思い出の賞状
VRマシンから起き上がる。あの街の公園とは打って変わって、目の前には殺風景な部屋が広がっている。
私は義肢をそれぞれ装着すると、部屋を出てリビングに向かった。家には私の他には誰も居る気配はしない。
キッチンで冷蔵庫から野菜ジュースを取り出しグラスへと注ぐ。
リビングの椅子に腰を下ろすと、お尻がやけに冷たい。そこでようやく、服がじっとりと汗で濡れていることに気が付いた。
「体が運動したつもりになってるってことかな?」
グラスを傾けながら、携帯用デバイスでニュースサイトを開く。真っ先に政治家の問題発言を口汚く罵るニュースが目に留まり、嘆息しながらデバイスを机に置いた。
「暇だな……」
そもそも無趣味な私の休日の過ごし方はテレビと音楽と読書、あとは学校の課題くらいなものだ。特に最近は天候も悪く、紗愛ちゃんの勧める漫画やアニメを消化するくらいしかしていない。梅雨の日本は今日も大雨で、出かけるのも億劫だ。
その後も野菜ジュースを飲みながらテレビの番組や、動画サイトも少し覗いてみるがどうにもパッとしない。もしかすると、さっきまでのあのゾクゾクするような感覚が体の奥でまだ燻っているから退屈に思えるのかもしれない。
私はグラスを食洗器に入れると、着替えを持ってお風呂へと向かう。
今朝起きた時に私服に着替えてしまったが、もしかするとVRゲームをプレイするなら寝間着のままの方が良かったかもしれない。
左腕が引っ掛からない様に注意しつつ、服を脱ぐ。結局中学生の頃から変わっていない体格にため息なんかもしながら、義肢を取り外して脱衣所を後にした。
私は壁沿いにぴょこぴょこ跳ねながら移動。シャワー前に設置されている椅子に腰を下ろす。
レバーを倒すとお湯がシャワーから流れ、温かなお湯が私の体を洗い流していく。
「これから、何しようかなぁ……」
***
シャワーを満喫した私は、音楽プレイヤーでお気に入りの楽曲を聞きながら自分の部屋の掃除をしていた。
シャワーを浴びて汗と共にあの妙な興奮も冷めた。
掃除は物の片付けが必要ないのですぐに終わってしまうだろうが、お掃除シートでわずかに溜まった埃を取っていく。本当はベッドや机の裏などもやりたいが、どうしても私一人で重い家具を動かすのは難しい。汚れたシートをヘッドから取り外してゴミ箱へと捨てる。
そして、パソコンに付着した埃を取るためのハンディモップをクローゼットから取り出したその時、私の目にある物が留まった。
今まであまり見ない様にしてきたそれは、忘れ去られたかのように古着を詰めた段ボール箱に追いやられていた。
私はそっと段ボール箱を退かすと、その一枚の紙を額縁と共に引っ張り出す。
それは、大会優勝の時の賞状。日付は四年前になっている。
「四年前か……」
昔はこれを見る度に、いや、あの日々を思い出す度に泣いたものだが、今は不思議とそう悪い気分にはならない。
悔しいだとか、寂しいだとか、悲しいだとか……そういうのじゃなくて。
そう、多分私は今、懐かしいと感じているのだと思う。
「ん。ちょっと早いけどお昼にしようかな」
時刻は十一時。
いつもよりも随分早い昼食だが、やりたいことができた。幸い朝食が早かったのでお腹も空いている。
私は机の上に賞状を置くと、ハンディモップで気になる埃を取り除く。そのまま音楽プレイヤーを止めて、再びリビングへと向かった。
机の上に飾られた賞状には、『全日本中学生ダンスコンテスト 団体 フリーの部 優勝』と大きく書かれていた。