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案内

 翌日、サクラギの街へと戻ってきた私達は、試練の一族の末裔カナタさんを連れて観光をしていた。面子は、私と泥団子、そして土曜日になってようやく追試から解放され……夏休みの補習が決定したユリアである。

 ティラナとフランさんは、流石に別行動だ。それにナタネも同行している。多分スキルポイント集めとか、お金儲けとか……お金儲けはないか。


 カナタさんはサクラギの街の商業区をキョロキョロしながら進む。誰かにぶつかりそうな時は私が注意しなければならないだろう。


「人が、多いですね。シラカバの村しか見たことがないので新鮮です」

「シラカバの村もプレイヤー……旅人で溢れかえってた時期がありそうなものだが」

「あっただろうねー。リリース直後くらいに神域に殺到してただろうし」


 カナタさんが私達に求めたのは観光……神域の外の世界を見せて欲しいとのことだった。彼女は村と神域以外の景色を見たことがない。ずっと試練の役目やそれのための修行に勤しんできたそうだ。

 あの場に出てきたのは本当に私達の戦い方に怒ったからだが、願い事を強いて言うなら外に出てみたいと言っていた。彼女はあの神域以外では力の行使ができない未熟者で、護衛が居ないとモンスターが出るような場所には行けないようである。


 彼女は商業区の一際大きな建物を指す。


「あ、あれは何ですか?」

「サクラギ商会というお店屋さんです。覗いてみましょうか?」


 品揃えはシラカバの村とそう変わらないはずだが、私達はカナタさんを伴ってサクラギ商会へと入る。店内はいつも通りプレイヤーで混雑していたが、特別に混んでいるという様子ではない。

 しかしあちこちを見回すカナタさんは人の多さに驚いている様子だ。私は何となく不安になって彼女の手を握る。迷子にならないでね。

 カナタさんはびくりと体を震わせた後、私の顔と繋がれた手を見比べた。


「な、何でですか?」

「え、迷子になりそうだったから……」

「子ども扱いですか! もう!」


 顔が赤くなってそっぽを向く。怒っているようだが、手を振り解こうともしない。


 ……私の好感度、高いのかな? あの五人の中でも私と泥団子は彼女に拒絶される回数が少ない気がする。

 戦闘終了後から拒否されているのは、迷わず脅したフランさんと、宗教上の理由で受け入れられないらしいティラナ、そして何にもしてないのにちょっと避けられているナタネだ。


 もしかすると、戦いの中で闇属性の攻撃を使った回数かな? フランさんはともかく、ナタネは全部の攻撃が闇属性だったし、ティラナに関してはデバフが一応闇分類で、召喚呪術も基本的に闇属性だ。

 対して私は一回だけ、泥団子は一度も闇属性の攻撃を当てていない。まぁ確証はないので、そうだとでも思っておこう。


「……あ、これ……」


 装備品のコーナーから消耗品の棚付近を歩いた時、カナタさんの歩みが止まる。それに引っ張られる様に私も足を止め、その視線の先を探った。

 そこは消耗品の一番奥。あの懐かしの、私が直々に運び込んだ商品の棚だった。


「あ、贈り物……ねぇ、カナタちゃん、どれか欲しいの? 買ったげようか?」

「え!? そんな、貰えません。護衛までしてもらってるのにそんな……」


 ユリアのそんな提案にカナタさんは遠慮を示す。その棚には綺麗なガラス細工や美しい装丁の本、小さなオルゴールなどが置かれていた。


 あのミッション以降に新しく売り出された、NPC向けのプレゼントの棚である。NPCの好感度稼ぎに使える他、毎日のように贈り物をしているとお返しとしてミッション報酬のようなレアアイテムが貰えるそうだ。

 ちなみに非常に高いお金を出してホームを借りたプレイヤーには、普通のインテリアとしても人気らしい。このサクラギの街にそんなプレイヤー滅多にいないのだが。


 カナタさんは遠慮しているようだが、私は彼女がどれを見ていたのかはバッチリ見てしまった。……あれだなぁ。やったことないけれどVR恋愛シミュレーションゲームってこんな感じなのかな。


 私は棚から銀の首飾りを選択してお金を……高い。想像していたより5倍くらい高い。何の効果もないプレイヤーには装備もできないようなアイテムなのにここの武器よりこっちの方が高い。

