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木工の宣教師

 このゲームのゴールデンタイムは大体午後七時から十時。食事を終えた後の時間にログインして遊ぶ人間が多い。夏休みということもあり昼の人数は増えたが、それでもこの時間のプレイヤーが減っているという印象は一切ない。

 むしろ少しばかり後ろに伸びている気さえする。


 夏休みの朝に起きてプレイする人間と、夏休みの夜に夜更かししてプレイする人間のどちらが多いかといえば、不健康なことに後者だろう。中には睡眠の代わりにVRゲームをするなどとほざく(やから)も居るが、本質的にはまったく睡眠の代わりにはならない。そういう人間は救急車で運ばれることになる。


 とにかく、今の時間は人が多い。プレイヤーは続々とログインし、探索から戻ったプレイヤーが消耗品を補充に来て、それらを狙った露店が増え、露店で掘り出し物を狙ったプレイヤーも来る。


 そんな中なので、いかに不人気の木製装備だろうと結構な数の客が来る。いや、むしろ木工の作品を並べているということで目立ってすらいる気がする。


 私は売れた商品を補充しながら、珍しくテキパキと働くショールを横目で見る。


「客引き、要らなかったかな」

「客足が途絶えないのは良い事です。失礼な人も多いのが悩みどころですが」


 私とショールは接客、そしてラリマールとカナタさん、シトリンは外で宣伝をしてもらっている。木製の装備と一緒に布の服も売っているので実質マネキンのような役目だが、ラリマールはなぜか異様に張り切って二人を連れて行ってしまった。残ったショールが私の補佐である。


 そして、肝心の私の木製装備の反応だが、大きく分けて三種類。


 まずは木製の装備にあまり抵抗感がない人間。これにはこの世界の住人も含まれる。性能と値段で良いか悪いかを判断する。彼らは攻撃力の割りに高額だが軽い、という装備をどの程度欲しがるかでしかない。言ってみれば普通の客だ。値下げ交渉をするのは大体この人間。


 次が、


「うぉおお! 俺の望んでた物はこれだ! これなんだ!!」


 今目の前にいるような、感涙しながら即決で購入するプレイヤー。持ち合わせが足りなくて、仲間に土下座しながら金を借りる人すら居た。それも複数人。

 このプレイヤーにはある共通点がある。


「いや、木製装備にそこまで感動する奴お前くらいだと思うぞ」

「何を言うか! 回復魔力特化でこの軽さ! 何で今までこれが市場になかったのか不思議でならん!」


 全員僧侶、もしくはその複合職や上位職。いわゆるヒーラーなのだ。


 木製装備は回復魔力が上げやすいという特徴がある。もちろん金属装備でも回復魔力は上がる。普通に作れば攻撃力のおまけ程度だ。

 金属装備で回復魔力に特化すると、どうしても重さが増すのが難点だった。それでも僧侶の防具は基本的には布装備で、他に武器も持たないので問題ない。


 では、なぜこれほど喜ばれているのかというと、泥団子やティラナのような完全後衛のヒーラーばかりではなく、前衛と近い距離で連携し、自分でも物理で殴るヒーラーというのが結構いるからである。前衛複合職のヒーラーなんてその最たるものだ。

 そういうプレイヤーは大抵低い物理攻撃力を補うために、棍棒系統のメイスのような武器を装備していて、防具もそれなりの重さの物を着用する。

 そうすると当然、重量制限で金属の杖が持てなくなってしまう。


 金属製のメイスにはどう頑張っても魔力補正は乗らないので、殴れるほど重くて頑丈な杖という高額で微妙な性能の物に頼るか、装備を諦めて素の回復魔力で頑張るしかなかった。


 そこにこの木製の杖である。

 軽くて回復魔力は金属装備の最高級と同程度。代わりに攻撃魔力は微々たるものだが、魔法攻撃力は前衛ヒーラーには無用の長物、いや、宝の持ち腐れというものだろう。

 これならば多少装備の重量を調整すれば、メイスと一緒に装備できる。回復魔法を使う時だけ腰から外せばいい。


 今回はそんな需要に応えるために、片手で持てるようなタクトのような小さくて細い物を用意した。欲しがる人自体は少ないが、売りに出してみるとこうして熱狂的な客がそれなりに来る。


 単純な販売数としては、弓が一番、服がそこそこ、そして杖があんまりだ。

 他にもヨーヨーなどのおもちゃの武器シリーズも置いてあるが、こちらは客の“ウケ”自体は良いものの買っていく人間はいない。陽炎を操るナタネの動きを見ると結構いい線まで行くと思うのだが、やはり難しい上に一見弱そうだ。ちなみに私も扱えない。


 槍も一応置いてはあるが、こちらも売れていない。マツメツさん謹製の穂先と長い棒を組み合わせただけだが、槍を使うのがあまり装備重量の気にしない戦士系ばかりなので、軽くする意味がないようだ。それでも一本は売れたが、まだ四本も残っている。


