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洞窟の蜘蛛

 興奮した様子のシトリンに連れて来られた先は、この町の貸し馬屋だ。ここには望やイナヅマ号が預けてある。

 店主に預けた馬を見に来た旨を伝えて馬小屋に足を踏み入れる。


「お見せしたいのはこちらです!」


 望の隣を通り過ぎ、シトリンが示したのは3頭の馬だった。

 どういうことかと首を傾げていると、突然システムメッセージ君が立ち上がって『名前を付けてください』と告げられる。


「もしかしてこの子……」

「はい! イナヅマ号と望の子供です!」


 鹿毛や青毛の馬を見上げて呆然とする。知らぬ間に愛馬が母親になっていた。確かにシトリンには馬の管理を任せていたのだが、まさか交配までしているとは思わなかった。


 このゲームの馬は妊娠期間というものがなく、孕んだら即座に出産。仔馬はおよそ12時間で十分な大きさに成長する。一度に生まれる頭数は一頭の単子が多いが、時間的にギリギリ不可能ではない。


 そんな仕様のため馬は事実上大量生産が可能だが、プレイヤー間で売買は望み薄だ。この世界のお店よりも安値が付けられない仕様になっている上に、高性能の馬など別に誰も求めていないのである。


 反対にこの世界の住人に引き取ってもらってもほぼほぼ捨て値なので、本当に大した儲けにはならない。場所代や交配のための費用の方が嵩んでしまうこともしばしばなのであまり使われない印象のシステムだ。この世界の馬は死なないし老化もしないから、そもそも需要も薄いしね。


 しかし、こうして必要な頭数を揃えるための交配ならば買うよりも安く付く。あまり考えていなかったが、確かに言われてみればいい手のように思えた。


「名前、何にようか。皆は何か案ある?」


 私はシトリンに少し感心しながら、皆でそれらしい名前を探し始めるのだった。



 ***



 3頭の馬はそれぞれ、白馬の“シラベ”をショールが、鹿毛の“ショコラ”をラリマールが、黒っぽい“馬次郎”をカナタが乗ることに決まった。

 ちなみに今後も全頭シトリンが面倒を見るらしい。特に世話をしなくとも預けている間に何かあったりはしないのだが、一応懐いたりはするので私も暇な時は一緒に遊ぼうと思う。


 私達はそれぞれの馬に乗り、野を駆ける。

 今朝はまだ誰もログインしていないので傭兵全員の出撃だ。ちなみにプレイヤーが4人揃っている時も、一人だけ選んで付いて来てもらっているので第1エリアの時よりも全員レベルが高い。


 今日訪れるのは適正レベルから判断すればかなりの難易度であるはずの、マムシのほら穴である。

 マムシとは名ばかりで、ここには一切の蛇型モンスターは出現しない。普通の動物は特別な例を除いてダンジョン内部には存在しないので、本当に全く蛇が出現しないことになる。


「着いたね」

「何と言うか、いつもと違った不気味さですね……最初に見つけた人は良くここを進もうと思いましたよね」


 綺麗な物が好きなカナタがそんな感想を溢す。馬から飛び降りた彼女は、不安そうに胸のネックレスを握り締めた。私が観光の時に上げた物だ。そんなに大切にしてくれていると、なんだか少しばかりくすぐったい。


 私はそんな感情を隠すために、その崖にぽっかりと空いてしまっている穴を覗き込んだ。

 そこは日の光に照らされて、不気味な様相を見せている。拳大の卵や頭よりも大きな真っ白い繭が壁や天井にくっついているその様は、この洞窟だけ別の生物の楽園であることを示していた。


 ここに居るであろうモンスターを思い浮かべて、ちょっと鳥肌が立つ。個人的にはあまり得意な方ではないが、まぁ無理というほどでもない。どうせゲームだし、毒を貰ってもかぶれたりしないのでそこだけは安心だ。


