傭兵の装備
私はサクラギの街のレンタル作業場に来ていた。実はここ木工だけではなく布製品の裁縫道具や、自動織機なども置いてある優れ物である。金属加工は削ること以外できないが。
私はバザーで買ってきた布を針と糸で縫い合わせていく。いつかやった家庭科の授業を思い出す。今は裁縫も調理実習も私だけ進みが遅いのでこんなに簡単にはできないが、意外に手が動きを覚えていた。
木工も鍛冶もそうだが、この世界のシステム補助は優秀だ。何せどんな縫い方をしても縫い目が残らない。最悪なみ縫いで布同士を繋げることと布を目標の形に裁断することさえできればどんな服だって作れるのだ。
その上、装備品はある程度勝手に装着者の体の大きさに合わせてサイズが変化する。布代をケチりたければ小さく作ってもいいかもしれない。
「やっぱり何か作るの好きなのかな、私」
完成した3人分の衣服を染色台で好きな色に加工し、さっきまで木材を入れていた乾燥機に入れる。第1エリアでは大分いい生地を使ったので性能はまあまあである。フランさんの勝負師のドレスと比べると大分性能は落ちるが、これから練習していこう。
私は続いて弓を作り始める。弓使いが二人いるので作れる部分は自作してしまおう。
私は威力と軽さの両立を目指して複数の木材を駆使して弓を作り上げていく。
そんな時、フレンドからの通話が通知された。頼んでいた物が出来た旨を態々通話で教えにきたマツメツさんかな? なんて考えながら通話に出ると、相手は思いもよらない人物だった。
「あのっ! 何かお手伝いできることありませんか!?」
「えっ、シトリン……?」
ドジっ子医療兵、シトリンである。
私は予想外の出来事に通話画面をまじまじと見る。通話相手はシトリンと記載されていた。
知らなかった。この世界の住人ってフレンド通話機能使えるんだ……。
「えっと……お手伝いだっけ?」
私は話に応じながらフレンドリストを確認するが、当然傭兵の名前は載っていない。しかし、フレンドリストに見覚えのないタブが表示されており、そこには傭兵と確かに書かれていた。
それをタップすると最初に表示されたのはカナタさん。その下にシトリン達3人の名前が載っている。
こんな機能があったのか。知らなかったな。傭兵の名前をタップすると、フレンドと同じように通常通話やプライベートチャット、アイテムの譲渡などの項目が存在している。アイテムの譲渡申請はインベントリからやった方が早いので全く気が付かなかった。
「あー……、そうだ。服完成したから三人とも作業部屋に来てくれない? 場所は分かるかな?」
「あ、はい! 装備の調整ですね! すぐに二人を呼んできます!」
急がなくていいよーなんて返事してから通話を終了する。元々軍属だったからか、シトリンの行動は矢鱈早い。その上慌てると結構な確率でドジを踏むので心配である。
まぁ戦闘中は落ち着いていて、まるで別人のような射撃精度を誇る。フランさんほどの早撃ちではないが、あの人は別格だから仕方がない。ファンタジーじゃなくてもっと現実的なシューティングゲームとかやらないのかな? VRの銃撃戦って年齢制限あるんだったか。
「……とりあえず弓は無属性だよね。あの二人はどっちも属性スキルあんまり覚えないはずだし」
バトルマスターも医療兵も攻撃スキルは無属性が多い。一部の大技に属性があったりなかったりするだけである。バトルマスターは複数の属性武器を持つという荒業があるが、私が作れる武器は木工で作成可能な範囲だけである。
私の手元には余った闇属性の木材しかない。属性持ちの木材は珍しいのだ。
一つ目の弓が仕上がり、数値上の能力を確認する。軽くは仕上がったが、やはり金属製の弓に威力は及ばない。木製武器の宿命のようなものだ。
弓もやっぱり作ってもらった方がいいのかな……。
私はふと思い立って、例の闇の木材“怨念の呪木”を使って杖を作り始める。
杖も金属製の方が攻撃魔力が上がりやすい。回復魔力は木製の方が得意だが、金属製品は様々な人が研究しているので回復用もそれなりに作れるようになっている。現状木工製品の杖に出番はほとんどないと言っていいだろう。
前回のティラナに渡した天体の杖の出来栄えは、あの時間の中なら十分によくやった方だとは思う。しかし、もっと時間があれば美しさと耐久性を兼ね備えた杖が作れるはずなのだ。
