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突発イベント

「……」


 私は窓の外を流れていく景色を、ただ茫然と見送る。

 家を出たのが昼前だったはずだが、既に日は西に傾き空は赤く染まっている。地方鉄道の車内に表示されている案内板には、知らない地名が載っていた。


 目の前には寝てしまっているフランと、おやつを食べている紗愛ちゃん。

 四人用のボックス席は静かな駆動音と共に、私達を知らない町へと運んで行った。


 事の発端はついさっき。具体的には今朝の事。


 友達が来ていると父に起こされた私が寝間着姿で玄関に行けば、そこには運動着姿のフランが立っていた。


「旅行行こう」


 彼女はその一言と集合時間と場所だけを伝えると、そのまま去ってしまう。


 旅行旅行と寝ぼけた頭で考えた私は、あの終業式の放課後の雑談を思い出した。

 そういえばあの時、旅行に一緒に行くとか行かないとか。確か何かの雑談で話が流れてしまって、詳しく聞いていなかった。その事だろうか。


 私はとにかくフランに詳しい予定を聞き直して、両親からも承諾を得た。流石に唐突過ぎて渋い顔をされたが、基本的に我が家は私の言うことに反対しないのだ。


 そしてその結果がこれである。

 私はこうして、荷物をまとめて鉄道に揺られている。


 フラン曰く、行先は田舎の宿。親戚が始めた新しい温泉宿に、本当は家族と行く予定だったらしい。

 こうして私達を誘うために、フラン一人だけが数日遅れて出発となったわけだ。主に紗愛ちゃんの補習の終了待ちの影響で。


 目的地には当然フランの家族、布津家が勢揃いしているが、私達に気を遣わせないためなのか会う予定は特に決めていない。それでも同じ旅館に宿泊しているので偶然会うことはあるとは思う。挨拶くらいはしておかなきゃ。


 夏休みシーズンということもあり混雑していると思いきや、閑古鳥が鳴いているらしく、部屋数の二割ほどしか埋まっていないらしい。

 広告費をケチったら誰にも完成したことが伝わらなかったという、本当か嘘か分からない理由を聞いた時は唖然としたが。今は大半の人が宿選びに比較サイトなどを使っている。その影響なのだそうだ。そもそも載っていないらしい。


 緩やかなカーブと共に、窓の外の景色がゆっくりと変わる。燃えるような赤から、次第に暗くなっていく空の様子が映った。到着は日が沈んだ後という予定だが、フランはしっかり道を覚えているのだろうか。


 頬をつつかれているフランに目をやり、少しばかりの不安を抱く。この前の城の件があるからなぁ……。

 私は大きく息を吐くと、寝ているフランにいたずらしている紗愛ちゃんに視線を向けた。


「そういえば、紗愛ちゃんとこうして旅行するなんて、中学の修学旅行くらいだったね」

「そうだねー。まぁ高校生だけで旅行なんてする人、滅多にいないんじゃない?」

「それはそうかもね」


 私達が中学校の修学旅行の思い出話に花を咲かせていると、車内アナウンスが宿屋最寄りの駅名を告げる。どうやらもうすぐ到着らしい。


「フラン、起きて」

「寝てる場合じゃないぞ」

「んんぅ……」


 多少手荒な起こし方をする紗愛ちゃんを横目に、私は荷物を確認する。

 のんびりと目を覚ますフランと同じく、流れる景色も次第に減速していった。外は既に白い街灯の光だけが頼りの暗い世界だ。


 窓の景色に明るい駅が滑り込む。アナウンスが駅名を告げ、私はキャリーケースを転がして立ち上がった。

 そして私達は、これから向かう宿について語り合い、笑い合いながら降車した。楽しみだなぁ。



 ***



 バスに揺られて辿り着いたその旅館は、思っていた数倍は大きな建物だった。うちの学校の二倍以上、もしかすると更に倍くらいの広さかもしれない。


 一七階建ての縦方向に大きな建物はすべて客室。景色がいい部屋から悪い部屋まで様々だが、今のところすべての宿泊客が景色の良い部屋に宿泊できているらしい。流石に二割じゃね……。

