終業式
今日は一学期の終業式。
明日からは夏休みだ。こんな日はいつもよりも晴れやかな紗愛ちゃんが……見られなかった。
「明日から補習だー……」
「自業自得でしょ」
今日は式典だけなので、特に授業もなく荷物はないしいつもよりも3時間近く遅い登校。季節が季節なので日中の日差しは暑いことこの上ないが、それでも遅い時間の登校は少しだけ気分が軽い。
私は日傘を差しながらいつもの通学路を眺める。この景色ともしばらくお別れだ。紗愛ちゃんには2週間の補習が待っているが。
いつもよりも浮かれ気味の生徒たちを追い越して学校の下駄箱へとたどり着く。私は落ち込んでいる紗愛ちゃんの背中を押してから、自分の教室へと向かった。
騒がしい教室の自分の席に座り、汀さんに挨拶をする。フランさんは……まだ来ていないようだ。今日は終業式だけだから来ないとか、そういう考えの人も結構いるので休みかもしれない。課題や通知はネット経由で全部届くから、こういう日に休んでも出席日数が一日減るだけなのだ。
この学校は真面目な校風なのか、ほとんどの生徒が出席するけれど。
電子ペーパーで本を読んでいた汀さんが電源を落とし、私に向き直る。
「明日から夏休みね。瑞葉さんは何か予定とかある?」
「予定はあんまりないかなぁ。人の多い場所だと迷惑かけるかもしれないし」
「そう? まぁ、私も特にはないんだけど。毎年旅行に行ってる人とかもたまに居るわよね」
いつもならば紗愛ちゃんがその類なのだが、今年はどうなることやら。補習が終わった後も一ヶ月の休みがあるが、家族と予定合うのかな?
その後も二人で予定にない夏のイベントを語り合う。夏祭りや海水浴、肝試しも定番だね、行く予定はないが。
しばらくして担任の教師が教室に入って来たところで、お喋りはお開きになった。
彼が1割ほど返事のない出席を取って、夏休みをはしゃぎすぎるなよとのお言葉をいただき午前のSHRは終了。後は廊下に整列して講堂へ向かうだけだ。
私達は疎らな整列をして講堂へと向かう。どうやらこのクラスの四人衆は私しか来ていないようだ。夏の気温と空調が利いた室温が混ざった廊下を歩きながら、外を見上げる。大きな白い入道雲が遠くに浮かんでいた。
廊下を抜けて、講堂の椅子に座る。多少空席が目立つが、生徒たちはざわつくこともなく挨拶を聞いている。この講堂は通気性はいいが、送られてくる風は熱風に近い。暑いからか教師の話も手短だ。
校長先生や学年主任、生活指導の話が終わり終業式の終了の挨拶も終了。その直後、
「今から夏休みだーい!」
元気な先輩がそんなことを叫んで講堂を飛び出す。まぁ式が終わったら、各自解散となっているので問題はないだろう。
私も教室に戻ることなく玄関に直行する。下駄箱前で夏休みの予定を話し合う人込みをかき分けながら外へと出た。
どうやらこの真夏の太陽の下では話し合う気にはならないのか、屋外は人は多いが皆目的地へと向かって歩いている。そんな中私は校門前で紗愛ちゃんを待つ。一緒に帰る約束をしているのだ。
「瑞葉、おはよう」
「……フランさん、何で私服で今頃登校してるの?」
「今起きた」
急に名前を呼ばれて振り返れば、そこには私服のフランさんが立っていた。どうやら休むつもりではなく、単純に寝坊したようだ。
「いや、もう登校しても遅すぎるよ」
「瑞葉がまだここに居ると思って」
「私に用事?」
直接会いに来るほどの何かなのだろうか。フランさんが私と話すことと言えば、天上の木関連か勉強を教えて欲しいということだろうか。
しかし、フランさんの口から飛び出したのは思いもよらぬ言葉だった。
「一緒に旅行しよう」
***
「フランが旅行ねぇ……」
「ユリアも来る?」
「ハンドルで呼ばないで」
私と紗愛ちゃん、そしてフランさんは学校を出て喫茶店で夏休みの計画を話していた。時刻も丁度お昼時で、それぞれサンドイッチやオムライスなどを注文し、料理が来るのを待っている状況だ。
