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決戦、暗闇の洞窟

 暗い暗いの洞窟の奥深く。

 私は三体のモンスターに囲まれていた。


 ピンチはチャンス! と無駄に前向きに考えてみても非常にまずい状況は変わらない。

 右には疾風剣が一発だけ当たったスケルトン。左からは天井から襲い掛かってきたコウモリ。正面からは元気満タンのゾンビ。そして何より、背後は壁である。


 動きはコウモリ、スケルトン、ゾンビの順で速い。耐久力はその逆。

 ここで問題なのは、私にはコウモリですら一撃で倒しきる事が不可能であるということ。


 コウモリは当てられれば疾風剣で一撃だが、さっき使ってしまった。通常攻撃で倒すには弱点に二発は必要だ。ゾンビとスケルトンは言わずもがなである。


 どう動くか迷っている私にはお構いなしに、モンスター達は動き出す。

 まずはコウモリの体当たりだ。牙を突き立てるつもりなのかは分からないが、この状況で避けるのは不可能。


「ひっ!」


 反射的に体が動く。

 回避ができないから迎撃という形で。


 いつも使う縦の振り下ろしでも、スケルトンに使う突きでもなく、ただ一直線に横へのフルスイング。

 真っ直ぐにこちらに向かっていたコウモリの胴体に直撃し、コウモリは壁に叩き付けられる。


 しかし大きく体勢が崩れた私にゾンビの攻撃が迫る。肩から衝撃が伝わり、思わず踏鞴(たたら)を踏む。完全に壁際まで追い詰められた形だ。


 しかし、攻撃の痛みはまったくない。衝撃に反して、そのただ撫でられたような奇妙な感覚が、私に冷静さを取り戻させた。


 あ、これゲームなんだった。


 調子が良くなってからは被弾がなくなり、ダメージを受ける感覚を忘れていた。思い出したところで、ピンチであることには変わりないのだが、それでも少しだけ気が楽になる。これ、死んでもいいんだ。


 私はノックバックも攻撃力も弱いコウモリの事を一旦視界から外すと、スケルトンの斬撃に備える。


 スケルトンは大きく、袈裟駆けに剣を振り下ろす。


 後ろではなく、前へ。

 私は体勢を低くして潜り抜ける様に、駆け出す。


 ぶつかりそうな壁を蹴りつけ、膝を使って速度を殺す。続くゾンビの攻撃も横へ回り込むようなステップで。


 あれ、これ何とかなるかも……。攻撃を紙一重で躱したという感動に、ゾクリと身体が悦ぶのを感じる。


 無事にカーブの反対側へと抜けた私は、ゾンビを避けるような軌道で近づくコウモリの頭に剣を振り下ろす。黄色いエフェクトと共にコウモリは消えていった。


 一発目は弱点に当たらなかったので予測よりも一発少ないが、どうやらレベルが上がった恩恵がここにきて発揮されたようである。


 私は素早く後ろに下がると、前方の二体をしっかりと視界にとらえた。一匹減ってはいるが、依然として数の上では不利である。


「回復薬」


 私は、泥団子に言われるがままショートカットに登録していたアイテムの名を呼ぶ。何もない空中から光と共に試験管に入った空色の薬液が現れる。

 自然落下し始めるそれを左手で掴むと、その勢いのままお腹に叩き付けてガラスを割る。ガラスで色々切ってしまいそうな使い方だが、飲んでも振りかけても効果が同じな薬はこれが一番早いのだから仕方がない。


 スケルトンは相変わらず多少離れていても攻撃するのでそれなりに隙があるが、ゾンビは距離があると攻撃してこない。問題は二体の移動速度があまり変わらないという点である。

 多少はスケルトンの方が早いので距離を取り続ければスケルトンが前に出てきて戦いやすくなるが、背後は洞窟の奥への道だ。あまり下がり過ぎると次のモンスターと接敵してしまう。


 ゾンビを近付けまいと牽制するとスケルトンに攻撃され、スケルトンに攻撃しようとすればゾンビに襲われる。まだ回復薬には余裕があるとはいえ私の防御力には不安があるし、そう何度も攻撃は受けたくはない。


 私は大きく一呼吸すると、歩幅を測りつつ前へと駆けた。


「……っ!」


 まずはスケルトンの剣の振り下ろしを右へ避ける。私が近くに居ることをたった今気付いたかのようにゾンビが攻撃を仕掛けるが、それよりも早く私の剣がゾンビの頭蓋に突き刺さった。


