代わり、そこにあった馬の骨が地に落ちて、慌てた蜘蛛の子が体の奥深くへと逃げていく。
この蜘蛛の子がボスの仕掛け人、このダンジョンの雑魚モンスターである死の運び屋の幼体だ。親より子供が強いという何とも奇妙な敵である。おそらくはこの死体や雑多な瓦礫は親が運んでいるのだろう。
私の攻撃よりもショールの槍の方が痛かったのか、彼女の目の前で体の奥から槍が飛び出す。ショールは余裕を持って槍を避けている。
実は防御型だと大したダメージを受けないのだが、私達にとっては出が早く火力も十分なので注意すべき攻撃の一つだ。
位置取りを決めたカナタが、光の鳥と狼を召喚してけしかける。その後は回復と支援魔法を使ってくれる予定である。今回は活躍するだろうから頑張って欲しい。
そして今回2番手のダメージディーラーになるであろうシトリンがその巨体の首の部分に矢を射かけた。
もちろん普通の矢ではない。薬師の矢だ。
この戦いで使う薬は、焼夷薬。読んで字の如く、当たった対象を焼き払う火炎瓶である。
龍は激しく燃え上がり、キィキィと嫌な音を立てて崩れていく。それでも巨大な体のごく一部、全体から見れば猫の額と言ったところだ。
しかし、同じ部分に爆炎が生じる。
今回きっと最大の功労者となるであろうラリマールの火炎魔法だ。糸が焼け落ち、瓦礫が地面に散らばった。
このボスは致命的に魔法に弱い。魔法に弱いというか、より正確には火炎の範囲攻撃に弱い。
糸を焼くか切るかしてしまえば体が崩れ去るので、後は出てきた本体を叩くだけで済むのだ。物理主体の職業ばかりだと面倒な相手だが、回避しつつうまく立ち回れば全員後衛魔法職でも倒せる相手である。もちろん、ここまで無事にたどり着ければの話だが。
龍が、ドラゴンが息を吹き付ける様な動作で豪快に糸を吐き出す。親とは違って今度は、網ではなく何本もの短い糸が撒き散った。避けにくいが親ほどの拘束力はないし、何にも当たらずに地面に落ちればすぐに消えてしまう。距離が遠ければ避けなくても別にいい攻撃だ。
ラリマールが鬱陶しそうに何本もの糸を杖で払いながら次の魔法の詠唱を開始しようとして、慌ててキャンセルした。
龍の体の瓦礫の一部が投げつけられたのだ。地面に骨や瓦礫が衝突し、崩れる。ラリマールは何とか無事のようだが、その表情は険しい。
本来前衛は後衛を守るのが役目だが、このパーティに体を張る盾役は居ない。どうにか自分で頑張ってくれ。
私は横目でラリマールの動きを確認し、炎の舞で龍の体を焼いて行った。
それから長い時間が流れた。
ラリマールとシトリンは頑張っている。頑張っているが、慣れない戦い方に苦戦しているようだ。攻撃しようとして慌てて相手の攻撃を避けたり、当たってしまったり。
おかげでヒーラーのカナタはてんてこ舞いだ。
シトリンは自己回復ができるからいいとしても、ラリマールはそうもいかない。薬がすぐに尽きてしまうだろう。
そして私とショールは相変わらずチクチク削っている。チクチク過ぎて相手からの敵意が本格的に向かない。槍での反撃や、範囲攻撃の暴れだけ。それらは十分に避けられるので、二人ともまだ無傷だった。
カナタの支援魔法を断わって、彼女にはラリマールの支援と回復に専念してもらう。この際、召喚魔法も遠慮してもらおう。
あまり順調とは言えないが、それでも龍の外装が少しずつ剥がれ落ち、ついに糸の上を駆け回る蜘蛛たちが直接見え始めた。中々にぞっとする光景だが、実は彼らの本体ではない。
HPを持っている本体はこの更に奥。
そろそろ奥の手を使うとしよう。
私は弄月を腰に戻すと、その横に取り付けられているホルスターから一対の扇を取り出す。
この前作成した月下の舞姫だ。
私は今までの数倍の火力で蜘蛛たちを焼き払う。炎の舞から順に有効な属性舞を何度も使っていくと、ついに強靭な糸の鎧が破けて中身が見えた。
「ここ卵出た!」
その中には、蜘蛛の卵がびっしりと詰まっている。さっきからうろちょろしている蜘蛛に比べれば動かないだけまだマシ……かなぁ。
私はそこを炎の舞で焼き払うと、今まで減らなかったボスのHPが大きく減った。子蜘蛛をいくら殺しても減らない理由はこれである。このボスは蜘蛛の大きな卵塊が本体なのだ。
それを破壊しつくさない限りは倒せない。瓦礫の鎧は剥がせるけど、糸の鎧は無限湧きの子蜘蛛が直してしまう。
焼かれた卵が影に解け、そこに大きな穴が空く。
そしてそこに私の背後から放たれた一本の矢が突き刺さり炎を撒き散らして炸裂する。その炎が内部を焼き尽くしていった。
そしてついには龍の体が中程から切れる。蜘蛛たちが激しく蠢く音と、鳴き声が幾重にもなって耳に響くが、私は構わず鎧の中に侵入して尻尾の方の卵を焼いて行った。
私が鎧の中に侵入するのと同時に、大きな音が響いて龍の頭が地に落ちる。頭部を攻撃していたラリマールも鎧を突破したようだ。あちらはあちらで頑張ってくれているだろう。
そうして私達は順調に卵を焼き続け、長時間の戦いはあっさりと幕を下ろしたのだった。




