馬の購入
私は販売用の馬が並ぶ牧舎の、ある柵の前で運命の出会いをしていた。
体毛は輝くようなクリーム色で、鬣は金。目は茶色に澄んでいる。写真より綺麗な子だ。
「この子欲しい……」
「ラクスって、変なとこ拘るよね……」
「ぶっちゃけ感性が良く分からん」
「普通の馬だよ?」
……プレイヤー組には散々な言われようだが、シトリンだけは違うと信じている。
私は期待を込めてシトリンを振り返ると、そこには私と同じように何かに魅入られたように、別の馬を眺める彼女の姿があった。
「この子カッコいい……」
彼女が見ているのは全身黒一色の体の大きな馬だ。え、それ普通の馬じゃない?
私はとりあえず即金で自分の子を購入し、シトリンに近付く。彼女はその接近に気付くこともなく、その子を見詰めていた。
「……シトリン、その子が欲しいの?」
「え!? あ、いや、その……が、我慢します……」
私はその馬の値段を見る。どうやらかなりいい馬の様で、平均よりも五割ほど能力が高い。正確には把握していないが、シトリンの所持金では購入することは不可能だろう。
私は馬を見上げながらシトリンに問いかける。
「……シトリン、今いくら持ってる?」
「えっと、半分しか……」
これの半分は出せるのか。思っていたより結構持っているな。私が彼女らから集めた素材は不要分を返却して各々がショップに売っているし、装備はかなり安めに代金を貰っている。そのためだろうか?
私は少し所持金を確認して、馬の代金の半分……私の所持金から見れば半分以上をシトリンに譲渡する。
彼女は驚いたようにこちらを凝視した。
「も、貰えませんよ、こんな大金……!」
「いいよいいよ。きっと今しか会えないんだし……ね?」
シトリンは渋っているが、正直彼女らは私の個人作成の傭兵なので半分……いや、ほぼ完全に私の戦力のようなものだ。そのための出費なら明確な損ではない。
それに、シトリンに言っても仕方ないかもしれないが、この馬たちは日によって売りに出される馬が違う。毎日ランダム生成でシステムが作っている。次来た時に売られているのは間違いなく完全に別の馬のはずだ。
私は渡されたお金を涙目で返そうとするシトリンからの譲渡申請を却下する。プレイヤーは傭兵より権限が強いからこその荒業である。
「そのお金、馬以外に使わないでよ?」
「うぅ……」
彼女は何度も私を横目で窺いながらも購入確認ボタンを押した。これで完了だ。
私が背後を振り返れば、ユリア達3人はそれぞれ自分の気に入った馬を探しに行っている。残っているのは手持ちの足りないカナタだけだ。
私ももう今の手持ちでは馬は買えないので、荒稼ぎするまではカナタやラリマール達の馬はお預けである。こうなるとレンタルとの性能差がますます気になるところだ。
私は保留にしていた馬の購入後の画面を呼び出した。あまり詳しく見ていなかったが、名前の決定と好きな馬具の選択をする必要があるようだ。
私の勝手な思い込みから考えると、ここまで大きくなった馬にまだ名前がないというのは少々不思議なのだが、これだけ多くの馬を飼育して販売しているような業者では当たり前のことなのだろうか。
「カナタは名前何がいいと思う?」
「うーん……春風とかどうですか?」
「……まぁもう実は決めてるんだけどね」
「何で聞いたんですか!?」
寡聞にして知らなかっただのが、どうもこのクリーム色の馬の毛色を“月毛”と呼ぶらしい。
私は綺麗な鞍や鐙、手綱などを選んでいき、最後に名前を付ける。気性が穏やかな優しい牝馬。
彼女の名前は望だ。現代でも著名なあの新幹線ではない。望月から取った名前だ。
私は柵を外して望の顔に触れる。彼女はただじっとそれを見詰めていた。
……今気が付いたが、このゲームの馬の“気性”って何なのだろう。どれを選んでもシステムが操縦してくれるのであまり関係ない気がするのだが。
「これからよろしくね」
何はともあれ、今日から私の愛馬だ。
私は彼女の長い鬣を綺麗に編み込んでいく。留めるのは服の作成に使った余りの糸だ。服の作成などと違ってシステム補助がないので時間がかかるが、あまり問題ないはだろう。
周りを見る限り、即決したのはフランだけ。私に何だかんだと言いながらも二人は真剣に馬を見定めている。
私は編み込みを終えると望を連れて馬屋を出る。この牧場、従業員のほとんどが動物の世話係なので販売関連はほぼ無人だ。不用心とも薄情とも取れる寂しい仕様である。
サクラギの街よりも少しだけ澄んだ青空の下。そこで待っていたのは大きな黒馬とじゃれているシトリンと、それ以上に異様な馬を連れたフランだ。
私は望を連れて恐る恐るその馬? に近付いて行く。
「それ、何……?」
「私の馬。名前は“速達”」
「ひっどい名前! ……じゃなくて、明らかに馬じゃないと思うんだけど……」
その馬は、鮮やかな水色をしていた。馬には青毛という毛色があるが、そんなものの比ではないくらいに青い。
その上、顔は馬と言いうよりも毛の生えたイルカとでもいうべき異様な見た目で、尻尾には金魚のような優美な“尾鰭”が付いている。
全体的な骨格こそ馬のそれだが、明らかに普通の馬ではない。
「それ、その……何の動物……?」
「ここで一番高くて能力が高い馬。品種はけ、ケルピー……? とかいう」
私は彼女のに購入履歴を見せてもらう。私の望よりも値段の桁が一つ違う。どうやら上の方には大金を持っている者にしか表示されないゾーンがあるらしく、隠し要素になっていたようだ。フランは相も変わらず金遣いが荒い。
そもそも彼女はあれ以降もちょくちょく“勝てそうな時”にカジノに行っては荒稼ぎしているので、所持金が一般プレイヤーの我々とは比べ物にならない。
そのせいでチート行為を疑われて、他のプレイヤーに通報されたりしているようだが、特に制裁が下ったという話は聞かないので実力なのだろう。どういう実力なのかは私にも分からないが。
私はそのソクタツ君のステータスを見せてもらう。私の望と比べて二倍とまでは行かないが、七から八割ほど高い性能をしている。特に速度は数値上では劇的に違う。実際の速度は調べてみなければならないが、値段に見合った性能だ。
そんな見る限り超高性能の馬ではあるが、気性は私の見たリストの中には一頭もいなかった“凶暴”である。怖い。
「よくこれ買う決断できたね……」
「お金あるから」
「そりゃそっか……」
使えなかったら新しいの買えばいいもんね。カジノの女王は言うことが違うなぁ……。
泥団子たちが馬屋から出てきてフランのソクタツ君を見て衝撃を受けたり一騒動あったが、とにかく私達はそれぞれの馬を駆ってトウヒ牧場を後にするのだった。




