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魔性の布

「うぅ……」


 私はトウヒの町の露店通りで、とある商品の前で悩みに悩んでいた。

 所持金とその素材を何度も確認する。


 高い。非常に高い。

 欲しい。とても欲しい。


 馬を買ったばかりなので私の所持金は非常に少ない。あの後も特に金策らしい金策をしていないので消耗品を揃えるくらいはできるが、正直かつかつの生活である。

 そんな時に限ってこの露店を見付けるとは、運がいいのか悪いのか。


 どの街のバザーにでも低確率で出現するレアショップ。通常では売りに出されることのない品を売っているお店だ。それも相場を無視した法外な値段で。


 その名もカンダラの露店。


 カンダラさんはこの世界の住人だが、これでもかとワープを繰り返す。露店の出現はランダムだし、品揃えもランダム。消えるまでの時間も不定。早い時には数分で消えてしまうらしい。

 この機を逃せば、次に出会うのは絶望的であろう。


 ただ、今の私にはお金がない。

 欲しい物を買うだけのお金が足りない。


 私は諦める様に大きく息を吐き、メニューを開いて通話を繋いだ。


「……カナタ、お願い! お金貸して!!」



 ***



 私はレンタル作業台で美しい一反の布を広げていた。

 後ろにはこんなのをあんな値段で買ったのかと言わんばかりの表情のカナタが居るが、あまりに気しない方向で行きたい。ごめん、こんなのにほぼ全財産つぎ込ませて。


 どういう理屈なのか分からないが、美しい光沢とツルツルと指が滑るほどの肌触りのその布は、私がよく知っている物だ。


「これ、どう見ても舞踏服の素材だよね……」


 そう。

 私の装備品である幻夜の舞踏服はこれとよく似た布でできているのだ。

 黒く着色すれば丁度こんな感じになる気がする。ベールなどのシースルー部分や金属素材は未だに見つからないが、おそらくメインの布地はこれである。


 舞踏服の改良への道が一歩進んだ……はずだ。まだ試していないので確証はないが。


 素材の名前は“魔性の絹布(けんぷ)”。確かに言われてみれば絹織物のような質感に感じる。


 これ、どうしよう。

 早速服を試作、とはいかない事情がある。金額と購入制限の関係で一枚しか買えなかったのだ。

 あまり余裕がある量ではない。作れて一着だ。


 裁断した布は縫ってしまえば元通りだが、完成した装備を布に戻すことはできない。

 完成途中で見られる性能はかなりアバウトで、追加効果の類はほぼ確認できない。その辺りは完成させてからのお楽しみという奴である。忌々しい。


 舞踏服の性能を見る限り、この布は防御力よりも追加効果の方が大きく出るはずなので試作にあまり意味がないのである。


 いつも通り作業を開始しないことを不思議に思ったのか、カナタは布を触りながら私を振り返った。


「この布、何に使うんですか?」

「うーん……悩み中」

「決めてなかったんですか!?」


 ごめんね、カナタ。

 何に使うかは決めてはいるけど、まだ材料足りないんだよね……。


 私はカナタに詳しい事情を説明しつつ、インベントリを開く。

 服のようにあまり大きくは使えないが、せっかく高い布を買ってみたのだ。何か一応作ってみよう。使ってみたい素材とかあったかな……。


 前回の露店以降さっぱりとしてしまった木材の欄をスクロールしていた時に、ふとある素材が目に留まった。


「あ」


 あった。

 何に使うか決めていない、それなりに珍しい素材が。



 ***



「おぉ……」

「これは……」


 私とカナタは完成した美しい絹扇を前に絶句する。より正確には、完成して判明したその性能に。


 私は魔性の絹布と合わせる素材に、以前サクラギの街のカジノで獲得した“蠱惑の香木”を選んだ。

 こっちはそれなりの量があるし、再入手も取引掲示板を使えば高額だが可能である。目一杯試作を繰り返し、私は一番いいと思う扇に魔性の絹布を張った。


 何をしたかを言ってみれば、ただそれだけである。色々と慣れてきているので製作時間は30分もかかっていない。


 それなのにこの“剣”は、信じられない性能をしていた。


