夕食
「お風呂気持ち良かったねー」
「温泉ってあんまり来た事なかったけど、家に何個か欲しいくらいだよね」
「牛乳飲みたい」
私達は温泉を上がり、風呂上がりの客を狙う売店コーナーをゆったりと歩いていた。
格好は全員お揃いの浴衣だ。デザインは地味で可愛くないが、老若男女これを着ているのでこうなるのも仕方ないというデザインである。
若干歩き方が雑な二人に置いて行かれない様に私は少し速足で追い掛ける。着崩れちゃいそうだけど、二人とも気にしないのかな。
売店コーナーには温泉宿というよりは銭湯や健康ランド染みた牛乳や、何となく地元感をパッケージにだけ出したお菓子などが並んでいる。ここは脱衣所の前なので、これからお風呂へ向かう人もお風呂上がりの人も男女問わずちらほら見かけた。
皆あまり他の人を気にしていないのか、他の客には目もくれない。それぞれ思い思いの目的地を目指している。
「あっ、クレープだって!」
「……ホントここ、宿って言うかレジャー施設だよね。いや、温泉宿もレジャーだけど、もっと卑近っていうか」
紗愛ちゃんが見つけたクレープの幟を見て、若干呆れる。
ちなみに温泉もボーリングで掘り出した新しい温泉なので、別にこの辺りは古くからの温泉街とかではない。それに湯量もあまりないので半分以上は水道水なのだそうだ。
色々と効能が書かれているが、まぁお風呂に入ればそうだろうな、という物ばかりである。
「ちょっと食べたい」
「夕食前でしょ。それにそもそもデバイス部屋に置きっぱなしだし……」
甘い匂いに立ち止まったフランの浴衣を紗愛ちゃんが引っ張る。
部屋はオートロックなので貴重品は部屋に置いてきたままだ。どれだけ売店が誘惑しようとも私達に効果はない。当然ウェブマネーの支払い用のデバイスを置いてきているのだから、そもそも支払い不可能なのである。
私は浴衣を着る時にズレてしまった義手の位置を直しながら、今日の夕食の場所を案内板で確認する。今は温泉と客室の間の渡り廊下なので、食堂までの道程は……。
確認しようとして、そもそもどこで食事をするのか聞いていない事を思い出した。この宿には食事処が四カ所、他にも宴会場が無数にあるようだ。
まぁ彼女に聞いてしまうのが手っ取り早いか。
「フラン、確認してなかったんだけど食事ってどこで食べるの?」
「朝ご飯と晩ご飯は宿、お昼は外」
「いや、そうじゃなくて……」
私は立ち止まって案内板を指さす。
「食べるところ何カ所かあるみたいだけど」
彼女は案内板を見て首を傾げてこう言った。
「分からない」
***
食事の時間しか確認していなかったフランが、家族に電話をかけて数分後。
私達の部屋に浴衣を着た綺麗なお姉さんが訪ねてきた。美人で背も高いが、胸も含めてフランに似ている。何も知らずに見てもおそらくは家族だろうと思う様な容姿である。
そのお姉さんは二人の小さな子供と手を繋いでいる。娘、だろうか。
彼女の来訪に扉を開けたフランが、ご飯だよと私達を呼ぶ。その様子を見たお姉さんは大仰に頭を抱えて見せた。何と言うか、フランの調子だと色々と苦労しそうな印象ではあるが……。
「瑞葉、紗愛、これが私の姉の初と、甥と姪」
「えっと、白瀬 初です。こっちは娘の那々と、息子の幸喜。ほら、挨拶できる?」
フランに雑に紹介されたお姉さん、白瀬 初さん(おそらく旧姓だと布津 初)は左右に居る小さい子に挨拶を促す。
彼女らは小さくペコリとお辞儀をすると母親にはにかみながらその背後に隠れた。どうやら恥ずかしいらしい。
そんな姿を見て少し頬が緩むが、私は軽く会釈をしてから初さんに挨拶を返した。
「はじめまして、初さん。私は蘭ちゃんのクラスメイトの加藤 瑞葉です」
「逢沢 紗愛です。あ、私はクラスは違うんですけど、その、友達です」
初さんは私達の挨拶を聞いてフランを見る。何となくだが、目が「あんたと違ってまともな子だ」みたいなことを言っている気がする。
「妹が迷惑掛けてごめんね。予定は色々伝えたんだけど……」
「姉が晩御飯の場所を伝え忘れたのが問題。姉が迷惑かけてごめん」
「どの口が言うか……」
フランの口振りに不満そうな表情をするお姉さんだが、子供がいる手前だからか、そこが廊下だからかあまり声を荒らげる様子はない。もしかすると私達が居るからかもしれない。
