雷鳴の洞穴
「ゴリゴリレベル上がるこの感じ、忘れてたかも」
「そっちは快感だけど敵が強いねー。泥団子今日に限って何でいないの?」
暗い洞窟の中にそんな声が反響する。洞窟というにはあまりに広いこの場所は、ラリマールの持つ松明では照らし切れないほどだ。
鍾乳石が柱のように連なっている影からは、モンスターが息を潜めてこちらの様子を窺っているような嫌な気配が漂っている。壮観ではあるが、あまり長居したいとは思わない。
私達はトウヒの町にほど近い“雷鳴の洞穴”へとやってきていた。
第2エリアに到着して最初のダンジョンは、単に一番近いからという理由で選ばれた。私達は推奨レベルを下回っているので敵がそれなりに手強い。しかし苦戦の理由はそれだけではなかった。
私の後ろを歩くシトリンが、今回私達の回復役を一手に引き受けてくれている。そんな彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 自分が至らないから……」
「あ、いやそういう訳じゃ……」
「でも、実際回復の手が足りない」
ユリアが慌ててシトリンに釈明するが、フランがライフルに弾を込めながらそう告げる。
今回のパーティは、私、ユリア、シトリン、フラン、そしてラリマール。泥団子が今日は予定が合わず、フランとカナタの相性の悪さを考慮した結果この面子になってしまった。面子が攻撃に偏っているので、相手が多い時には苦戦を強いられている。
事実、盾役のユリアのダメージにシトリンの回復効率が追い付いていない。弓での攻撃もできるのが医療兵の良いところだが、今回は完全に回復に専念しているので単純に劣化ヒーラーになってしまっている。
元を辿れば私の責任なのだが、シトリンはその事を気にしているようだ。それを見かねて、という訳でもないがこのまま先に進むには少し作戦会議が必要だろう。
まずは、立ち止まった前衛に少し遅れて追いついたラリマールが口を開く。
「私やフランさんも回復に参加するというのはどうでしょう? 薬は多めに所持していますわ」
「まぁ結局それしかないよね、実際。問題は……」
この世界の回復薬は体にかけても効果を発揮する。MP回復系は飲まなければならないが、蘇生やHP回復は体に触れさえすればそれでいい。
そのためビンごと薬を投げつけて味方を回復させるという荒業は、パーティプレイをするなら必須に近い技能だ。パーティの中で中衛の遊撃役だけでもいいので、前に居る盾役を助けるために高い精度で投てきするプレイヤースキルを持っていて欲しい。
持っていて欲しいのだが……。
「私、投げるとかできない」
「……だよね、知ってる」
この薬の投てき、フランが出来ないことの筆頭である。
銃で狙うのとまるで感覚が違うのは分かるのだが、何度やってもすっぽ抜ける。前に投げようとして真下に叩き付けることもしばしば。投げる方向は合っているのだが、どうしても奥行きで失敗してしまう。
ではラリマールはと言えば、魔法の詠唱を頻繁にキャンセルして回復に手を回すのはどうしても効率が悪い。詠唱を始めた時に消費されるMPはキャンセルでは戻ってこないので、あまり使いたくはない手なのだ。
それに今回彼女は隊列で一番後ろ。回復して欲しいユリアは一番前だ。その間には二人、もしくは三人いることになる。彼女の薬まで考慮すると、連携の難易度が大幅に上がってしまうだろう。
いずれにしても色々と課題を残す解決案だ。
「うーん……私とラクスの連携を強化して、ノーダメージで突破するとか」
「出来たらやってるでしょ? シラカバの神域とは色々条件が違うよ」
ユリアの案も別に考え方としては悪くない。
要は神域の時のように、ダメージを受ける前に一体を集中して倒そうという話だ。しかしあれはそもそも、受けるダメージを“減らす”ために各個撃破しようという作戦だ。
神域でも数が多い時は度々失敗して死んでいる。敵の攻撃力が更に高いここではあまり効果はないだろう。
その後もぽつぽつと色々な案は出るが、あまり有効そうな手が見つからない。
私はインベントリにSPスクロールが入っているのを確認して、落ち込み気味のシトリンに声をかける。
「んー……あ。そういえばシトリン、あのスキル取れた?」
「えっと、まだです……」
私はメニューからシトリンのステータスを表示する。……ギリギリ。ギリギリ取れるな。この際だし取っちゃおうか。
「私の薬とスクロール渡すから、じゃぶじゃぶ使って」
***
この広い雷鳴の洞穴には三種類のモンスターが居る。
一体目は雷獣という猫のような、それでいて恐ろしい形相をしたモンスターだ。素早く、攻撃力も高い単純に強い敵である。攻撃に雷属性が付いていて確率で麻痺も付与する厄介な特性も合わせ持つ。
幸い獣に分類されるためフランの獣特効スキルで一発K.O.なのが救いだ。素早いがフランの射撃技術ならば十分狙える。
次がクラヤミという、人の姿をした影のようなモンスター。こいつは松明を使わなければ姿が見えないという嫌な能力を持っているが、今回は対処の楽な存在である。
