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偏見と事実

 彼女はゲーム内でセクシーでかっこいいを目指していたところに、街をこの格好で歩く私を見て感銘を受けたらしい。それで似た装備を探すが見つからずに諦めていたところに、私が露店を開いているのを見て勇気を出して声をかけたのだそうだ。

 何というか、これを着たがる人が居るとは……。


 そんな話をしている間にも、他の客は入れ替わっていく。

 彼女の隣は二人組の男性客だ。片方の戦士は急にビキニに着替えた彼女を見て度肝を抜かれているが、射手はもう数分は弓と値段を見て唸っている。

 射手の彼は、私とコーラルさんの話が一段落したのを見計らって私に声をかける。どうやら手持ちがギリギリらしい。足りないなら声をかける前にこれほど悩まないだろう。


「なぁ、値段もっと何とかならないかな……?」

「性能だけ見ればこのくらいで相場だと思いますけれど」

「いや、この攻撃力でこの値段は……」


 確かに金属装備の相場ならばそうだろう。しかし、その威力を金属で作ろうとすると倍以上の重さになる。その軽さも値段に反映しているのだから、個人的には相場相応といった値段である。


 彼もそんなことは分かっている。分かっているが、それでも懐がその決断を許さないのだろう。


 しかし、ここに一人分かっていない人物がいた。


「お前はさっきから何を悩んでるんだ?」


 コーラルさんや私の格好を見ていて商品をまともに見ていなかった仲間の戦士である。

 彼は弓矢や服の装備には無縁の戦士職、見たところ重戦士か侍だろう。金属鎧に身を包み、大きな槍を背負っている。


 彼は特に今の装備を変えるつもりはないようだ。商品は一瞥もしていなかったのだが、ここでようやく並べられている商品が木製の物だということに気が付いたようだ。


「おいおい、木工の装備がこんなに高いはずないだろう!」


 木製装備への反応の三つの内の最後の三つ目。

 “あからさまなぼったくりだ”という糾弾である。


 感動するヒーラーとは対照的に、こういう反応を示すのは大抵は戦士職だ。装備重量制限がかなり高めなので、軽いという事実を一切気にしない。それどころか、軽いと扱いづらいだとかノックバック性能が落ちるだとか文句をつける。おそらくは木製装備が使えない物だという偏見も多分にあるのだろう。


 弓や杖で直接殴ってノックバックと期待するのか、というところまで考えが至らない、端的に言ってしまえば短慮な思い込みだ。主張の根幹は事実だが論理は正しくはない。


「今の時期、初心者が多いからってぼったくりとは感心しねぇな」

「特にぼったくりではないと思いますけれど……」

「派手な**装備で男誘って商売してんだろ!」


 NGワードに引っかかって私には規制音しか聞こえないが、その男は私の格好ばかり見ていたので何となく言っていることは分かる。

 私が連れの射手の男に視線を投げれば、居た堪れないとばかりに顔を顰めていた。何とかしてよ、お友達でしょ。


 そして、私にも止めなければならないお友達がいることをすっかり忘れていた。


「随分と大きなサルが居ますね。飼い主にしつけて貰わなかったのでしょうか、可哀想に」


 私にしか聞こえない小さな声でショールがそんな言葉を呟く。プレイヤーと違ってこの世界の住人にNGワードはないので、この手の客が来る度に罵倒しまくりである。

 当の本人との口論だけは避ける様に小声なのが、かなり“らしい”といえばらしいが、私は今日初めてショールの怒る姿を見ている。


 とにかく、この男はNGワードに引っかかる事を言ってくれたので今回の対処は簡単だ。通報してブロックである。

 ブロックするとお互いに声が聞こえなくなって、姿もその辺のどこにでもいるような人物に見えるようになる。わざわざ木製装備の良さや重量の軽い事の利点を説明する義理も利点もないのだから。


 もう戦士の男にこちらの声は聞こえないはずなので、客の射手に向き直る。買うなら早く、そうじゃなくてもそれを連れて帰ってくれ。

 しかし私が口を開くよりも先にショールが男を脅した。


「買いますか? 迷惑料」

「いや、そのすまん。値下げはもういい」

「別に買わなくてもいいですけど、その人はここに居たくないんじゃないですかね」


 結局その男は悩んでいた弓を買って、どこにでもいそうな男を連れて雑踏の中へと消えて行った。


「店番がラリマールやカナタでなくて良かったですね」

「それね……何だかんだショールも怒ってるのが私にとっては予想外だったけど」

「私も不快なら怒りますよ」


 あの二人ならまず間違いなく口論になっているし、シトリンはちょっとここに立たせるのは可哀想だ。完全に偶然だが、ショールで良かったかもしれない。

 私はため息を吐くと、コーラルさんが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫ですか? あの人随分怒ってたみたいですけど……」

「早々にブロックして何を言っていたのかも分からないので問題ないですよ」

「そう、なんですか? でも、今もぼったくりだって騒いでますけど……」

「連れが冷静なので宥めるでしょう。あいつもあいつで行動が遅い愚図でしたが」

「ショール、変な事言わないの」


 まぁ、向こうも私が初心者を食い物にする詐欺師に見えたからああして怒ったわけだし、別に運営から制裁が下るとかはないだろう。とはいえ、こちらの言い分も聞かずに怒鳴る奴の相手をしたくはないので、どうか私とは関係のない場所で立派に生きてくれると嬉しい。


 今回はあっさり済んで助かった。

 最悪なのは文句を言う戦士と感動するヒーラーさんが邂逅(かいこう)してしまった場合や、ブロックされてもいつまでも店の前に陣取る人物である。こうなるともう私にはどうしようもなく、GM(ゲームマスター)の介入を待つばかりである。


 ちなみにブロック設定はカナタさんを含めた私に関連する傭兵にも適用されるので、さくさくブロックするのは彼女らに妙な言葉を聞かせないためでもある。

 他人の傭兵を口説いたりセクハラするのが楽しい、というプレイヤーが少数だがいるらしく、それ対策に追加された要素なのだとか。別に人妻という訳でもないはずだが、他人のものにちょっかいを出すのが好きだ、という奇特な趣味を持つ者はナタネ曰く結構いるらしい。ここなら特に罪に問われないしやりたい放題だろう。


 それから私達は空が夕焼けに染まる時間まで店を開け、ついにすべての装備が完売した。

 残ると思っていたコスプレ衣装や槍も完売である。


 最後の方は装備でも何でもない遊び道具や家具を売っていたが、流石にこちらは残ってしまった。それでもこの世界の住人を中心に結構な数が売れている。これなら第2エリアでも売りに出せるかもしれない。


「……売上結構あるけど、流石にあの時ほどじゃないか」


 私は店を閉めてメニューから売上金を確認する。

 この街のプレイヤーの店はインフレしているとはいえ、カエルの岩屋の素材の独占状態の時のようなあんな法外な値段で売れない。これでも稼いだ方である。

 ちなみにカエルの岩屋で出る素材は第2エリア以降でも値段が下がったらしい。大儲けしたのは発見者の我々と、初動が早かった一部の目敏いプレイヤーだけだ。


 私は大きく伸びをして、ショールたちに礼を言う。バイト代でも出そうかと言ったら怒られた。どうやら私の手伝いは装備や戦闘の指導のお礼、という認識だったらしい。


 宿屋へと戻る彼女らを見送って、私はログアウトするためにいつもの公園へと向かうのだった。


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