「じゃあ行こうか」


 私達はいつもよりも少しだけ重い足を、マムシのほら穴の中へ踏み入れた。


 隊列はいつも通り、明かり役も普段と同じくラリマールだ。

 そしてダンジョンに進入してすぐに、私達はモンスターと遭遇していた。


 このダンジョン、発見済みのダンジョンの中でも一二を争うほどにモンスターの数が多い。酷い時は一戦で数十体を相手にしなければならない時もあるそうだ。

 その分時間当たりの経験値効率は良いのだが、狭い通路で引っ切り無しに連戦が続くというのは精神的な負荷が重い。そのためあまり人気の狩場とは言えない場所だった。


 私達が最初に遭遇したのは大きな蜘蛛。

 大きく膨れ上がったお腹を天に掲げ、ふらふらと移動している。その名も“死の運び屋”。その名前はこのダンジョンのボスに由来するものだ。

 お腹が上で頭が下、しかも足が八本なので蜘蛛というよりは蛸にシルエットが近い。硬い甲殻に覆われた脚は鋭く、攻撃力も私からすれば侮れない。


 しかし、本当に脅威なのはそんな数値上の性能ではなかった。


「来るよ!」


 蜘蛛のお腹の模様が点滅して、その頂点から勢いよく白い糸が噴出される。

 尤も糸というよりも既に網と言った方が正確で、幾重にも枝分かれしたその糸は蜘蛛を中心に通路を完全に塞いでしまう。この糸は一本でも触れればたちまち移動禁止状態になってしまうほどに強力な粘着性を持っている。


 この作品の拘束系の技は大抵効果時間が短い。この糸も御多分に洩れず拘束時間は短いのだが、糸の出現時間はかなり長い。同種のモンスターは拘束を受けないので、数が多いこの場所では戦いにくい事この上ないのだ。


 私は話に聞いていた通りの状況に、仕方なく立ち止まる。私は攻撃を受けるわけにはいかないので、盾役のように被ダメージ覚悟で突貫なんて真似はできないのだ。比較的私との相性が悪い相手である。


 しかし、このパーティは私の苦手部分を補う様に作られた。

 当然、近付けない場合というのは一番最初に想定されている。


「敵は蜘蛛だけ! 撃っちゃって!」


 私は蜘蛛の奥の方まで見渡し、その奥に蠢くものが同種のモンスターであることを確認すると、壁際に寄って射線を開けた。


 そしてシトリン、ショール、ラリマール、カナタの一斉攻撃が開始される。


 位置の関係で一番早く着弾したのはショールの矢だ。強力なスキルである“流星の一矢”が糸を出していた蜘蛛のお腹を貫いて、その奥に居た別の蜘蛛を惜しくも掠めていく。

 よろける蜘蛛と同時に糸が千切れて虚空へと消えて行く。普通に考えれば残存しそうなものだが、こればっかりはゲームの仕様だ。

 そしてショールの“力の矢”がその後を追って、蜘蛛のお腹へ炸裂した。


 少し遅れてラリマールの炎とカナタの光の鳥が、一番前の蜘蛛に殺到する。蜘蛛は堪らず焼け崩れ、その後ろの蜘蛛にも少なくないダメージを与えた。


 私は弄月を抜いて未だに3体も居る蜘蛛の群れに飛び込む。恐ろし気な巨大蜘蛛だが、模様は幾何学的だし体には毛もなく艶々している。そのためか近付くことにそこまでの嫌悪感はない。これならゾンビに抱き付かれた時の方が嫌だったな。


「そい!」

「二射目行きます」


 私は炎の舞で蜘蛛の注意をこちらに引く。蜘蛛相手ならば遠距離から延々と攻撃するのが手っ取り早くはあるのだが、ここは逃げ場の少ない洞窟内部だ。

 誰かが攻撃を引き付けなければならない。特にこのダンジョンは一本道ではない上にポップ数が明らかに多いため、狭い通路で挟み撃ちにされやすい。移動しながら戦うのは下策だろう。


 予め出現モンスターと戦略を伝えてあるので、私の背後から4人の援護射撃が届く。ただ、カナタだけは場所の取らない鳥を召喚してもらった後は回復役なので、今できることは応援だけだ。

 泥団子曰く、私ほどヒーラーが暇な上に難しいプレイヤーはそうそういないらしい。攻撃受けたら瀕死か即死の回避型だもんね……。


 私と弄月の隙間を通す射撃に蜘蛛たちのHPはたちまち減っていく。

 当然敵からの反撃もあるのだが、足を真っ直ぐに突き刺すしか攻撃方法がないこのモンスターの攻撃は、正直目をつぶっていても避けられる気がする。


 私達が最初の群れを撃退するまでそう時間はかからなかった。


皆様のおかげて三万PV達成しました。

ありがとうございます。

三日連続で良い報告ができることを嬉しく思います。

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