モンスターハント
次の日、天上の木にログインした私はまずメニュー画面を開いていた。
今日は三連休の一日目、土曜日で学校もなく、昼頃には二人もログインするらしい。そんな休日にいつも通り5時半に起き出して朝食を取り、身支度を整えてこうして朝の6時半にログインしたのには理由があった。
私が経験値セットを購入したのは昨日の午後7時半過ぎ。それから10時くらいまで三人で遊んでから、サクラギの街で揃ってログアウトした。そしてお風呂に入って、いざ就寝となった時にふとある事に気が付いたのだ。
職業経験値ボーナスが、明日の八時には切れてしまうのではないかと。
あのセットを買った最大の理由は、魔術師のレベル上げをしなくても済むという点ではあるが、ボーナス中に盗賊の職業レベルも上げて損ということはない。
そういう理由でこんな早朝にログインしてボーナス時間を確認したのだが……
「……残り九時間ある」
職業経験値二倍の残り時間は今ようやく十時間を切った時点だった。どうやらログインしていない時間は関係ないようである。
私は昨日の公園のベンチから立ち上がり、夜空を見上げた。
この作品は六時間で一日が……いや、時間帯の一周が終わる。現実の零時とゲーム内の零時は重なっており、大体一時間ごとに夜、朝、昼、昼、夕方、夜の順で時間が進む。二四時間で四日進む計算だ。そのくせ四季は現実と同じで、日付も現実と同じ速度で変化する。
そんなわけで現実では大雨の朝六時だが、こちらはまだ、いや既に“一日の中の二日目の日の出前”だ。
さっき起きたのに夜中になっていて早くも時間間隔が狂いそうだが、二人の話では数日もプレイすれば気にならなくなってしまうらしい。そういえば昨日も、日の温かさは感じたけれどあまり太陽を眩しいとは思わなかった。その辺も関係しているのかも。
私は夜空に浮かぶ星と、仕組みの分からない街灯の灯りを頼りに、昨日も何度か通った門を潜り抜ける。その先は夜のサクラギ草原だ。
一人で戦うにしてもレベル3程度あれば十分だと言われる街の近くの草原は、昨日の段階で12まで職業レベルを上げた私には少し効率が悪い。私は目的地へ向けて出発した。
私は街道沿いをフラフラと歩く。見渡す限りの大草原だ。まぁ夜なので遠くの景色が見えていないだけなのだが。
それにしても広大なこの世界。歩き尽くすには一体どれだけの時間がかかるのだろう。
黒い馬が軽快な足取りで私を追い抜いていく。馬はプレイヤーの高速移動手段として広く使われている。大体速度は徒歩の3倍くらいだろうか。当然狭い道には入れないし、それなりの不便もあるのだろうけど移動がグッと楽になるんだろうな。
それでもこの世界の“端”が、未だに見つかっていないという話だから驚きである。
「あ、ここだ」
草原をそんな事を考えながら進んでいると、切り立った崖が左手に見えてくる。私は道を逸れてその崖目指して真っ直ぐに歩みを進める。
目的地はこの先。サクラギの街からはそれなりに遠いが、ユリアと泥団子が少し前まで経験値集めに使っていたという場所。
暗闇の洞窟である。
***
洞窟の中は暗く、入り口のか細い月明かりが微かに差し込んでいるだけである。
しかし、“プレイヤー”の目は便利な物で、目を凝らせばうっすらと洞窟の輪郭が見える。本当はランプや松明を用意して進むらしいが、洞窟の奥でアイテムを失って遭難、という状態を作り出さない用の救済措置らしい。
じっとりと湿った空気を吸い込み、私は洞窟内部へと足を踏み入れる。
ここはとても暗いが、逆に言えば暗いだけであり道の分岐もなく、迷子になることはないらしい。方向が分からなくなってもどちらかに進めば最奥か入り口までたどり着く親切設計だ。
