傭兵の戦略
実は、傭兵の新規作成はこれで終わりではない。
個人作成の傭兵には“戦闘思考”という育成要素がある。その設定を行わなければならないのだ。
初期設定のままでも戦えるがここの弄り方一つで、ピンチになればなるほど回復スキルを使わないヒーラーや、味方がダメージを負う様に動くタンクなどになってしまうある意味恐ろしいシステムである。
傭兵に限らずこの世界の戦闘をする住人は、少しずつだが戦闘を繰り返すことで有効な戦術を学習していく。効果のない魔法を使ったり攻撃を空振りすれば失敗として次から繰り返さない様になり、逆にこちらの損害が軽微な勝利をもたらす行動は成功として繰り返す様になる。
ここで問題なのが、何を“成功”とし、何を“失敗”とするかである。
普通の街に居るような衛兵や門番、そしてカナタさんのような既存の住人が傭兵になった場合などは自動で決まっているが、個人作成の傭兵はそれも最初に設定できるのだ。
例えばここで、ヒーラーの成功学習を戦闘終了時の味方全員の合計HPが多いことに設定。すると掠り傷程度でも無駄の多い回復を行ってしまうヒーラーに成長する。これでは長期戦でMPが枯渇してしまう。
そこで必要なのが失敗学習だ。戦闘終了時のMPの残量や、次の戦闘の成果を前回の戦いの結果と結び付けたりして、その辺りを調節させなければならない。
このように重要な要素であるので、ここで失敗してしまった傭兵を泣く泣く初期化して作り直す人も多いのだとか。
難しそうだが、実は後で調節し直せるからそこまで心配になる必要もない。傭兵はプレイヤーの話からも戦略の調節をしてくれるので、よっぽどのことでもない限りそこまで酷い状況にはならないらしい。
面倒だが初期設定のままで失敗したくない人向けに、キャラクター育成方針別のおすすめテンプレ設定などが攻略サイトには載っているが、実は同じ設定にしたとしても実際にどう育つのかはどんな経験を積んだかに大きく依存する。
ピンチに陥ることが多ければ慎重な戦術を、楽勝な戦闘ばかりしていると攻撃中心の戦術を好むようになっていく。慎重過ぎれば効率が悪く、大胆過ぎれば負け易い。この辺りも考えなければならないだろう。
私はシトリン、ショール、ラリマールの三人の設定を少しずつ調節していく。特にシトリンはヒーラー特化のような設定になっていたので、攻撃も視野に入れる様に調節する。あと一発で戦闘が終わるような時に悠長に回復されても困るのだ。
多分、こんなところだろう。攻略サイトを参考にパーティのバランスを考えながら行ったが、何しろ初の試みなので上手くいくかどうか自信はない。
私は設定の最終決定を押して、元の宿屋へと戻ってきた。
宿屋の女将が私を見るなりこちらに近寄ってくる。その表情は笑顔だが、私はまだ水しか頼んでいないことを思い出してちょっと後ろめたくなる。
いや、こういうイベントであって、別に接客しに来たわけではないのは知っているのだが。私はすっかり水になってしまった氷を口の中に流し込んだ。
「あんた、旅人だろ? 相当腕が良さそうじゃないか」
「そう、でしょうか」
「実はねぇ、今泊っている客の中に旅慣れしていない子が居てね、面倒見ちゃくれないかい? あたしどうしてもあの子たちが不安でさぁ……」
そう、私はこれからあの三人と出会うのだ。宿屋の女将の紹介で、傭兵たちの指導者、先輩として。
私は当然快く返事をして三人を待つ。女将がお代わりの水を持ってきてくれたのでそれを飲みながら。ちなみに水は10カペラ。無料ではないが、満腹度の足しになる。
宿の部屋がある二階への階段を、初心者装備に身を包んだ見覚えのある三人組が降りてきた。
あ、シトリンが躓いた。やっぱりあの子に医療兵は無理がある様な気がしてしまう。だってどう見てもドジっ子の類だ。
3人はカウンターで水を飲む私の前に立ち止まった。最初に口を開いたのはやはりというかべきか、ラリマールだ。性格設定自信家にしたからね。こういう時は先陣だね。
