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逃走

「……あの、ここ先程も通りませんでしたか?」


 特徴的な三叉路を前に、ラリマールがそんなことを言う。

 私もちょっと言おうかと迷っていたのだが、確かにこの場所には見覚えがある。このダンジョンはどこも似たような景色だが、この三叉路は中央地点で戦闘になったので特に深く印象に残っていた。


 私とショールは足を止めてシトリンを振り返る。ここまでの道案内はシトリンだ。

 彼女は全員の視線を受け、すぐさま大きく頭を下げた。


「ごめんなさい! 迷いました!」

「……幸い、特徴的な場所ですわ。現在位置は分かりやすいかもしれません」


 ラリマールと私はシトリンの横から地図を覗いて現在位置を探す。

 確か最初に端の印章を目指していたのだから、その周辺……と思ったのだが、見当たらない。私が他の階層も含めて視線を巡らせると、現在位置は思いもよらぬ場所だった。


「あー……ここだね、反対側の印章の近くだ」


 螺旋階段を下りた先にある印章の一つのすぐ近く。どうやら左手の壁の向こうに印章が置かれているらしい。道順もこのくらいなら覚えられるが、問題なのは……


「例のルートのど真ん中ですわね、ここ」

「道理で声が近いと思った。急いで……」

「ああぁ!」


 私は突然の絶叫に思わず跳び上がり、シトリンとラリマールを守る様に構える。

 しかし、声の主は件のモンスターではなくカナタさんだった。私はほっと胸を撫で下ろし、剣を納める。


「驚かさないでください……」

「遊んでいる場合ではありませんのよ?」

「ち、違います! あっち! あっち!!」


 彼女は必死に私達の背後、三叉路の右への分岐を指さす。その表情から切迫した物を感じて、私は恐る恐るそちらを振り向く。


 炎に照らされる白い道を、激痛に身を悶えるような仕草で歩みを進める大きな影。

 それはあまりにも不気味な姿だった。歪な腕が5本、足も片側が大腿部から枝分かれしているし、顔は大きく盛り上がった肩に押し出される様に斜め前へ(かし)いでいる。

 そんな凡そ人の形をしていない異形でありながら、私達はあれが人間であったということが分かってしまう。そんな嫌な形をしていた。


 歩く度に拘束具や足枷が揺れて音を立てる。それを振り払うかのように、彼は苦悶の声を響かせた。

 まだ距離は遠いが、向こうの足の速さが分からない。足止めするならば一番敏捷性の高い私が適任だ。


「……ショールを先頭に走って逃げよう。他のモンスターに攻撃されるよりあれと対峙する方が危ない。最後尾は私。いいね?」

「行きましょう!」


 ショールたちが走り出すと同時に、その“被験者”はたった今私達に気が付いたかのように走り出す。


 私がそれを待ち構えていると、二本の矢が被験者に突き刺さった。どうやらショールとシトリンが走りながら攻撃しているらしい。しかしモンスターはその攻撃でよろけることもなく、猛然とこちらへ突進してくる。


「うーん……噂によれば、攻撃全く効かないらしいけれど……」


 被験者は攻撃力も防御力も非常に高いモンスターだ。単純だがとてつもなく強い。こちらからは攻撃が通らないのに、向こうからの攻撃は一発KOなので基本的には倒せないと言われている。狙うなら即死攻撃くらいだろう。

 ちなみに、踊り子は即死攻撃を覚えないのでここで格好良く返り討ちにはできない。


 私は一応とばかりに弄月でその長い腕を斬り付ける。被験者の苦悶に満ちた叫びは響くが、HP自体はまったく減らない。一応青エフェクトなので攻撃が通っていることは確かなのだが、HPと防御力がそこらの敵とは桁近いということなのだろう。普通に戦っても装備の耐久値が足りない。


 私は彼の倒れ込むような攻撃を、大きく距離を取るように躱す。体が歪なせいで攻撃範囲が不規則だ。あまりギリギリで避けると痛い目を見るだろう。

 しかし、敏捷性はそこまで高くない上に遠距離攻撃はしない。このまま続けていれば時間くらいは稼げる。


 私は少しずつ後退し、4人が完全に安全な距離まで移動するのを待つ。被験者はもう私しか見えていないようだが、ここで別行動なんてしようものなら、地図のない私が次に彼女らと合流するのがいつになるか分からない。


 四度目の攻撃を避け、背後を確認する。十分な距離が開いた。

 私は最後に剣で反撃をした後、すぐさま反転して4人の後を追う。


 しかし、私の目の前に運悪くあの案山子のような試作999が立ちはだかる。私は歩幅を調節して剣を割り込ませ、その道を押し通る。

 鞭のような腕が頭を掠めていくが、そんなものを気にする状況ではない。


 直後、背後で腕が空を切る音と、苦悶の声が聞こえる。

 捕まってまたるか。


 私はそのまま駆け抜けて、4人に追いつく。彼女らと歩調を合わせて背後を振り返る。被験者が倒れ込むような走り方で私を追って来ていた。私のことを攻撃してきたあいつは彼になぎ倒されて消えて行く。どうやら敵味方無差別らしい。


「あそこ! 部屋があります!」


 シトリンが指し示した場所には鉄格子の扉が開かれたまま放置されていた。被験者は体が大きいので、あの人間サイズの扉の先までは追って来られないだろう。


 私達はその扉に駆け込んだのだった。



 ***



「はぁ……シトリンさんのおかげで助かりましたね」

「いえ、元々自分の所為ですから……」


 カナタさんの言葉に私達は誰からともなく息を吐く。背後からは鉄格子を叩く嫌な音が響いているが、一応ここは安全だろう。

 私達はとにかくあのモンスターから距離を取るように前に進む。この区画は“何か”を閉じ込めていた牢獄のような様相を呈していた。


「牢屋、いえ飼育小屋でしょうか」

「ショール、嫌な表現しないでよ……」


 ここには何に使うのかあまり考えたくないような鎖や枷が放置されている。私はそんな場所から目をそらしたくて、ラリマールが持っている地図に視線を移した。


「今の場所どこかな?」

「ここですわ。……印章は遠のきましたね。今回ばかりは仕方のないことですが」


 どうやらここは最下層の一番奥のようだ。この区画の出入り口があそこ一カ所しかないなら戻らなければいけないところだったが、どうやら出口は他にもあるらしい。

 どれもあの被験者の巡回ルートだが。


「今回はいきなりで驚きましたが、足が遅いので逃げるだけなら十分にできるでしょう」

「そうだね。出る場所も決まってるし、対処自体は簡単で助かったよ」


 私は一番近い入り口の場所を確認してから、隊列の前へと戻る。あれを倒すならラリマールの即死魔法を当たるまで試し続けるしかないし、彼の足を止めるのもラリマールの魔法……せめてもう一人足止め要員が居ればなぁ。


 ちなみに攻略サイトでは倒す方法の例として、呪術師統一パーティで足止めと即死魔法を交替で使い続けるという非常に単純な手段が紹介されていた。即死も足止めも、どちらも再使用までの時間が長い魔法なので、呪術師が一人いたくらいではどうしようもない。


「とりあえずここを出て、最初の印章取りに行こうか」


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