私は転ばない様に足元に気を付けながら慎重に進む。そして最初の曲がり角から慎重に奥を窺った。
それは何をするわけでもなく、そこにただ佇んでいた。
朽ちかけている皮の鎧に、錆びたショートソード、そしてすでに白骨化してしまっている体。スケルトンと呼ばれるモンスターである。
ちなみに泥団子はスケルトン先生と呼んでいた。
音には反応しないらしく、こちらを目視(目はないが)で確認するまで動かない性質と、比較的ゆっくりとした近接攻撃しかしてこないこと、そして何より攻撃手段の少ない僧侶が使える浄化魔法に圧倒的に弱いこと。その三つの要因から、どの職業でも比較的対処が簡単なモンスターらしい。
その上、この暗闇の洞窟に出現するスケルトンは職業経験値が多い。種族経験値もそこそこなので、サービス開始直後からこの“狩場”は賑わっていたそうだ。私がここに来るまでに人と会わなかったのは単純に三連休初日の早朝という時間帯であるが故だろう。
私は見える範囲に一体しか居ないことを確認すると、躓かない様に注意しながら猛然とその骨に突進した。
狙うのは頭部、ではなく心臓の位置にある不気味な宝石。肋骨の間からそこへ剣を突き出す。
大弱点部位に当たったことを示す赤いエフェクトを確認して、すぐさま後ろへ下がった。昨日はひたすら格上のモンスター相手に逃げ回っていた私である。一撃離脱は多少は慣れた戦術だ。
足場の悪さに気を付けながら、ようやく動き出したスケルトンの緩慢な剣を後ろに躱す。そうして大きく動いた所をもう一突き。
「ほっ!」
それを6回繰り返すと、ようやくスケルトンは消滅した。
大きく息を吐くと、システムメッセージでレベルが上昇した旨を告げられる。今は適正レベルよりも低いが、レベルが上がれば攻撃力が上がり一戦一戦が短くなっていく……はずだ。
私は大きく曲がりくねっている洞窟を更に奥へと進んでいく。
再びスケルトンが姿を現す。また一匹だけだが、今度はこちらが発見されてしまった形だ。
「うわ、ちょっと待って……!」
表情も何もないその顔から逃げる様に距離を取る。スケルトンの上半身と下半身の動きがあっていない、ただ振り回すだけの剣は距離を取れば基本的に当たらない。一旦呼吸を整えて落ち着くと、試してみたいことを思い出した。
昨日の戦闘では今一つ役に立たなかったが、攻撃役が私しかいない状況では使った方が明らかに得だろう。
「えと、疾風剣」
剣を構えながらそう呟くと、ぐんっと彼我の距離が縮まり勝手に剣が振り上げられる。惜しくも狙っていた心臓部には当たらなかったが、肋骨に当たる手応えと共に青いエフェクトを撒き散らしてスケルトンが仰け反った。
これは昨日のレベル上げで獲得した“スキル”である。
スキルとはプレイヤーが職業を極めることによって獲得する様々な技能のことで、剣士なら特別な剣術を、魔法使いなら魔法を扱えるようになるシステムの事だ。
普通に武器を振り回す“通常攻撃”と違う部分はいくつかあるが、最大の違いはMPを消耗するということだ。その代わりに当たった時の攻撃力が高かったり、特殊な効果があったりとスキルによって様々だ。
盗賊の攻撃スキル“疾風剣”は疾風の如き速さで接近して斬り付ける攻撃。名前に反して、武器が剣じゃなくてもいいみたい。
大きく体勢を崩したスケルトンを前に油断なく剣を構える。昨日は落ち着いて見られなかったが、敵のアイコンの下にはHPの表示がされている。
疾風剣のダメージは大体通常攻撃3回弱くらい。弱点を狙った通常攻撃よりもちょっと強い程度だが、運良く弱点に当たる可能性もあるのでおそらく期待値は高めだと思う。