 まず、私がついこの前作った杖より魔法攻撃力が高い。その上追加効果も凄まじい。


 見たことのない効果も多いが、何より目を見張るのは“属性攻撃強化・特大”という効果である。

 特定の属性、例えば“風属性強化”とかならまだ分かる。特定の属性スキルの効果が上がるので魔術師の杖などによく付いている。特大も存在自体は知っていた。


 対してこの属性攻撃強化という追加効果は、すべての属性スキルへ影響するものだ。事実上の、全属性スキルの火力増加効果である。

 超高額の金属杖に属性攻撃強化・中が、もはや誰が買うのか分からない商品に大が付いているのを取引掲示板などでたまに見かける。私にはとても手が出せないが、フランが本気で稼げば買えるのかな。


 それが特大。詳しい倍率は分からないが、少なくとも大よりは大きいのだろう。攻撃魔力の補正値が第2エリア相応なので、単純な性能では第3エリアの装備に負けているだろうが、少なくとも私は初めて見る効果である。


 その上、氷属性強化、風属性強化、闇属性強化まで個別に付いている。間違いなく属性舞なら弄月よりも強いはずだ。そもそも攻撃魔力だけでも弄月とは比べ物にならない。


 そして気になるのはそれだけではない。

 この扇には、私が完全に初めて見る区分の追加効果が3つも付与されていた。

 “舞姫”、“魅了 Lv.5”、“傾国”。どれも語感は怪しげな雰囲気だが……。


 名前から詳細を開いて見てみると、“舞姫”には踊り子のスキルを強化する効果がある。他にも敏捷性に補正が入ったり、舞踏服にあるような“掠った”攻撃のダメージ軽減などが付いている複合効果のようだ。踊り子の装備にはどうしても欲しい効果である。


 魅了は、敵対している存在が装備者に一定時間見惚れてしまう状態異常を与える効果だ。モンスターなら行動不能、プレイヤーなら視線固定。最大レベルは5とあるので、これについているのは一つの装備の上限値だ。

 強そうではあるが、「攻撃している姿が対象の視界に入ると確率で」と記載されている。実際にどこまで使えるのかは疑問が残る。そもそも状態異常耐性は雑魚モンスターでも高いことが多いので、検証も難しい。


 そして最後の傾国。モンスターが多めにお金とアイテムを落としてくれるのが主な効果のようだが、それに付随してこの世界の一部の住人からの好感度上昇、魅了 Lv.3相当の効果もある。

 更に、解説文では明言されていないが、他にも隠し効果の存在が仄めかされている。普通の魅了と累積するのかは分からないが、もしもするのならば最大レベルを超えたLv.8ということだろうか?


 追加効果と魔法攻撃力が非常に高い反面、装備自体の耐久性能は低めで物理攻撃力は皆無に近い。剣というよりは完全に杖である。

 踊り子が装備するだけで属性舞特化の攻撃型にしてしまう凄まじい性能だ。魔法使い系統なら踊り子以外にも欲しい人普通にいるんじゃないかな……。


 装備条件も性能に比例するように厳しいものではあるが、私はギリギリクリアしていた。もしかすると第1エリアの素材である蠱惑の香木を使ったのが理由かもしれない。


「とんでもないですね……」

「ねぇこれ、もう一個作ったらどうなるのかな……?」

「……」

「……」


 攻撃型の踊り子の基本は双剣だ。

 基本的に普通の職業は、二刀流にしたところで魔法攻撃力や物理攻撃力は単純には増えない。大半の攻撃スキルは一つの装備でしか扱えないためだ。

 そのため通常攻撃や防御での対応力は高くなるが、手数の増加はプレイヤースキルに大きく依存してしまう。ノックバック威力も少し下がってしまうため、二刀流を使うプレイヤーは少ない。

 しかし踊り子は、二刀流で舞スキルの攻撃回数が増える。二倍に近い火力が出るようになる、ある意味スキル火力特化の職業だ。


 それに二刀流全般の数少ない利点として、手に持っているだけで追加効果が発揮されるというのがある。今の弄月も追加効果である敏捷性の補正はどちらも加算されているのだ。

 もしも弄月と同じように、この扇の属性攻撃強化や舞姫が全く同じ効果で重複したら? それはもう恐ろしいことになるのだろう。


 私はカナタと頷き合うと、あまり余裕がないはずの布の裁断を始めるのだった。


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