三日振りのログイン
私が温泉宿から帰宅し、一夜が明けた。
終わってみれば長いようで短かった二泊三日。とても楽しかった旅行は、私と紗愛ちゃんに金欠という重い苦しみを与えて幕を下ろした。何だかんだ言ってもお高い宿なのだ。
最後に一度だけと思ってお風呂に入ったのがいけなかったのか、帰宅したのは昨日の深夜。結局そのまま寝てしまったので、今朝は手早くシャワーを浴びて外を歩いた汗を流す。
デバイスに残っている写真をスライドショーで閲覧しながら、私はドライヤーで髪の毛を乾かしていく。
3人が思い思いに撮った写真はご飯とお喋りの物ばかりだ。態々暑い中を歩きたくないと言って外にもあまり出なかったし、脱衣所手前の売店コーナーと遊技場で騒いでいるだけで一日が終わってしまったので仕方がないとも言える。
遊技場には昔ながらのアーケードゲームや卓球台など様々な遊具が揃っていた。エアーホッケーで勝負したり、メダルゲームでフランが大勝ちしたりと思い返せば色々と思い出はあるのだが、遊んでいる最中は写真を撮っていない。唯一メダルの山を片手にVサインをしているフランが写っているだけだ。
当然だがお風呂場でも写真は撮れないので、唯一残っているのはやや偏った食事と記念撮影ばかりとなっている。
私は朝の支度を終えると、いつものようにメールを確認してからVRマシンに体を倒す。たった3日しか経っていないはずだが少し懐かしい。
私は瞳を閉じてマシンの起動ボタンを操作した。
***
ログインしてやってきたのは、トウヒの町の酒場。
私はそれなりに長い事会っていなかった傭兵に会いに行くのを、3日ぶりのゲームの最初の目的に設定した。
早速メニューから呼び出そうかと思っていたのだが、カウンターに見慣れた後ろ姿を見付けて思わず駆け寄る。少しの悪戯心で足音を忍ばせながら。
「……カナタ、久しぶり」
「え? あ、ラクスさん! お久しぶりです」
トントンと彼女の肩を叩いて呼びかけると、カナタは驚いた表情でこちらを振り返り、そして笑顔を見せた。
「元気してた?」
「はい。泥団子さんからは皆で少し遠出しているとお聞きしたのですが……あ、他の3人呼んできますね」
そんなの私がちゃちゃっと呼び出し機能で呼ぶので別に構わない。そう言い切る前に彼女は2階の階段へと駆け出してしまった。
私は仕方なく、カウンターのすぐ隣のテーブル席に腰を下ろす。今の時刻は午前八時。トウヒの町の酒場ではあまり人のいない時間である。
閑散としている酒場で知らず知らずのうちに笑みを浮かべると、カナタの慌ただしい足音が階段を転がり落ちてきた。
「呼んで来ました!」
「ラクスさん! お久しぶりです!」
順位を競う様にカナタと階段を駆け下りて来たのはシトリン。二人は私のテーブルまでほぼ同時にたどり着いて笑顔を見せた。
その後ろを、若干呆れながらラリマールとショールが歩いてくる。どうやら全員この宿に居たようだ。だからこそカナタが呼びに行ったのかもしれない。
私達は再会を喜び合う。
そして再会の挨拶が終わるや否や、シトリンが私にインベントリを見せてきた。どうやらこれが自慢したくて駆け下りて来たらしい。
「見てください! 頑張りましたよ!」
彼女のインベントリの中身は、様々な薬品類で埋まっていた。
詳しく見れば、それぞれ製作者の名前がシトリンになっている。効果も市販品として申し分ないレベルで、第2エリアでも十分に使っていける代物だ。
「頑張ったね、シトリン」
「ラクスさんが居ない間に頑張って勉強したんです! もう薬の事は私に任せてください!」
シトリンはこの3日間の休日の間に、薬草の採取や購入をしてずっと薬を作り続けていたらしい。何とも頭が下がる思いだ。
傭兵の自動行動は結構気まぐれなので、シトリンはそれだけ調薬へのモチベーションが高いということなのだろう。出掛けるのが突然だったので特にやっておいてくれと頼んだわけではないのだが、まさかこんなことをしているとは。
シトリンはエルフだが、あまりに犬っぽい仕草に思わず頭を撫でる。彼女はくすぐったそうに笑った。
「あ、それとですね、実はもう一つ報告が……」
「シトリン、それは最後にして下さらない? 次は私が」
「そうでした!」
ラリマールはシトリンの言葉を遮ると、インベントリから籠を取り出した。籠から埃除けのための布を外すと、ふわりと甘い香りが広がる。
「わぁ、すごいね。ラリマールが作ったの?」
「えぇ。始める前は不安でしたが、やってみれば何ということもありませんでしたわね」
そう彼女が自慢気に見せたのは、数々のお菓子の山。
クッキーをはじめとしてシュークリームやエクレア、タルトにマカロン、アップルパイ……一つ一つは小さいが、とにかく盛り沢山だ。さっき朝食を済ませたばかりのはずだが、口の中に唾液が溜まる。
「食べていい?」
「ふふ……お召し上がりくださいな。再会のためにと取っておいたのです」
「ラリマールさんすごいんですよ。このお菓子とってもおいしいんです」
「味見に付き合わされて、食事が毎日お菓子なのは何とかして欲しいのですけれどね……」
カナタとショールがそんな感想を述べる。
どうやらこの山は、この3日間に作られたお菓子の“私の分”らしい。お菓子を作る時に毎回五人分作っていたそうで、こうして私が来るまで取っていたのだそうだ。その気遣いが胸をふんわりと温かくした。
現実的に考えれば常温保存されていた三日前のシュークリームなど、最早危険物質な気がするが、このゲームでは食品は“寿命”が来るまで一切劣化しない。保存期間が過ぎた食べ物はすぐさま消えてしまうので、こうして残っているということは食べられるということだ。
「じゃあ、いただきます」
私は一番上に乗っていたマドレーヌを手で掴み、口へと運ぶ。香ばしい小麦粉とバニラの香り、そして砂糖の甘さが口いっぱいに広がる。甘い物ってどうしてこう人を幸せにしてくれるのだろうか。
飲み込む時にVR特有の感覚がして、そこだけは不満だが味自体はとても美味しい。ラリマールに感想を伝えつつ、次のお菓子に手を伸ばした。
「ラクスさんとラリマールさんって、本当にお菓子好きですよね」
「あら、次から要りませんの?」
「……別に私も嫌いではないですけど、毎日は流石に要りません」
微妙に否定しきれていないショールはお菓子を食べ続ける私に、かなり事務的にこの3日間の出来事を聞かせた。どうやら彼女らは料理と薬の材料集めのために東奔西走していたようである。
しかしダンジョンには挑まずにフィールドの探索に努めていたため、あまり経験値は増えていない。レベルが高くても数が少ないため、通常フィールドだけならば結構遠くまで探索できるのだ。いざとなったら馬で逃げられるしね。
カナタだけは泥団子に誘われて色々な場所を巡っていたりもしたらしいが、泥団子は他の傭兵の編成権限を持っていないので3人を連れ出すことはできない。
私が最後に残ったクッキーを口に放り込み、ラリマールが追加で差し出した牛乳を呷った。
その後もカナタが書庫で色々気になる場所を見付けたと嬉々として発表し、ショールがちょっと顔を赤くしながら楽器の練習を再開したと報告が続く。
そしてもう大体話も終わったかなと思った時、シトリンが勢いよく立ち上がった。
「ラクスさん、最後の報告です!」




