洞窟の虫たち
私達は慎重に洞窟の奥へと進んでいく。
このダンジョンの敵は厄介で強く、数も多い。
しかし、どうも盛り上がりに欠ける。なぜだろうかと考えて、一つ気が付いたのは、私にとっておそらくは初である“人型モンスター”が出現しないダンジョンなのだ。
体の動きから攻撃の動作を読み取り、ギリギリを躱すあの緊張感が足りないのだと思う。厄介な特殊攻撃持ちばかりで、ダメージを与える技が単調なのも大きい。
そんな私とは対照的に、射撃組は非常に繊細な戦いを強いられていた。
私が注意を引き付けるとはいえ、私は体を張って敵の進攻を止めることはできない。あくまでも敵意を向けてもらうというだけだ。
射線に私が入り込む上に、敵意が自分に向き過ぎないようにしなければならないので大変だろう。どれくらい彼女たちの助けになっているのかは分からないが、一応休憩は多めにして進んでいる。
私は岩から飛び出したヤドカリの頭を弄月で斬り落とし、大きく息を吐いた。疲れはしないがどうにもパッとしない。レベル上げが目的だが、このままボス戦でもやってしまおうか。
そんなことを考えながら、採掘用の道具を取り出して鉱床を叩いた。
このダンジョンには、というか大半のダンジョンには3種類、ボスを含めて4種類のモンスターが居る。
このダンジョンの場合は死の運び屋の他に2種類のモンスター、岩ヤドカリとドラゴンモスが生息している。
岩ヤドカリは読んで字の如く、岩に穴を空けて持ち運んでいるシャイな奴。見た目はヤドカリだが、岩部分が物理攻撃に強く危険を感じると岩に閉じこもってしまう。その上地面属性の魔法攻撃までしてくるので結構面倒な相手だ。
出会ったら適当に怯えさせて放置、その後他の敵が片付いたら攻撃を中断して出て来たところを叩くというのが楽な戦闘の流れだ。遠距離から範囲技を出せるラリマール大活躍している。
次にドラゴンモス。ドラゴンモスは蜻蛉と蛾を足して二で割ったような姿をしている。巨大な体を支える蛾の羽に触覚、蜻蛉の複眼と鋭い脚、やや膨らんだ長い尾、そしてドラゴンの名に負けない強靭な顎を持っている。
突撃して噛み付いてくるのと、鱗粉を撒き散らして毒にしてくるのが基本の攻撃だ。ごく稀に風魔法を使ってきたりもする。
鱗粉は気持ち悪いがダメージがないので、カナタに毒の回復を任せて私が飛び込んで斬り伏せている。やや面倒なのが蜘蛛と一緒に出現するパターンだが、こちらは蜘蛛の糸に蛾が引っ掛かる。それを利用しすれば何とか凌ぐことができていた。
この洞窟自体の採掘物は第2エリアでは普通の鉱石ばかりだ。ぶっちゃけカエルの岩屋の方がよっぽどマシである。モンスターのドロップアイテムもそう高値の物はなく、金策には向かないダンジョンと言えるであろう。
ただ、薬の材料として見れば悪くないらしい。特に蛾のドロップアイテムから解毒薬や毒薬が作れるらしく、使える素材をシトリンに渡す約束を交わすと彼女は非常に喜んでいた。
ちなみにオブジェクトだと思っていた虫の卵なども採取できるが、何となく気持ち悪いし何に使えばいいのか分からないので躊躇っていたら物怖じしないラリマールがせっせと集め始めた。よくやるなぁ……。
私が明確な意思を持って集めようとしているのは蜘蛛と蛾の糸だ。どうやらこれらにはそれぞれ粘着性の物とそうでない物があるらしく、後者が服に使えないかと考えている。こちらも触りたくはないのだが、結局裁縫は私がやらなければならないので我慢して集めている。
蛾の繭の糸は天蚕糸として使えないのだろうか? 本物は中身を殺した後で茹でたりするようだが、これは既に旅立った後の物なのか中身がない。その辺が影響するのかもしれないので良い物ができるかは現段階では分からない。
若干パサついている繭をインベントリに格納しながら、私はあることに気が付いた。
「そういえば、モンスターって影が形になるみたいな出現の仕方するのに、こうして卵とか繭とか残すんだね」
「確かに! 言われてみれば不思議ですね!」
私は疑問には思ったものの、ゲームだからなと流してしまいそうだったのだが、虫が嫌いなカナタが意外にもその話題に食いついた。私と違って彼女らにとっては“不思議な事実”である。気にするという意味合いが大きく違うのかもしれない。