「紗愛ちゃんは今年の家族旅行の予定次第だよね?」
「んー、あれね。私は補習があるから行かない事にしたよ」
「ああ、案の定そうなったんだ……」
紗愛ちゃんはストローでアイスレモンティを飲みながら不服そうに言う。一人娘の彼女が行かないということは、あそこは夫婦水入らずで旅行か。相変わらず仲がいいことで。
「サラ、補習受けるの?」
「受けさせられるの。夏休みはお家の中でゲーム三昧だと思ったんだけどなぁ」
「でも、補習は一日3時間でしょ? ゲームは一日10時間しかログインできないんだから、十分じゃない?」
「それとこれとは話がちょっと違う……」
私は店員からサンドイッチを受け取って、おしぼりで手を丹念に拭く。生クリームとイチゴのサンド、カスタードと桃のサンド、抹茶クリームと小豆のサンド……どれも美味しそうだ。ご飯に甘い物を食べることに否定的な紗愛ちゃんは微妙な顔をしているが、フランさんはちょっと物欲しそうである。
「ちょっと食べる?」
「ん!」
フランさんにイチゴサンドを差し出すと、そのままパクリと一口食べる。
続いて私もそれを口にした。甘酸っぱいイチゴを、生クリームが優しくふんわりと包み込んでいる。イチゴが薄くカットしてあるので食べやすいし満遍なくイチゴの味がする。食パンもほんのりと甘い。このお店のフルーツサンドは美味しいのだ。
「パフェまだかな」
「フランはご飯食べてきたの?」
「うん。素麺自分で茹でた」
おしゃべりしながらフランさんのパフェと紗愛ちゃんのオムライスを待つ。話題は再びゲームの話になっていった。
「そういえば、瑞葉の傭兵はどんな感じなの? 明日までに間に合いそう?」
「流石に明日は無理じゃないかな……一週間くらい欲しいけど、三日あればなんとかなると思うよ」
「あの狼のレベル上げ?」
「そ、うだね……カナタさんも一緒」
相変わらずフランさんはカナタさんへの印象が悪いようだ。出会いはお互いにとって最悪だったろうから仕方ないと言えば仕方ない。
どうもフランさんは、自分の楽しんでいることに文句を付けられるのを非常に嫌う、傾向がある気がする。私の勝手な印象なので間違っているかもしれないが、カナタさんとの出会いも例の先輩を殴った件も似たような理由だろう。
私達が話をしている間に、二人の注文の品が運ばれてくる。紗愛ちゃんのデミグラスソースのオムライスは普通だが、フランさんのパフェはなんだかビビッドな色合いをしている。デコレーションは夏らしくて可愛いが、食べ物としては……どうなんだろう。しっとりとした甘さの桃サンドを食べながらそんな視線を向ける。
フランさんは私の視線に気付くと、スプーンでパフェを一口掬う。
「食べる?」
「要らない。そういう目線じゃないよ……」
「そう?」
パフェを一口差し出すフランさんの申し出を断わると、彼女は不思議そうな顔をしながら頬張った。その顔はいつもの顔で、美味しいのかどうなのかは判断に困る。
その夏色パフェの味が気になった私は、フランさんに聞いてみる。
「どういう味なの? すごい色してるけど……」
「ブルーハワイとかメロンソーダに独特の味があると思うかね、瑞葉さんや」
「ただ漠然と甘い」
「いや、メロンソーダはメロンの味するでしょ」
「え!? 本気で言ってる!?」
驚く紗愛ちゃんの隣でサンドイッチを食べながらフランさんの前に置かれたパフェを睨む。確かに言われてみればこのパフェ、ブルーハワイとかメロンソーダの色だなぁ……あんまりパフェとして見たくない色だ。緑のクリームとか嫌だもん。私は宇治金時サンド(緑)を食べながらそんなことをぼんやりと考える。
私達はその後も取り留めもない雑談をして、注文の品を食べる。しばらく楽しい会話をした後に、ゲーム内で落ち合う約束を交わして別れるのだった。




