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馬の性能

 望を町の貸し馬屋の厩舎(きゅうしゃ)に預けた私は、ログアウトして現実へと戻ってくる。

 この仮想現実から目覚める時の、苦しいような熱いような、それでいて心地いいような、自分へ自分が帰ってくる感覚は何度経験してもあまり慣れない。ユリアなんて初めての時は変な声が出て、親に妙な目で見られたと言っていた。


 VRマシンから起き上がり義肢を装着するかどうか迷って、私は結局そのままベッドへと倒れ込む。お風呂面倒だな……。


 とりあえずお風呂に入るだけのやる気が確保できるまで、私はついさっきまでやっていた実験の結果を頭の中でまとめる。


 実験というのは、馬の性能差のことである。


 まず“数値上の性能”。これはレンタル馬を最低の能力とする。基本的にレンタルできる馬よりも低い性能の馬は売られていない。その半面初心者でも普通に借りられるほどに安いのが特徴だ。


 私の望はトウヒ牧場では平均より多少高い数値で、レンタルよりは高い。特に加速とスタミナはずば抜けているが、今回購入した他の馬と数字を比べると少し見劣りするだろうか。最高速度など牧場の平均以下の能力もあるし、あの中では一番弱いと言える。可愛いから何でもいいが。


 シトリンの黒い馬、“イナヅマ号”はトウヒ牧場最高峰の能力で、望と比べて三割から五割ほど性能がいい。全体的に高性能だが、特に悪路適性と速度の値が高かった。


 最後にフランのケルピーだが、これは隠し要素だからなのかずば抜けて能力が高い。レンタル馬と比べると合計数値の差は二倍以上になる。速度もあの牧場最高峰のイナヅマ号をあっさりと抜いている。


 そして一番重要な“実際に走った際の性能”の差なのだが、驚くべきことにオート操縦では全く違いが出なかった。

 速度や加速、旋回性、減速力……どれも変わるのはマニュアル操作の時だけである。ほとんどのプレイヤーは長距離移動ほどオート操縦を使いたい。そのためネットでの評判は「レンタルは長い目で見れば損だが、買うなら安い馬で十分」というものである。


 マニュアル操作も乗馬に慣れていれば非常に簡単らしいのだが、当然ほとんどのプレイヤーは慣れているはずがない。

 事実、私も30分ほど練習してやっとまともに言うことを聞いてくれるようになったところである。それも未だに手綱の使い方が分からず体重移動と足だけで動いてもらっている始末だ。物理的にプレイヤーの思いが伝わるので、それだけで十分という面もあるが、あれで数時間移動するのは厳しいかもしれない。


 そして購入する時はよく分かっていなかった、馬の気性という概念もこのマニュアル操作に関係する。

 基本的には穏やかなほど止まりやすく、荒いほど走りやすい。他にも好奇心旺盛だと曲がりやすいと性格にも色々とある。そう言うと荒い一択ではないかと思うかもしれないが、全く違う。


 これは騎手の話ではなく、あくまでも馬の話なのだ。


 つまり穏やかなほど勝手に止まり、荒いほど勝手に走り、好奇心が強いほど勝手に曲がる。一応穏やかな方がまだ扱いやすくはあるものの、一概にどちらがいいとは言いにくい。

 ユリアの馬は真っ直ぐ進まないし、私の望はダッシュしないし、泥団子の馬は疲れるまで止まらない。ちなみにレンタル馬はすべて穏やかな性格だった。


 しかし、馬の世話をしていたというシトリンは流石と言ったところで、気性の荒いはずのイナヅマ号を見事操っている。本人曰くまだ言うことを聞いてくれないとのことだが、我々はその段階すら行っていないので非常に惨めだ。完全に私達の技量の問題である。


 気性だけでなく、一応測れるところまでの速度も測定した。騎手は現状ダントツのシトリン様のご協力だ。有難い。


 比較はレンタル馬とイナヅマ号で行った。

 測定の結果、流石に能力値と速度は単純な比例関係ではないことが分かった。つまり、最高速度の能力に二倍の差がある馬も、実際の最高速度では二倍も差が出ない。

 あの世界の馬はペースさえ適切ならばスタミナが無尽蔵なので、最高速度の差はそのまま到着時間の差にほぼ等しい。したがって速度は極めて重要な要素ではあるのだが、流石に普通に買える馬ではそこまで差は出ないようだ。

 スタミナも馬の能力値としてあるにはあるが、これは適当な速度を超えた全速力の持続時間。細かいところではあるが、勝手に走った時に落ち着いて止まるまでの時間にも関係するようだ。


 さて、ここまで来れば一番馬の扱いに苦戦しているのが誰だかは自明だろう。

 気性が凶暴で、能力が高いソクタツ君に跨るフランである。


 あの後泥団子が言っていたが、ケルピーとは川辺に住む幻獣の一種らしい。ペガサスやユニコーンなどもそうだが、ケルピーも馬の幻獣の御多分に洩れず非常に気性が荒い。扱いの難しい“水陸両用”の暴れ馬で、もしも操る事が出来れば素晴らしい働きをするという伝承があるそうだ。ちなみに肉食で、人も食べるらしい。


 そんな設定を反映してか、ソクタツ君は気性が非常に激しい。勝手に曲がるし、勝手に走るし、どう頑張っても止まらない。

 何度も振り落とされたフランが、ついにシトリンに深々と頭を下げて教えを請うたが、ソクタツ君はそのシトリンすら振り落として不機嫌そうに嘶いた。


 正直、見た目が馬っぽくないという以外の利点は今のところ全くないと言っていい。あれが望の8倍の値段の馬か……。


 ネットでも少し調べれば、各地の馬売り場に居るらしい数々の隠し要素の馬を、大枚叩いて買ったプレイヤー達の悲鳴が聞こえてくる。

 万が一マニュアルで乗りこなせれば最速だが、あれを乗りこなすのは素人には無理だろう。趣味で乗馬をしていて、ゲーム内の気性が荒い馬も難なく乗り熟すプレイヤーすら振り落としてしまったらしい。


「……ん?」


 そこまで考えてふと思う。

 ではなぜ運営は、あの馬を隠し要素として残しているのだろうか?


 そもそもあれは高額商品で、買うのに普通は勇気の要る商品だ。それを買っていいことが何もないというのは流石にない気がする。

 もちろん乗り熟せれば速いが、乗り熟すのが不可能ならばまったく意味がない。乗馬経験があるプレイヤーにすら乗れないなら、もはや乗れる可能性があるのはその道のプロしか居ないことになる。


 しかしあの乗馬は、プロ向けなのだろうか?

 現実の乗馬とは明らかに感覚が違うあのゲームの乗馬をしてプロ生活に影響はないか? そもそも天上の木をあの金額が出せるほどにプレイしているプロ騎手なんている?


 もしかすると、何か乗るための“条件”があるのではないだろうか?


 私はデバイスを取り出して検索を画面を開く。同じことを考えているプレイヤーが何か調べていないだろうか。


 そうしてしばらく調べている内に、時刻はすっかり深夜になってしまった。

 私はお風呂を明日の朝に入ることにして、夏用の布団をお腹にかけて瞼を閉じるのだった。


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