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自分の輪郭<カナタ>

 それはとにかく巨大だった。

 陽光がキラキラと反射する広大な池。村の近くの泉とも、案内された時はあまりのことに目を見張った、城下町の美しい噴水とも違う。


「ここがモッコク湖ですね。広いなぁ……」


 案内してくれたラクスさん達もその光景に感動した様子だ。


「これが湖……向こう岸、何があるんでしょうね」

「向こうかー……ボートでも乗る?」

「ここ水生モンスターいるから船出せないらしいぞ。水中戦やる気か?」

「バッチリ水着の人いるし大丈夫じゃない?」

「水着じゃないよ!」


 3人が何かを言い合っている。彼らはあまり素性を話してはくれないが、昔からの友人らしい。こういう時、どう会話に混ざればいいのか分からない。


 私はラクスさんがくれた銀のネックレスを触り、彼女の言葉を思い出す。


 好きな物も、感動する景色も、嫌いな物も、恐怖する体験も、自分の中からは見つからない。


 あの場で初めてその言葉を聞いた時、ぞっとする気持ちになった。お説教するお婆様よりも、彼女のその言葉の方が何十倍も私には恐ろしかった。


 私は、私を知らないまま生きていくのが、どうしようもなく怖かった。

 あれを聞いて尚も平然としている姉弟が、何かとてつもなく歪な物にすら思えた。


 あの時フランさんがあれほど怒った理由も、泥団子さんが知りたかった事柄も、私は何も知らない。それどころか、私は“私が”分からない。

 美しい物は好きだと思う。でも何を美しいと感じるの? 神域の景色? それ以外は?

 思い出せるのは今日見た物ばかり。

 見渡す限りに広がる緑の大草原、そこに吹き抜ける風、初めて見る街の景色、キラキラと飛沫(しぶき)が輝く噴水、貰った雫のネックレス、そしてこの湖。


 彼らに連れ出して貰わなかったら、私はこれらに、これほどまでに心を動かされる私を知らなかった。


 もっと、もっと知りたい。世界中を見てみたい。感じたい。愛したい。


 私は風に煽られて波打つ水面を見下ろす。

 綺麗な色だ。ちょっと泳いでこの下も見てみたいが、モンスターが居るらしい。ただでさえ守ってもらっているのに、そんな我が儘ダメだよね。


「晴れてるから景色は綺麗だけど、水結構濁ってるよね。魚とか居るのかな」

「濁ってても魚は居るだろ。まぁここ砂浜だから釣りは無理そうだが」

「岩場なら釣り出来るの?!」

「竿がない」

「あ、私作ったよ。木製で“しなり”は悪いだろうけど」

「用意が良すぎる……」

「流石! おーい、カナタちゃん!」


 少し遠くでユリアさんが手を振っている。

 どうやら少し立ち止まってしまった私を呼んでいるようだ。私は足早に彼らの下へ赴く。


「カナタちゃん、ちょっと向こうの岩場の方行ってみよ。釣り竿だってさ」

「一本しかないよ?」

「……私魚も虫も触れないから泥団子やっていいよ」

「さっきのテンションどこに置いて来たんだよ」


 私達は砂浜を離れ、少し遠くの岩場までやってきた。砂から飛び出すようにゴツゴツとした岩が生えている。いや、砂に埋まっていると言うのが正しいのだろうか?

 その先は少し登坂になっていて、黒い大きな岩が丘のようにそびえている。そこに湖の波が当たり豪快な音が絶えず鳴っていた。


「砂浜終わりかー。綺麗だけど歩きづらいから岩場の方が楽かも」

「カナタさん、足元気を付けてくださいね。あと泥団子、本当に釣りするの?」

「いや別に釣りしたいとは一度も言ってないが」


 丘を登り切ると、そこからは湖を一望できた。向こう側の川や雑木林まではっきりと見渡せる。崖から下を見下ろすと結構な高さで、風の強さや波の音も相まって総毛立つのを感じる。