彼女はフランに一枚の紙を渡す。どうやらこの宿の地図のようだ。赤いマーカーで、ある所に印が付いている。そこが食事の場所らしい。
「一応地図渡しておくから、次からは自分で案内しなさい」
「次から? じゃあ今日は初も一緒か……」
「一緒の組の宿泊客って扱いだから、食事は場所も時間も一緒。席は自由だけどね」
そうフランに言うと、初さんは子供たちを引き連れてエレベーターに向かう。フランも一度私達を振り返ると、その後を追った。
何と言うか、不思議な関係だな。姉妹ってこんな感じなのだろうか。私は一人っ子なのでよく分からない。紗愛ちゃんならわかるだろうか。
話を聞く限り仲が良い訳ではなさそうだが、単純に険悪ならばこんな会話にはならないだろう。
エレベーターの中でも姉妹の奇妙な会話が続く。
フランの昔の失敗話を初さんが話せば、彼女の服の趣味をフランがダメ出しする。ちなみに今日は浴衣姿なのでそのクソダサいと評される服は見られなかった。ちょっと気になる。
そうして辿り着いた食堂だが、はっきり言って閑散としていた浴場とは違いある程度の賑わいを見せている。浴場に比べると狭いということも理由の一つだろう。
初さんは私達に別れを告げると、初老の夫婦と若い男性が居る席に向かって行った。近くには他にも数人の客が居るので判別がつかないが、おそらくはあそこの一団が布津家なのだろう。
私は一応彼らに会釈だけして、ビュッフェ形式になっている料理のテーブルに向かう。日本語ではいわゆるバイキングと呼ばれる奴だ。個人的にあまり得意ではない。料理をよそうのが。
「瑞葉、そのハンバーグ取って」
当然のように私の分の皿も手に持った紗愛ちゃんに言われるがまま、彼女の皿を肉料理で埋めていく。野菜も食べないと体壊すよ?
対して私が求めたのはひたすらに甘い物である。パンケーキをはじめとして、プリンやミニパフェなどを皿に乗るだけ置く。さっきのクレープ屋の所為でもう口が、胃が甘い物を欲しているのだ。健康? あまり気にしたことないかな。
一度料理を空いているテーブルに置いた私達は、それぞれドリンクの置いてあるテーブルに向かう。どうやら半分くらいはアルコールのようだ。
私はノンアルコールカクテルのテーブルからミルクセーキを見つけ出して自分の席へと運ぶ。先にアイスコーヒーを持ってきていた紗愛ちゃんには微妙な顔をされたが、あまり気にしない方向で行きたい。
そして待っていることしばらく。
オレンジジュースを持って来ると同時に、家族から何か声をかけられていたフランが席に戻ってきた。どうやら大した話ではなかったらしい。いや、フランがそう思ってないだけで実は大事だったということは結構あるのだが。
何となく全員揃うのを待っていた私達の前で彼女は、唐突にグラスを掲げた。
「かんぱーい」
「え、あ、乾杯……?」
「かんぱーい! で、これ何のあれ?」
「第2エリア到達を祝して」
「え? そういう会だったのこれ?」
フランから告げられた衝撃の事実に驚きながら、私は細長いタンブラーグラスを傾ける。
クラッシュアイスの冷たさと、牛乳や卵黄、そして砂糖の甘さが口の中に広がる。バニラの香りも心地良い。あー、甘い物だけ食べて暮らしたいなぁ。
お母さんもお父さんも買ってきてくれないため、我が家で甘い物が出ることはそうない。別に今は頼むほどの事でもないかなとも思っているのだが、小学校の時は何度もねだっていた記憶がある。
気が付くと、フランが私の皿の様子を見ていた。何か思案気である。
「生理前って、突然甘い物欲しくならない?」
「食事中に突然なんの話さ……私はあんまりならないなぁ。瑞葉もならないでしょ? 毎日甘い物ばっかり食べてるし」
「言う程毎日食べてないんだってば。でもそうだなぁ……あれの前でしょ? 考えたことなかったかな……」
その後も私達の他愛のない会話は、しばらく続くのだった。
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何か昨日はPV数がいつもの倍くらい出てるなと思って調べたら、ジャンル別の日間ランキングにギリギリ入っていました。初かどうかは分からないのですが、嬉しい限りです。