「うーん……もしかして普通に繁殖して育つモンスターとああして目の前で出現するモンスターは別物なのでしょうか」
「その割りには幼虫や蛹の入った繭を見ませんが……」
虫触りたくない勢のショールがカナタの話題に参加する。おそらくは手持無沙汰なのだろう。その辺りはなぁ……きっとマップ自体は人工知能の自動生成だし大した意味はなさそう。
そんな私の考えを否定するように、シトリンが意外な回答をした。
「卵の中で共食いをして十分に成長した幼虫が卵から出ずに繭を作るらしいですよ。でも繭の中身は、成長した状態で出現する他のモンスターに食べられてしまうって習いました」
「習った? 誰にですか?」
「昔お仕えしていた騎士様に……自分の地元に似たような場所がありますから」
意外な事実に他の全員が関心する。
なるほど。成虫は卵を産んで繁殖することもできるけれど、私達が普段見るような増え方もする。そしてこの残っている繭は成虫が無抵抗の蛹を食い荒らした跡ということか。普通の生き物ではないとはいえ、業が深い存在である。
一通り素材集めが済んだ私達は洞窟の先へと進む。途中の分岐はボスが居るらしい場所から遠ざかる様に、素材集めがはかどる場所を重点的に回る。
シトリンの話によれば産卵場所兼食事処だ。当然と言うべきか、襲い掛かってくる虫の数は多い。
私は蛾を斬り捨てて、次の蛾の羽を切り裂いた。私の通常攻撃では沈まないので、炎の舞で念入りに燃やしておく。
この洞窟のモンスターは全体的に炎属性に弱い。それぞれもっと効果的な属性もあるのだが、共通している属性を使った方が考えることが少なくて楽なのだ。
蛾の後ろに隠れていた蜘蛛にシトリンの矢が刺さり、少し遅れてショールの矢も私のすぐ隣を抜けていく。
しかし、シトリンの矢で大きくよろけていた蜘蛛には当たらず、矢は虚空へと飛んで行った。
ラリマールの魔法はヤドカリを牽制した直後、唯一の頼みの綱はカナタだが丁度光の鳥の効果時間が切れた時だった。
シトリンの矢を耐え抜いた蜘蛛が、お腹を光らせる。その位置は、少しまずいか。
私は生き残っていた蛾のHPを削り切ると、蜘蛛に向かって身構える。
それと同時に糸が吐き出された。
何かが破裂したかのような速度と量だが、私は可能な限り糸を避ける。壁にくっつき動きを止めた糸の間に体をねじ込むようにして、何とかすべての糸を躱した。
しかし、問題はこの後である。どうしようかな、これ。
無理な体勢でもう一歩も動けないが、前からは他の蜘蛛が迫ってきている。これではもう拘束されているのと一緒だ。
どうするか。糸に引っかかってでも体勢を整えた方がマシだろうか?
私は周囲を見回して一瞬の逡巡の後に、思い切ってここから飛び退くことを選択する。
私の装備は掠った攻撃の効果を軽減する。状態異常にも効果があるので体にさえ触れなければ何とかなるかもしれない。
私は最小限の動きで弄月を蜘蛛に投げつけ、左の足首だけで跳躍する。
装備重量が軽い体がふわりと宙に舞い、私は背面跳びの要領で最初の糸を飛び越えた。少し高さが足りないので出っ張っている石を足場にして距離を稼ぐ。
一本目の糸を越えた先の地面にまた一本、そして腰位の高さにもう一本。
二本目の糸を越えた場所に手を置いて、思い切り体を縮める。
重心が傾いて倒れてしまう前に、跳んだ勢いのまま左側へと転がり込んだ。
その先にはもう地面に落ちている糸と天上に当たって落ちてこない糸だけだ。
私は追ってくる蜘蛛から逃げ出すように駆け出し、ショールの後ろに隠れた。
「ごめん、助けて!」
「あそこ抜けられるんですね……」
やや唖然とした表情のショールは矢を捨てて、右手に槍を構えて突き出す。弱点部位であるお腹に刺さった槍を嫌がる様に、蜘蛛が後ろへと下がった。
更にシトリンがその蜘蛛に矢を放ち、ラリマールの魔法が纏めて蜘蛛を消し飛ばしす。
どうやらラリマールは私諸共燃やしてしまうつもりだったらしい。多少MP効率は落ちるが、私にダメージはないし何気に最善策である。
「助かったよ、ありがとう」
「いえ、大したことではありません」
私は弄月を拾い上げて、腰に戻すと素材の採取を開始するのだった。