 しかし、そんなことを考えていたのはどうやら私だけ。他の3人は下を覗き込んでも至って普通の反応だった。


「あれだな、サスペンス劇場の身投げ岬」

「あれは海岸でしょ? それに意外と深そうで、飛び降りても大丈夫じゃ……」

「どーん!!」

「おわ!? おまっ」

「え!?」


 興味深そうに覗き込んでいた泥団子さんの背を、背後に忍び寄っていたユリアさんが思い切り押す。

 私とラクスさんは咄嗟に手を伸ばすが、その甲斐空しく泥団子さんの体は崖の下へと落下してしまった。


「ああ、ど、どうしましょう!?」

「あっはっは、大丈夫大丈夫。どうせあいつだし」

「さっ、ユリア! 心臓に悪いからやめて! おーい! 無事?」

「ぷはっ……死ぬかと思った……」


 落ちてから数秒後、泥団子さんは落下した場所から顔を出す。どうやら無事のようだ。こっちに手を振った後、ユリアさんに恨み言を言っている。

 それを見てユリアさんは大いに笑っているが、冗談でも止めて欲しいのに冗談ですらないのが怖い。この人フランさんと同じ部類の人間なんじゃ……。


 泥団子さんは崖の上に戻る道を探しているのか、左右に視線を動かした後に一点を見詰めた。何があったのだろうかと私とラクスさんは顔を見合わせる。


「おい、ここ洞窟があるぞ!」

「え!? もしかして私お手柄!?」

「……流石に調子に乗り過ぎだと思う」

「そっち行くから避けてよ!」


 ユリアさんは彼の言葉を聞くと、鎧を脱いで勢いよく湖に飛び込んだ。他人で安全確認してから飛び込むんだ……。

 そんなことを思っていると、左手が温かな感触に包まれる。

 さっきも感じた、ラクスさんに手をつながれた感覚だ。


 さっきはちょっと嬉しかったりもしたが、今このタイミングで手をつながれると言うことは……


「ネックレス、なくさないようにね」

「え、あ、ちょっと、やだ、まっひゃあぁああ!!」


 私の体は宙へと舞っていた。



 ***



 洞窟は暗く狭い。

 崖から水の中に飛び降りたのも怖かったが、これはこれで怖い。何だろうか、閉鎖感も先の見えない道も、さっきよりも大きく響く波の音も、何もかもが恐怖を掻き立てる。

 チラリとラクスさんを窺うと、彼女は興味深そうに奥を覗き込んでいた。


「うーん……何かしらは居るね。あんまり大きくはなさそう」

「マップの名前は“小魚の洞”……? どういう意味だろ?」

「まぁこういう名前って、意味もなくカエル山とか付けるからなぁ……。それよりまーたサイトに載ってない洞窟だぞ。俺たちどうなってんだ?」


 恐怖に慄く私とは対照的に、旅人の彼らはここの恐怖を気にする様子もない。いいや、それどころか未知を前にして進みたがっている。

 怖くないんだ、これが。


 私がそんなことを考えていると、ラクスさんと泥団子さんが私を振り返る。


「でも、今日はカナタちゃんがいるしなー」

「そうだね。何かあると不安ですし、今日は一旦……」

「ま、待ってください!」


 帰ろう。彼女がそう続ける前に、私は言葉を遮った。


「あの、進みましょう。私なら大丈夫です」


 私は震えそうになる声を必死に抑えて、そう言葉を続ける。私は見たいと思ったのだ。未知を。

 暗闇を前に怖気付いている場合ではない。彼らのような勇敢さを見習わなければ。


 ラクスさんはそんな私に不安げな表情を浮かべる。


「でも、ここは……」

「まぁまぁ! 私とラクス、それにいざって時の泥団子も居るし、何とかなるよ。それにカナタちゃんからの“お願い”、なんでしょ?」

「……なるほどな。一理ある。友人を崖から突き落として大爆笑してた奴とは思えねぇ」


 ユリアさんが私の肩を持つ。彼女は一番この洞窟を前にウズウズしていた。……多分、私の身の安全なんかよりも自分の心が優先なんだろう。

 でも、そんな思惑なんてどうでもいい。ここで立ち止まったら、また何も知らなかった私と同じになってしまう。


 先に、進まなければ。


「……はぁ。お願いの一部だって言うなら行きましょうか。奥まで」

「はい!」


 泥団子さんはラクスさんの言葉に頷いて、火の付いた松明を持つ。私にも一本くれた。不承不承という感じで頷いてくれた彼女に、私の胸は高鳴っていた。


「とりあえず隊列は切り込み隊長先頭に、真ん中にラクス、後ろは俺とカナタちゃんで。……いや、一番後ろは俺かな」

「この中で二番目に防御高いの泥団子だからね!」

「悲しいことにね。私もその並びで問題ないと思う。一本道なら後ろ二人一緒でもいいけど、分岐があったら一応後ろから来るの警戒してね」


 私達は未知の洞窟内部へと足を踏み入れたのだった。


評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。

今後も可能な限りこの更新頻度で行こうと思います。多分。

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