 剣を引き抜くこともせず、ゾンビの横をすり抜ける様に足を踏み出す。その直後に、私は大きく屈み、

 それと同時にスケルトンの剣が頭上を掠めていった。


 スケルトンの剣が避けやすい最大の理由は、プレイヤーの位置ではなく方向に反応する攻撃だからだ。前方に居れば前方に向かって闇雲に振り回すので隙が見つけやすい。逆に真横に標的が居ると、ほぼ確定で最短距離の横振りがくる。

 特に今回は振り下ろしからの横振りなので剣を撥ね上げるような軌道だ。スケルトンの背後に移動しつつ姿勢を低くすれば、運が良ければ当たらないと考えた。


 ゾンビの背後を取った私は左脚を踏み締めて、ゾンビの後頭部に向かって剣を振る。黄色のエフェクトと共に、呻き声をあげていたゾンビがフラフラと攻撃に押し出される様に前進する。


 その剣の勢いのまま、ついでとばかりにスケルトンの錆びた剣を弾いた。


 両方の敵が体勢を崩している。攻めるなら今しかない。


「疾風剣……!」


 システムの補助によって剣の加速度が逆転する。一歩前に前進するのと同時に凄まじい速度の二の太刀がスケルトンの心臓部に到達し、


 宝石が砕け散る。


 切なげな声を上げながら解けていくスケルトンを見送り、一人残ったゾンビと対峙する。


「……」


 覚束ない足取りで近付いてくるゾンビ。もはやその姿からは脅威を感じない。


 あの危機を脱したという高揚感、自分の体を自由に動かせるという感動、そして何より、自身の成長に嬉しくなる。

 体の芯から、いや、心の底からの狂喜に体が震える。


 もはや、リーチ差を押し付けてチマチマと削る気分ではなくなってしまった。


 私は攻撃を誘うようにゾンビの眼前へと飛び込んだ。



 ***



「はぁ……これ、気持ち良いかも……」


 暗闇の洞窟の最奥、スケルトンが群れているだけの広間に私は一人で立っていた。


 あれから私は洞窟の一番奥まで行って入口へワープ、再び洞窟の中へと突入という一連の流れを繰り返している。今は4度目の挑戦が終わった所。


 ギリギリの戦いという麻薬に魅了された私は、わざと敵の攻撃を誘発するように動いている。最初は慣れない動きから被弾も多かったが、4度目にしてようやく5体同時にスケルトンと無傷で戦えるようになっていた。


 高鳴る胸をそっと押さえ、剣を仕舞う。この洞窟の敵は攻撃が遅くて練習にはいいかもしれないが、やはり少し物足りなくなってきている。特に道中は退屈で、油断からの被弾が“数値の上でも”痛くない。


 メニューを開くと、システムメッセージは読み飛ばしていたので気が付かなかったが、既に適正レベルを2上回る19に到達している。敵が物足りなくなるのは、強くなることの弊害か。私は振り分け可能ポイントを、今のところ無意味な魔法攻撃力に振り分ける。


 この戦い方を初めてようやく気が付いたが、腕力というステータスを上げてもアバターの“腕力”は上がらない。剣を素早く振るために必要なのは敏捷性。物理攻撃力を上げるためにポイントを振り分けていたが、腕力を上げた時に違いが出るのは装備重量の限界値と物理攻撃力だけだ。


 今のところは魔法攻撃力と物理攻撃力、そして敏捷性の3つに均等にステータスを割り振っている。踊り子に必要そうな数値を上げているのだが、実際にどうなるのかはまだ良く分かっていない。


「さて、もう一周……」


 道中の敵もこうして大部屋で一気に襲ってきたら楽しそうなのにな。そんなことを考えながら、鍵の付いた扉があるだけの広間の転送魔法陣に乗る。あの扉は鍵があると遠くの地域へのショートカットになるのではないかと泥団子が言ってた。


 私が陣に乗るのと同時にビーっと不穏な音が鳴り、景色が一転する。


「え、何……?」


 予想外の音に周囲を見回すが、そこには晴天の草原が広がっているだけである。視線を巡らせていると、いつの間にか出現していたらしいシステムメッセージが目に入る。


『連続プレイ時間が3時間を超えています』


 そういうことかとほっと胸を撫で下ろす。

 どうやらただの長時間プレイへの警告だったらしい。


 近年のVRゲームは、健康のためにも一時間毎に20分の休憩を挟むのが良いとされている。ハードメーカーも連続で5時間プレイすると強制的に休止状態になる機能をVRマシンに取り付けており、連続五時間、一日合計十時間以上プレイはできない様になっていた。抜け道は色々あるようだが。


 そんな機能がこのソフト側にも搭載されていたようだ。

 少しはしゃぎ過ぎたかな。すでに九時を回っているメニュー画面の時計を見て、私はサクラギの街への道を歩き始めるのだった。


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