牛頭人身
洞窟の広い空間に出た私達を待っていたのは、牛頭の大男。名前には雷光の牛鬼と書かれている。
彼は私達が部屋に入るまでは微動だにせずにじっと拘束されていたが、侵入者に気が付いた瞬間、鎖を引き千切り猛然と襲い掛かってきた。
唐突な戦いの始まりに、私達はそれぞれ戦いに備えて得物を構える。
鬼の手には、赤黒く錆び付いた斧。人間よりも大きなそれを軽々と振り回している。
しかし、真っ先に飛び出したユリアが同じく大きな斧でそれを弾く。わずかに軌道が逸れた斧がユリアの頭上を掠めて行った。
「これは……」
ヒヤリとする一面に足がすくむが、私は恐怖を無視して大きく一歩を踏み出した。
目指すはあいつの背後だ。人型のモンスターに共通する守りの薄い部分。
私が動き出すのと同時に銃弾や矢、そして能力低下の魔法が飛ぶ。ダメージを見る限り物理攻撃はあまり効かないようだが、デバフはあっさりと通った。もしかすると魔法に弱い敵なのかもしれない。
私と同じことを考えたのか、フランが今度は魔法判定のスキルを装填。
しかしそれが着弾するよりも早く鬼は斧をユリアに向かって振り下ろした。ユリアは辛うじて直撃を躱すが、掠っただけで彼女のHPが半分ほど減る。あれは、私が受けたら一撃だな……。
フランの氷の弾丸が鬼の頭蓋に直撃し、斧の重さで体勢を崩していた鬼は大きくよろめく。さっきまではノックバックなど気にしていなかった事を考えると、どうやら氷は弱点属性らしい。
私も背後まで回って雪の舞で鬼を斬る。確かな手応えではあるが青エフェクト。背中や臀部は弱点ではないようだ。
唯一判明している弱点部位の頭は、高いところにある。攻撃が届くフランとラリマールがメインのダメージディーラーだろう。
そうなると問題は、中衛のフランへ敵意が向くことなのだが……。
牛鬼は未だにダメージを与えていないユリアを狙っている。敵意の移る基準が分からないが、もしかすると目の前の敵を徹底的に追うタイプだろうか。
ユリアの斧が鬼の大腿部に振り下ろされる。しかし、それを気にすることもなく鬼は反撃を繰り返した。やはり物理攻撃に怯む様子はない。
私は、一番傷を与えているはずのフランを無視する鬼の姿を見て確信する。この鬼はユリアを優先して狙う。
「ユリア! 回避に専念!」
「はーい!」
フランと私、そしてラリマールの攻撃によって鬼のHPはどんどん減っていく。代わりにユリアのHPも減っていくが、こちらは回避に専念させることで十分にシトリンの回復が追い付く範囲になっていた。とにかく直撃さえしなければ問題ないだろう。
順調に戦闘は進み、鬼のHPが九割を切った。
そこで鬼が、今までにない構えをする。攻撃の予備動作だ。
おそらくは横振り。
鬼の構えからそう見当を付けて背後から斧の軌道を見切ろうとした瞬間、私は何かに足を取られてバランスを崩した。
「うわっと……」
慌てて体勢を整えるが、どうやら鬼が地団駄を繰り返し、それに合わせて地面が、いや洞窟全体が揺れているらしい。
あ、死ぬかも。
私が足を取られている間に、鬼が斧を振り回した。
思っていたよりも低い軌道で迫る凶刃が、私の首を捉える。
その瞬間景色が一転し、体から力が抜ける。
私はそのままなす術なく地面に叩き付けられて、ようやく自分が弾き飛ばされた距離を思い知った。
ノックバックは基本的に装備重量が重い程縮む。逆に言えば軽い程長くなる。
部屋の中央から端まで飛ばされた私は、暗くなる視界の中でユリアも同時に倒れているのを確認した。
これは……まずいなぁ。
即座にシトリンがユリアを蘇生させるが、鬼の狙いは起き上がったばかりのユリアからフランに切り替わっている。
フランも必死に応戦するが、当然のように斬り殺される。しかも厄介なことに、シトリンも巻き込むように攻撃している。
どうやら攻撃範囲に2人以上いる時は範囲技を優先して使うようだ。今までそんな動きしていなかったのに……。
後の事は良く分からない。
最後までユリアとラリマールは頑張っていたようだが、私は早々に蘇生待ち受け時間が終わってトウヒの町に帰還することになったのだった。
***
死ぬときは相変わらずあっさりだな。
私はレベルが上がったことによって振り分け可能になった能力値やスキルツリーを確認しつつ残りのメンバーの帰りを待つ。
どうやら蘇生と回復優先でまだ戦い続けているらしく、彼女らはしばらく待っても戻ってくる気配がなかった。
私はメニュー画面でパーティの状態を確認しつつ、消耗品の買い物に向かうことにした。
まだ日は高く、町は活気に溢れている。雑踏の中を縫うように進んで目的の店を目指す。
このトウヒの町は不思議な町だ。
夜の間は静まり返っているのに、日の出と同時に住人達は動き始める。いや、夜でも賑やかだったサクラギの街の方がおかしかったのだろうか。
昼と夜の熱気の差で、この町の日中は尚更賑やかに見えてしまう。
「これください」
「はいはいっと、ありがとなー」
私がプレイヤーの露店で回復薬などをダース単位で買い物していると、システムメッセージ君が“私達”の全滅を告げた。既に経験値は引かれているので別段何かがあるわけではない。
どうやら討伐は無理だったようである。迎えに行くとしよう。
私が復活地点である町の広場へと向かうと、そこには今にも泣き出しそうなシトリンが待っていた。
「ら、ラクスさん、ごめんなさぃ……!」
「わっとっと……大丈夫だよ」
彼女は私を見付けた瞬間、ついに泣き出して私に駆け寄る。私はそれを思わず抱き留めた。どうやら彼女は早々に私を見捨ててしまったことを気にしているようだった。
大袈裟だな、とは少し思う。
しかし、この世界の住人にとって死んで復活するということは、私達プレイヤーよりも深い“意味”があるのだと私は最近学んだ。自分が傷付くことよりも、私が死ぬことの方が傭兵たちにとっては避けたいことだと考えている節があるのだ。
私はシトリンの少し甘い香りのする髪を撫でつけながら、憮然とした様子のラリマールとフランを振り返る。ボス戦発案者のユリアはすっかり落ち込んでいるようだ。
「あの後どうだったの?」
「蘇生と回復と死亡を繰り返して全滅。ラクスが居ないとダメかも」
「えぇ……? あの戦闘、私役に立ってたかなぁ?」
フランの答えに私は首を傾げる。正直、一番役目が薄かった気がするのだが。
しかし、私の反応にフランは首を傾げ返した。いや、何でそっちが分からないみたいな反応してるのさ。
「司令塔が居ないと何もできない」
「あ、私そういう役割なの……?」
勝手に切り込み隊長か何かだと思っていた。
確かに思えば、指示も作戦立案も一番最初以降は私がやっている気がする。傭兵たちにはそういう物だと勝手に思っていたのだが、ユリア達に対しては完全に無意識だった。
いや、それにしてもだ。
「でもほら、ユリア達だって、私居なくてもお城の地下で探索してたでしょ?」
「5時間彷徨ってただけの私達に言うこと?」
……左様でした。この人たちあのダンジョン攻略するのに10時間かけたのだった。
「とにかく、レベル上げするか、作戦立ててもう一度挑戦するか考えようか」