私は黙々と杖を作った。同じデザインでは芸がないので、今回は天球儀モチーフだ。知恵の象徴でもある。ティラナには“邪神官だから”との理由で宇宙モチーフにしたが、作ってみたら結構良かったので今回も宇宙だ。呪術師も占星術とか使うだろうから無関係とは言い切れないだろう。
太陽を示す赤い宝石を中心に、惑星と12星座の位置を示すリングや石を配置していく。回転機構も絡繰夜桜作成の時に散々色々やったのでお手の物である。
そして、ようやく完成した。
私は見た目の出来に満足し、同時に数値上の能力に落胆した。
「結局、魔法攻撃力は金属製に勝てないなぁ……」
木製の杖にしては攻撃力が高いが、無駄に回復魔力も高い。当初の予定通り耐久力は前回より高くなったが、これでは呪術師用としては使えないだろう。
私は何だか疲れてしまって大きく伸びをする。
その時、手に何かが当たった。私は慌てて振り向くと、そこにはシトリン達が立っていた。どうやら手をぶつけてしまったらしい。
「そうだ、呼んでたんだった、ほったらかしでごめんね」
「いえいえ! 自分の装備をあんなに集中して作ってくれているのにそんな! それに杖もすごい出来です! ラリマールさんのでしょうか?」
「そうしようとも思ったんだけどね。やっぱり金属製のを知り合いに頼むことにしたよ」
私はティラナに天球儀の杖を譲渡し、失敗作だからあげるとメッセージを打つ。あっちよりも綺麗だし耐久力もある。回復魔力は多少下がったがそれ以上に攻撃魔力が上がっているので多分使い道がないという程ではないだろう。
私は作業台から立ち上がって乾燥機から服や靴、帽子などを取り出す。そしてそれぞれへと手渡し、譲渡した。色合いやデザインも各人に合わせたが、気に入ってもらえるだろうか。
「どうかな? というか着られる?」
「大丈夫です。問題はありません」
「ええ、悪くない生地ですわね。今の物と比べれば随分良い物と言えるでしょう」
ショールとラリマールがそれぞれに感想を言う。しかし、私が期待していた反応とはちょっと違った。どうやら装備の見た目にはあまり拘らず、数値上の能力で判断するらしい。そういえば、私の服にも何も言わないもんね。
はっきり言って、装備は強さより見た目派の私とは意見が合わなそうだ。
「こんな素敵な服、ありがとうございます! 大切にします!」
一番着替えに手間取っていたシトリンがそんなことを言って頭を下げる。私は何となく嬉しくなって彼女の頭を撫でた。素直で優しい良い子だねー。
私は防具に続いて、唯一完成した弓をショールに渡す。威力を上げようと大きめに作ったので腕力のあるショールの方が適任だろう。
「これが弓。他の武器は知り合いに頼んでいるから、ちょっと待っててね。ラリマールの杖は一緒に探しに行こう」
「そう、ですの。作れないというのならば仕方ありませんわね」
「ごめんなさい。作れると思ってたんだけど……あ、シトリンの弓は作るけど、何か要望はあるかな?」
何でも大丈夫です! とでも言うと思って聞いたのだが、意外にもシトリンはしっかりと考えて質問に答えた。
「えっと、狙いやすい方が得意かもしれません。ショールさんみたいな弓はちょっと……」
「なるほど。……飛距離は?」
「射程は多少短くても大丈夫です! きっと、ラリマールさんの前に出た方がいいんですよね」
ふむ。一理ある。
医療兵は回復役であり攻撃役でもあるため敵の注意を引きやすい。その分、後衛と同じ場所に居ると戦線が崩れがちなのだ。どちらかと言えば狙われやすいが逃げやすい中衛に居た方が安心だろう。
「じゃあ、ボウガンにしよう。ちょっと待っててね」
ボウガン、正式にはクロスボウと呼ぶらしい。詳しくないので違いはよく分からない。
銃と弓の間の装備で、区分では弓に該当する装備だ。一部の弓のスキルに対応していない上に連射性能は悪く、矢の飛距離も多少短いと欠点も多い。最大の利点は狙いやすさだろう。他にも威力の観点から色々細かい仕様の違いはあるが、銃よりは人口が多い武器だ。ちなみに銃のスキルはボウガンで撃てない。
弓に比べると重くなりがちだが、防具は布装備な上に武器も木製で作るのだ。目一杯重くしても大丈夫だろう。
私は三人を帰して早速作業に取り掛かる。ボウガンを作るのは初めてなので何度か試作しなくてはならない。
「よし、やろう」
私は安めの木材と彫刻刀を手に、ウキウキ気分で作業を進めるのだった。
連載開始から2週間、そして本日10KPV達成です。
ありがとうございます。