「貴方がラクスさんですわね。何でも、この私の指導をしてくださるとか」
「そうだよ。私がラクス。よろしくね」
「私はラリマール。よろしくお願いいたしますわ」
私はラリマールに挨拶してから後ろの二人を見やる。視線を感じたのかシトリンが前に出た。その様子はキビキビしているようにも見えるが、やはり何というべきか、硬い。
「自分はっ、えっと……シトリンです。ご指導よろしくお願いします!」
そう言って勢いよく頭を下げる。もう直角に腰を曲げ、最敬礼より深々と。そこまで畏まらなくてもいいと告げて頭を上げさせる。大丈夫かな、これ。
大丈夫かと言えばもう一人、私は興味なさそうな顔でそのやり取りを見るショールを見た。
「ショールです。よろしくお願いします」
「うん……」
彼女は問題ないとばかりに挨拶だけした。まぁやる気と実力は関係ないからいいけれど、それでももうちょっと何かないのだろうか。唯一まともなのがラリマールだが、彼女もどうなる事か。
私は気を取り直して、とりあえずサクラギ草原で三人の動きを見ることにしたのだった。
***
迷いの森。
私が初めて入ったダンジョンだ。ここの適正レベルは、位置の割りに結構高い。レベル3あれば十分と言われる草原から繋がっているのに適正レベル10のダンジョンだ。しかも敵の数が多いので適正レベル程度では囲まれた時に激しく消耗する、何気に高難易度のダンジョンである。
しかしそんな場所で、ゴブリンは炎に焼かれた直後に剣で喉を貫かれ、同時に頭蓋に矢が突き刺さって影に消えて行った。
戦闘が終わった直後、後ろから見ていた私をシトリンが振り返る。その表情はやはり不安げだ。
「ど、どうでしたか!? やっぱり自分が出しゃばりすぎでしょうか!?」
「落ち着いて……良くなってきたよ。とりあえずゴブリン一体くらいならあれでいいと思う」
傭兵の育成を始めてから20分ほどが経過した。私はチームで現れるゴブリンを一人だけ残して殲滅し、残った一体を3人に任せるという行動を繰り返していた。最初は草原で戦っていたのだが、如何せん敵が弱すぎて連携するまでもないのである。
レベルも結構上がってきている。もう全員5レベルだ。
そして重要な戦闘思考だが、結構順調に進歩しているような気がする。最初は連携のれの字もなかったが、戦闘が終わる度に私に悪かった点を聞いてくるシトリンのおかげで、毎回のようにデブリーフィングを行っている。それのおかげか、随分と戦略的な立ち回りになってきた。
私は彼女らの性格だけで不安になっていたが、戦闘技術と性格はあまり関係ないらしい。ショールもやれるだけやるの言葉通りに頑張っているし、ラリマールも自身の欠点を指摘されたら即座に直す。元から高度なモンスターくらいの戦略と戦闘技術を持っているとは言え、街に居る同レベルのプレイヤーよりよほど強くなってきたのではないだろうか。
私は三人の初心者装備をじっと見つめる。この森で戦うには不安が残る数値だ。
「うーん……一旦街に戻ってもいい? 三人の装備とか変えよう」
「装備……」
「攻撃の効率が上がれば戦闘が楽に終わります。その点では賛成ですが、手持ちはあまりありませんよ」
実は傭兵にもちゃんとアイテムのインベントリや所持金の概念がある。もちろん制作者ならば借りたり貰ったりということがある程度はできるが、彼女らもそれぞれ自由に自分のお金を使う。
そのため、制作者が用意しなくても、自分で装備を更新していってもらうこともできる。この機能は結構優秀らしく、プレイヤーのログアウト中や別行動中に安くて性能のいい装備が売りに出されると買いに行ったりもするらしい。プレイヤーの露店の品を買うこの世界の住人には、そういう傭兵も含まれているようだ。
しかし、そんな便利な機能ではあるが、私は彼女らの装備は全面的に私が用意することに決めていた。
「実は布装備とか一回作ってみたかったんだよね」