 その隣には、敷地の半分以上を占めているお風呂。そこには多種多様な温泉が待っているらしい。ようやく刷り終わったばかりらしいパンフレットには、露天風呂をはじめとして、サウナや岩盤浴、水風呂、エステサロン等々、数多くの施設が紹介されている。


 正直、思っていた十倍くらい豪華な宿である。

 流行っていないと聞いていたので、何と言うかもっとこう、こじんまりとした隠れ家的な宿を想定していた。


「ここ、ドレスコードとかないよね?」

「温泉宿ってドレスコードあるの!? 浴衣とか!?」

「いや、言ってみただけだけど……」


 だって、そこらの高級老舗ホテルと普通に比較できるレベルなんだもん。

 私達の茫然とした様子を気にすることもなくフランは宿に入っていく。私達はそれに置いて行かれない様に慌てて後を追った。


 ロビーに入った私達を、開業記念と思しき生花が迎える。そこは高い天井と眩い程に白い床、そして大きなシャンデリアが吊られている。このオシャレ空間には、謎のご当地キャラクターが並ぶ売店とかはないのか。


 フランがそんな光景にも臆せず向かう受付には、シックなスーツに身を包んだ男性が立っていた。彼はフランの姿をチラリと確認すると、鍵を片手にカウンターからこちら側へと優雅な所作で歩き出した。

 そしてフランの前で立ち止まると、深々と礼をする。


「布津様、お待ちしておりました。お部屋までご案内いたします」

「よろしく」


 他にも一人、追従するように出てきた女性従業員が私達の荷物を預かる。ちなみにフランの荷物はさっきの彼がサッと奪っている。フランがさらっと預けたともいう。


 私と紗愛ちゃんはあまり現実味のない光景に少しぼんやりとしながら、導かれるままに部屋へと入った。


 部屋も凄まじかった。

 もはや必要以上にふんわりと膨らんだベッドに、大きな窓ガラス。広々とした室内には煌びやかな調度品が置かれている。最上階なので窓からは美しい夜景が……あまり見えない。自分の顔しか映らない程に真っ暗だ。どうやら窓の向こうは川と山らしい。


「すっごいね、これ……」

「すごいかな?」


 紗愛ちゃんの呟きにフランが緊張感のない声で答える。一人だけ荷物を解いて既に寝る準備を始めていた。移動中にあれだけ寝ていたのにまだ寝る気なのだろうか。私達を放っておかないで欲しい。

 私はいつも通りのその姿に苦笑し、ちょっと落ち着きを取り戻す。


 落ち着いてよく見てみれば、壁の中央に大きいテレビは型落ちどころか機能的に“世代”が古い機種だし、綺麗だと思っていた装飾品の数々は少々嘘っぽい。棚に並んだティーセットをじっと見れば、確かに高級品には見えなかった。一緒に置いてある茶葉も品種としては上から下まで色々ある奴の下の方のやつ。


 言うなれば、よくできた高級“感”だけが溢れる部屋だ。小市民の私にはちょっと安心である。何だ、(うち)の方が豪華そうだ。気楽にしてよう。

 しかし部屋の中はともかく、建物自体は綺麗だ。こちらは十分に一級品と呼んでも過言ではないだろう。


 そんなちぐはぐな評価を下し、私はベッドへと腰を下ろす。スプリングが軋む音もせずに腰が沈んでいく。ベッドはいい感じだ。どうやら調度品や置いてあるアメニティが安っぽいだけらしい。その割りに寝具以外の家具はあまり高そうに見えなかったが……。


 それはともかく、こんなベッドじゃ私緊張して眠れないんじゃないかな……。寝ている間によだれとか垂れませんように。


 そんな事はお構いなしとばかりにベッドに横になっていたフランが、顔だけ動かして私達を振り返る。


「早速大浴場行く?」

「え、だ、大丈夫かな? 私が行って怒られない?」

「多分温泉はすごいと思うよ。温水プールまであるらしいし」


 何となくこの旅館の傾向が分かってきた私はちょっとワクワクしながら替えの下着と、クローゼットに置いてあった浴衣を漁る。

 突然吹っ切れた私に何とも言えない表情を向ける紗愛ちゃんを横目に、私は入浴の準備を済ませるのだった。


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