 私が商品の補充や、値下げ交渉、そして他の装備も見たいとの声に応えている間にショールはとある女性客に対応していた。そして私の作業が一段落したのを見計らってか、ショールが肩を叩く。


「こちらのお客様が、ラクスさんに装備の相談をしたいそうです」


 私では対応できないのでと言って、逆に私が対応していた値下げ交渉を受け持ってくれる。値下げはある一定ラインからは断わっていたのだが、手持ちがないからと粘られていたので助かる。


 私はそれを確認してから件の初期装備の女性客に向き直る。どうやらプレイヤーのようだ。ショールが対応できないような事を言うのは大抵プレイヤーなので予想通りではあるのだが。


 しかし、彼女の口から飛び出しのは、私にとっても予想外の言葉だった。


「あの、お姉さんの服は売ってないんですか?」

「え、私の服……?」

「その踊り子の衣装が欲しいんです!」


 完全に予想外だった。


 外の呼び込みはコスプレチックだし、事実私の店に売っている服は大抵そんな衣装ばかりだ。

 シトリンのエプロンドレスの色違いとか、ショールの軍服の色違いなんかはそこそこ売れている。他にもフランさんのドレス風の服とかメイド服とかナース服とかを完全な悪ノリで作成して持ってきた。


 しかし、この舞踏服は新しく作っていなかった。そもそもこれを着たがる人が居るという発想にすら至らなかった。


「えっと、自作ではなくてミッション報酬なので、売ってはないですね……」

「近いデザインでいいんです! 性能もあんまり気にしません!」

「うーん……」


 実は、ある。

 インベントリの中に捨てるのもなんだかなーと思って取っておいた物が。


 幻夜の舞踏服の防御力の低さを改善しようと頑張った試作品だ。

 結局軽さすら再現できずに、追加効果も何もない完全ネタ装備になってしまったので水着くらいにしかならない。多分だが、じゃらじゃらと付いている装飾品の質が違うのと、使っている布の質の違いの二つだと思う。


 ここで無いと言い切るのも可哀想なので、一応私は正直に伝える。


「あの、初期装備以下のネタ装備ならありますけど、欲しいですか?」

「あるんですか!」

「一応……」


 私はインベントリから性能と全体図を見られる画面を公開設定にして彼女に見せる。私にとってはゴミ同然だが、彼女は目を輝かせている。正直、初心者にこれ売るのは気が引けるのだが……。

 しかも性能は初期装備以下とはいえ、素材自体は金属も布も第1エリアトップクラスの物を使用しているので結構高い。


「これ、おいくらですか!?」

「えーっと……値段は素材代が3万くらい……」

「さんまっ……!?」


 金属加工の依頼費も含まれているが、マツメツさんと知り合うきっかけとなったあの“貴人のサーベル”が2万カペラしなかったことを考えると、かなりの高額だろう。

 あのカエルの岩屋が見つかって以来サクラギの街はインフレ気味だ。何でもない素材まで高値になっているし、それに吊り上げられるようにプレイヤーメイドの装備も高い。初心者は金策必須とまで言われている。


「今、9,000円しかなくて……」

「いやそもそも、このゴミ装備を初心者に3万カペラで買わせたら私が罪悪感で死んじゃいます……」


 そう、ゴミ装備なのだ。捨てるのも何となくもったいなくて、しかし装備改造でまともな装備にするもの面倒でそのまま放置してあるだけだ。


 私は店舗のメニューを閉じると、名前も知らない彼女にフレンド申請を送る。


「あの? これは……?」

「とりあえず今だけ許可してもらえますか?」


 フレンドになったChoralさんに、私は試作舞踏服3号を譲渡申請した。


「それ欲しいなら差し上げます」

「い、いいんですか……?」

「何に使うのか分かりませんけど、どうせもう捨てようと思っていた失敗作ですし」


 私は幻夜の舞踏服の入手のあれこれや性能、そしてこれが再現しようと思って失敗した物だということを説明する。


「ですから、本当にもう要らない物なんです」

「そ、そうなんですか……」


 コーラルさんはタダで貰うのはどうしても嫌だというので、一応1,000カペラで取り引きする。彼女はインベントリに入ったそれを嬉し気に眺めると、一切の躊躇をせずにその服へと着替えた。

 赤い情熱的なその服は私の手によって、多少は落ち着いたデザインになっているものの、それでも同じような系統の装備としてベリーダンス風の扇情的な物だ。


 しかし、彼女はそれを着て嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます! お姉さんみたいに着こなして見せますね!」

「え、あ、ありがとう……」


 着こなして、いるのかな? 少なくともこのアバターに似合っていないとは思っていないけれども。


昨日は更新せず申し訳ありません。

外せない用事はなかったのですが、気が付いたら深夜までゲームをしてました。

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