4つの印章
道案内をラリマールに変更した私達は、順調に3つ目の印章を獲得していた。
地図には金色で動物のシンボルが押されている。中々凝った意匠で、どうやら簡単には偽造できない様になっているらしい。ちなみに偽造した判子であの役人を突破したプレイヤーはいない。そもそも試そうと思える完成度の判子が完成していないとのことだ。
私達は軽い足取りで不気味な廊下を進む。残るは最初に目指していた印章だけである。
「ここからは少し遠いですわね。安全な道は……」
ラリマールは地図を読むのが早い。しかも正確だ。敵の大群を見付けたらすぐに迂回路を探し出す。
シトリンどころか私達の誰よりも案内役に適任だった。カナタさんも感心したように地図を隣から覗き込む。
「すごいですね、ラリマールさん。私、地図なんて読み方も分からなくて……」
「……少々失礼かもしれませんが、この程度は旅するための基礎技能だと思いますわ」
「です、ね……」
「そうですよね……」
ラリマールの言葉に、カナタさんとシトリンが大きく息を吐く。
どうやらシトリンが地図が読めないのは“昔から”らしい。少々不思議な感じはするが、彼女らにも“昔の記憶”は存在する。
子供の頃に食べた料理の味を覚えているし、小さい頃の夢なんかも覚えている。それは彼女らにとって“本当”の出来事だ。ゲームサーバーに残っているログを解析しても出てくることはないが、主観記憶の中では本当の事だ。
私は彼女らと接する内に、少しその辺りが気になるようになっていた。
例えばシトリンの前職は騎士見習いだ。それは私が決めた事柄だ。
しかし彼女は、回復魔法も弓の扱いもそこで習ったと話す。これは私が決めていない。彼女の設定同士をシステムが自動で組み上げた新しい過去の話だ。そしてそれこそが彼女の“本当の過去”だ。
それが何となく面白い。きっと彼女らには私の知らない過去の思い出がたくさんあるのだろう。
彼女らとの世間話の中でそんな事を聞けるのが、私は何となく嬉しかった。この世界での“過去”がないプレイヤーとの話にはない感覚である。
「この階段の上が4つ目ですわ。急ぎましょう」
私達はラリマールの案内で階段を上る。親切設計なので階段の中にはモンスターが出ることはない。
出ることはないというのは、ポップしないという意味である。侵入してくることがないわけではない。
つまりは偶然階段の出口に陣取られているということも、ないとは言い切れなかった。
「……どうしますか? 迂回が安定だとは思いますが」
「迂回路は一応ありますが、逆側から入る必要がありますわ」
一応、私がこのパーティのリーダーだ。ラリマールの地図と目の前のモンスターを見比べる。
狭い階段の出口に、モンスターがいる。丁度よく死角になっていて良く見えないが、その数は確認できる限りで3体。
私達の実力では、ここのモンスターは4体くらいから危なくなるので正直避けたい。
しかし迂回路はかなり遠い。一度下層まで戻ってから大きく回り込むような道のりだ。
私は少し悩んでから口を開いた。
「最後だし、このまま進もう。同数以上だったら出し惜しみなしで数を減らす……でどうかな?」
「特に異論はありません」
「皆、貴方の判断を信頼しているのですわ。ラクス」
「えっ? あ、あぁ、うん。ありがとう……」
思わぬラリマールの言葉に驚くが、思えば確かにこの4人は私の話あんまり否定しない。何となく“そういうものだ”という意識がどこかにあって、彼女らに信頼されているという考えはなかった。
しかし、言われてみればそうだ。彼女らは自分の意志を持って行動している。肯定するには相応の理由がある。
そんな当然の考えにも至らなかった自分を恥じつつ、私は簡単に作戦を伝える。
そして私は、階段を駆け上がってそのモンスターを背後から斬り付けた。
「やぁっ!」
バランスを崩したモンスターの間を抜けながら、視界が開ける場所まで出た。
敵の数は合計6体。
一瞬撤退も考えたが、私は敵の中央で旋風の舞を発動する。鋭い刃の乗ったつむじ風が紐のような体を斬り刻む。
私のスキルが終わる直前、階段側のモンスターにショールの槍と狼の牙が襲い掛かる。
そして少し遅れて、私の足元で吹雪のような氷の爆発が巻き起こった。
ラリマールの魔術だ。この作品にはフレンドリーファイアも自傷ダメージもない。しかし、攻撃のノックバックは少し影響する。
軽い私は爆発によって吹き飛んで、モンスターの包囲から解放された。
タイミングさえ合えばかなりの効果を発揮するコンボだ。私とラリマールは昨日までこれを何度も繰り返して練習していた。
戦い方としてあまり美しくないが、私は装備と違って戦略に美しさを求めない。最終的に勝てれば、目的を達成できればそれでいい。
私は素早く体勢を整えると、氷の爆発で少しダメージを受けているモンスター達の背中を斬っていく。とりあえずは戦場を少し変えて隊列を整えるとしよう。
6体全員の敵意がこちらに向いて、階段から廊下方面へとぞろぞろ付いて来る。地味に動きが速いので時折攻撃が飛んでくるが、私は余裕を持って避けた。
私が無理な反撃をせずに廊下の半ばまでモンスターをおびき寄せると、4人の攻撃が再開された。
最初に動いたのはシトリンだ。赤い光が尾を引く矢を発射する。
その矢は敵に当たった瞬間に炸裂して大きなダメージを与えた。弓のスキルの“力の矢”だ。無属性のダメージを与える矢で、高いダメージとノックバックの性能を持つ。半面、矢が重く軌道が独特であまり遠くへは飛ばない。