再使用まで十秒程度必要になってしまうが、MPは攻撃を当てたり受けたりしていれば徐々に溜まるし、その場でじっとしていると素早く回復する。疾風剣は序盤のスキルなので消費するMPも少なめだし、一回の戦闘で二回、余裕があったら三回程度使ってもいいかもしれない。
私は向かってくる緩慢な剣を躱し、このままその他のスキルも試すことに決めるのだった。
***
私は疾風剣でスケルトンの首を刎ね飛ばす。この作品に欠損表現はないが、関節がバラバラになってしまうHPがなくなった瞬間のスケルトンは別だ。
影に解けていく白骨を見て息を吐く。それにしても今日は調子がいい。
というか、昨日の格上から逃げ回っていた立ち回りが意外なほどに役に立っている。
ちなみに職業レベル15になって、新しいスキル“敵影感知”を解放した。
これは一番近い敵モンスターの方向が分かるというスキルだ。奇襲が多い迷いの森で欲しかったが、生憎この洞窟は一本道の親切設計。奥以外に敵はいないのだ。使い勝手を確かめるために一度だけ使っただけで、放置してある。
「結構奥まで来たかな……」
思わず呟いた独り言が少しだけ反響する。この洞窟にはスケルトンの他にも吸血蝙蝠やゾンビが居たりするが、そちらも盗賊は対処が簡単だった。
コウモリは1mくらいある巨大コウモリだ。飛行する軌道が不規則だが、言ってしまえばそれだけで、それに慣れれば何ということはなかった。比較的軽い上に飛んでいるので私の通常攻撃でも簡単に吹き飛ぶし、耐久力も低い。
ゾンビは簡単に言えば動く死体。比較的新しいのか腐敗は酷くないが、それでも少し臭うし、現実味のないスケルトンに比べると不気味だ。
動きがスケルトン以上に緩慢で道具も使わないのでリーチが短い。半面耐久力は大きいのだが、動きが遅すぎてこちらに伸ばしてくる腕をひたすら斬っているだけで勝ててしまう。当然この中では一番時間はかかるが、その分対処も楽なモンスターだ。
私は意気揚々と洞窟の奥へ、躓いて壁に手を付いたりしながらも、歩みを進める。
「あ、スケルトン」
少し遠くに白い骨が見える。今度は疾風剣弱点に当たるといいなぁ。
そんなことを考えながらスキルと発動する。スキルの名前を口にしなくてもどんな技が発動するのかをしっかりと認識して構えれば、特に問題もなく発動できる。
ところで、疾風剣には明確な欠点がある。まず初めに、敵の前までしか移動できないという点だ。疾風剣を何もない場所に空振りして高速移動、なんて芸当はできない。
続いて、こちらは体が動く攻撃スキル全般に言える事だが、スキルを発動するとシステムに従ってアバターが“ある特定の動き”を自動で行うということだ。操作可能なのは精々当たる場所の微調整くらい。
例として疾風剣で言えば、“姿勢を低くして移動し、武器で斬り上げる”という一連の動作を自分の意志で途中で止めたり、途中で曲がったりはできない。
そして私は、そのことを身を以って実感していた。
そのスケルトンが立っていたのは大きなカーブの始まり付近。その死角。
私は疾風剣で駆け抜けている最中にチラリと視界の端に映った人影を目で追った。見慣れたぼろぼろの衣服に緩慢な動き……。
ゾンビである。
更に悪いことは重なって、スケルトンに対して放った疾風剣は歩数が合わず、剣が当たった後に止まり切れずに大きくもう一歩踏み込んでしまう。
更に更に、バサバサと不快な羽音を響かせてコウモリが天井から襲ってくる始末である。いつもはさっさと斬り伏せられるのだが、生憎疾風剣は今使ったばかりだし、ゾンビとの距離が近すぎる。
そんなわけで、私は合計三体のモンスターに包囲されて……いや、包囲されに行ってしまった。
「これ、大ピンチなんじゃ……」