私もユリアも、こいつにはまず負けない。もしも松明がなくとも神域の守護者のように、マーカーで位置が分かるので戦えないというほどでもないだろう。攻撃は見切りづらいだろうから、あまり試したくはないが。
最後が人食いの蛇。人の頭蓋骨に絡みついている緑色の蛇だ。現状一番厄介なのがこいつだ。骨は白エフェクトで物理攻撃を弾くのも面倒さに拍車をかける。人食いと名が付く割りに、その骨は明らかに人の大きさではない。一体何の頭なのだろうか。
見た目に反して魔法攻撃主体で、あまり移動せずに遠距離から攻撃してくる。ユリアの魔法防御が低いので、複数に集中砲火を浴びるとそのまま戦線が瓦解しかねない。ラリマールに魔封じの魔法を使ってもらってから戦うのが一番である。
それぞれ誰かが有効な手段を持っているので戦えないというほどではない。しかし、数が多い時はどうしても手が足りず、必然的にダメージ量は増えてしまうのだ。
私の弄月が煌めき、ラリマールの爆炎と共に雷獣を一体斬り伏せる。
「一匹減らす」
続いてフランの銃が、炎の属性の弾丸をクラヤミに向かって放った。弾丸はその影を貫通し、その後ろに居た蛇の小さな頭をも貫く。
クラヤミは大きくよろけて、蛇は堪らず消えて行く。最初から蛇を狙っていたらしい。相変わらずとんでもない射撃の腕だ。
とにかく、面倒な敵は片付いた。後はクラヤミだけだ。まぁ4体も居るのでとても気が抜ける状況ではないのだが。
私は弾丸を受けて弱っているクラヤミに向かってスキルを発動する。体が勝手に動き、その影の体を斬り刻む。
いつもの属性舞ではない。
踊り子の純粋物理攻撃である“剣の舞・四連”だ。
剣の舞には他にも色々と種類があるが、そのどれもがいつでもキャンセルして他のスキルに切り替えられるという特徴がある。
この特徴が如何に強いかと言えば、物理攻撃力も防御力も低いはずの踊り子が、攻撃型なら武器はほぼ双剣一択と攻略サイトに言われるほどである。ちなみに支援型なら鞭の方が強いらしい。
私は四連の最後の一撃がヒットした瞬間に、ヒヤリとする光景が見えて“剣の舞・飛翔”を発動する。
弄月を叩き付ける様に振り下ろした瞬間に体が宙を舞う。そしてその勢いのまま、奥に居る別のクラヤミを背後から斬り付けた。
この個体はユリアに群がっていた一体だが、耐久力だけはレベル相応なのでまだ倒し切れない。
私が置き去りにしたクラヤミは、フランの弾丸で処理されている。ダメージはないとは分かってはいるが、躊躇なく銃口を向けられるのはいい気分ではない。
私は3体のクラヤミの気を引くように攻撃を繰り出すが、彼らはユリアから注目を外すことはなかった。こいつらはあまり強くないのだが、敵対値の変動の仕組みだけは未だによく分からない。気まぐれに動いているとしか思えないのだ。
とにかく、このままではユリアのHPが危険だ。
そう思った瞬間、フランの横を滑り抜けた矢がユリアの背中に突き刺さる。
しかし、彼女がダメージを負うことはなく、代わりに急激に回復していった。
シトリンの新スキル、“薬師の矢”だ。医療兵の専用スキルである。
その効果を端的に言えば、薬品を弓で放つスキルである。
ただのアイテム投てきだと侮るなかれ。遠くに迅速に正確に、いつでも飛ばせる回復薬は遊撃役垂涎の的である。また、蘇生薬でも毒薬でも“薬”という判定なら自由自在に撃てるので回復から攻撃まで汎用性も高い。
……まぁ、アイテム投てきで良いじゃんという意見も、実際に使ってみると結構言い分としては分かる。スキルとしては珍しく、詠唱の要らない回復手段ではあるのだが、結局はアイテムの遠投が正確にできるならそれで済んでしまうだろう。
アイテムはショートカットに登録しても、インベントリから取り出すのに少しの時間がかかる。その時間の短縮と直線に近い軌道、そして人を選ばずに出せる射程。
これらにどこまでの価値を感じるかという話でしかない。これがフランも使えたらなぁ……。
しかし、我々にとっては回復に専念するシトリンの選択肢が増えたという意味では非常に助かっている。フランほどではないが彼女も投げるの下手だからね。傭兵毎に数字に表れない能力には差があり、ショールなんかはそつなく熟してしまう。
回復するユリアを突破できないクラヤミ達は、ラリマールや私のスキルで次々と沈んでいった。戦闘終了だ。
「薬バシャバシャ使えば何とかなるねー」
ユリアがメニューを開きながらそんなことを言う。おそらくは装備の耐久値を気にしているのだろう。攻撃を受けると防具の耐久値は大きく減るので頻繁に確認が必要なのだそうだ。私は剣以外あまり気にしたことがないが。
「皆大丈夫なら先進もう。多分そろそろボス戦だと思う」
「え、ボス戦までやる気だったの?」
ユリアは斧を突き上げてそんなことを言う。てっきり私はレベル上げと探索だけかと思っていたのだが。
私の疑問に、フランとユリアはにっと笑って答えた。
「当たりまえじゃん」
「ここまで来たからには挑む」