矢に当たったモンスターは大きくよろけて隙を晒す。続くのはショールだ。槍を左手に携えて右手で剣を抜く。そしてスキルの重撃を繰り出した。戦士も習得するスキルである重撃はどんな武器でも使えるある種の万能攻撃だ。
よろけていた一体のモンスターにショールの攻撃がヒットする。
同時にそのモンスターは影へと解けた。
しかし、仲間を討ち取った彼女に他のモンスターの敵意が集まる。
私は、彼らの注意を引くために接近して炎の舞を踊る。弄月が炎纏ってモンスターの体を焼き切っていく。
ショールに向かうのを止め、こちらを見たのは3体。出来ればもう1体止めたかったが、無理だったか。
ショールへと向かう内の1体が、突如出現した鎖で縛られて動きを止めた。呪術師の足止め魔法、“召喚呪術・鉄鎖”だ。
邪神官も使える嫉妬の召喚呪術の強化版のような魔法で、移動だけでなく体の動き自体を止めてしまう魔法だ。効果時間はあまり長くないので、一瞬の隙を作るための魔法である。
私はスキルが終わった直後に飛び出すと、鎖の中でもがくモンスターに一太刀入れる。これで向こうに進むのは一体。ショールの負担は減っただろう。
私は倒れ込むように横へと距離を取ると、その直後に背後から鞭のような腕が振り下ろされた。多少無理な体勢なので当たるかとも思ったが、上手く避けられたようで何よりだ。
私の役割は攻撃で相手の気を引きつつ死なない事。
このパーティで一番攻撃力が高いのは私だが、差は劇的なほどではない。言ってみれば攻撃役は他の誰でもできる。
しかし敏捷性は私がダントツだ。敵の注意を引くのは私にしかできないだろう。
「援護します!」
光る鳥が私を狙ったモンスターに襲い掛かる。こういう召喚体はいくつかのスキルで呼び出せる追加戦力だが、これは敵意の管理に結構役立つ。
召喚体が生きている間は、モンスターの敵意が独立して召喚体に貯まる性質がある。
しかし、突破されるとその敵意は丸々召喚主に向く。当然召喚主は後衛である場合が多いので、それを前衛が止めるなり攻撃するなり色々できるのだ。私も欲しいが、踊り子にそんな便利なスキルはない。
私はカナタさんの鳥への敵意の向き方と、向こうに向かった一体のHPを確認してからモンスターに弄月を叩き付ける。
当然モンスターも迎撃してくるが、私はギリギリで腕の振り下ろしを回避する。他のモンスターも私を狙って腕を振るが、私は一番手前のモンスターを盾にするようしてに攻撃の隙間に潜り込んだ。
しかし、突然目の前の敵が影に解ける。
どうやらカナタさんの光の鳥が最後のHPを削りきったらしい。
その奥、手前に居たモンスターの丁度死角になっていた場所のモンスターが、私に向かってその腕を伸ばしていた。
普段の振り下ろしではない。束ねたロープのような腕が、一本一本それぞれに意志を持っているかのように動き、伸びる。
「っ……」
「ラクスさん!」
その腕が無防備な私の体を縛り上げた。
突然のことに息が詰まるが、私は咄嗟に弄月を高速で迫るもう一本の腕に合わせて構えた。
硬質な甲高い音が響いて腕に衝撃が伝わる。どうやら続く攻撃は上手く弄月の腹で防げたようだ。
片腕は自由だが、両足と左腕は動かない。キリキリと身体を締め付ける圧迫感はあるがいつも通り痛くはなかった。
必死の抵抗とばかりに私を拘束する腕を斬り付けるが、このゲームに欠損表現はない。つまり、私が解放されることはなかった。
このゲームの拘束系の技は全般的に効果時間が長くない。
しかし、私はそもそもこのモンスターの普通の攻撃も二回もまともに食らえばHPが消し飛ぶのだ。効果時間切れは狙えないだろう。
左に居たモンスターが大きく腕を振り上げるのを見て、少し体がすくむ。この作品内では色々経験してきたが、抵抗できない状況で攻撃されるのは流石に初体験だ。
鞭にしては重すぎる音が体中に響く。衝撃で体が後ろに飛びそうになるが、すぐに拘束が私をその場に繋ぎとめる。痛みはないが、体が押されるような衝撃で体が縛り上げられた。
「届けっ!」
次の攻撃が始まる、その瞬間、ハルバードの高速の突きが腕を振り上げていたモンスターに突き刺さり消えて行く。槍のスキルにそんなのがあったな。私はぼんやりとそんなことを考えながら、いつになく険しい表情のショールを見る。
続いて、私を拘束するモンスターもショールの流れるような振り下ろしで消滅した。
私は少しよろけながら後ろに下がると、ショールがそれを支える。
出会ってから初めて見る顔だ。どうやら心配をかけてしまったようだ。
残った一体はシトリンの矢とラリマールの魔法が、そして向こうで相手をしていた一体は狼によって噛み殺された。
これで殲滅。戦闘は終了だ。私くらいは死ぬかとも思ったのだが、意外なほどに損害は軽微。
私はシトリンの回復魔法を受けながら、ショールに向き直る。
「ショール、ありがとう」
「……どういたしまして」
私が助けてもらったことにお礼を言うと、彼女はすぐに私から離れてそっぽを向いた。そんな姿が愛らしくて、少し笑ってしまった。
「私、あんなに焦ってるショール初めて見たかも」
「あなたには、あまり無様な姿を晒して欲しくないだけです。私達のリーダーなのですから」
私、キャラクタービルドのせいで結構な頻度で死ぬんだけど……。いやそういえば、この面子はレベリングくらいしかしてないからまだ死んだことないかも?
私達はそれぞれ激闘を終えてホッと一息を吐く。
さて、最後の印章はすぐそこだ。
100pt達成しました。ありがとうございます。