 これを毎日買ってNPCにプレゼントする人、根本的に私と別のゲームをやっているのではないだろうか。


 私は多少躊躇しつつもお金を支払い、カナタさんにその銀のネックレスを渡す。雫のモチーフの中に青い色の宝石が埋まっている可愛いアクセサリーだ。


「え、その……頂いていいんですか……?」

「もちろん。今日の記念に……あ、そうだ。まだ時間ありますか?」

「あ、はい……」


 このネックレスを見ていて少し思い付いたというか、思い出したことがあったのだ。

 他の二人にも時間があるかを聞いて、貸し馬屋へと向かう。彼女は外の世界を見に来たのだ。都市の風景だけではなく、もっと広大な景色も思い出になるかもしれない。現に何もない草原でさえ感動した様子だった。シラカバの村にも神域の森にも開けた景色というのがなかったからだろう。


 私も話だけは聞いているが、実際に行くのは初めてなのでちょっと楽しみだったり。



 ***



 馬で駆ける事しばらく。二つの村を超えて更に道なき道を進む。林に入ってからは徒歩だ。出現モンスターが取るに足りない雑魚ばかりなので最短ルートを進んでいく。

 しかし私達には雑魚でもカナタさんにとっては怖いのか、モンスターが出る度に震えていた。神域の蛸の方が何倍も怖いと思うのだが、あそこのモンスターは彼女らの一族を襲わないそうである。この世界では街道を歩いているとモンスター出ないこともあってか、ほとんど見たことがないそうだ。


 私は猿のようなモンスターを一刀のもとに斬り捨てて先へと進む。そんな私の姿をカナタさんは酷く感心した様に見つめていた。


「お強いのですね……驚きました……」

「いや、神域の狼の方がよっぽど俺たちより強かっただろ……」

「あ、あれは私の力ではなくて、光の神様のお力ですし……それに、私なんかより弟の方が出来がいいので……」


 カナタさんのその言葉にユリアだけが首を傾げた。

 私は、あの森を出る時の出来事を思い出す。




 私達二人はこのミッション、つまりはカナタさんの案内を開始する前に、シラカバの村にあるカナタさんのご実家にお邪魔していた。カナタさんの一族は試練を与える役割を代々受け継いでいる。勝手に外出などできないのだ。

 家にはカナタさんの祖母と姉、そしてまだ小さい弟が住んでいた。


 お婆さんは小さい頃から孫たちに修行をつけ、そして三人の中で最近は特にカナタさんに試練の役目を任せていたらしい。前は三人が交替で試練の役目を果たしていたらしいが、ここのところはずっと。

 当然、外出の許可を出すのはそのお婆さんである。


『その、外出の許可をいただきたいのです……』

『何故だ。わたしは森での役目を果たせと言ったはずだが』


 意外に若いお婆さんの眼光は鋭い。カナタさんを見るその表情は、怒っているようにも見定めているようにも見えた。

 対してカナタさんは役目を放り出す後ろめたさの所為か、委縮していた。


『見分を広めることも大事だと……』

『では聞くが、あの試練をなぜ行うのか分かるか?』

『それは……』

『それすら分からぬ者が外に出て何になる』

『……』


 この人は知っているのだろうか。

 あの試練が何なのか、なぜプレイヤーがあの試練に挑みたくなるのか、乗り越えるとどうなるのか、天上の木とは一体何なのか。

 聞いてみたい気もするが、この機会を逃せばこの家には無断で入ることができないし、今は聞ける雰囲気でもない。


 それに、私はちょっと腹が立っていた。卑怯者の戦いだと罵られたことは、フランさんが怒ってくれたし、それほど気にしてはいなかった。あの作戦は大体私が立てた物だということもあるかもしれない。


 しかし、碌に教えもせずにただ自分で見つけ出せと閉じ込める。それに何の意味があるだろうか。

 だからだろうか。私がつい、そんな家族の会話に割り込んでしまったのは。


『外に出れば、自分の輪郭が分かります。それは見慣れた場所、いつもの行動では決して見つからないものでしょう』

『ほう? 随分口の回る旅人だな。部外者は……』

『自分の好きな物も、感動する景色も、嫌いな物も、恐怖する体験も、全部外に出て感じてきた物ばかりです。自分の中に“自分の輪郭”を見出すことはできない。

 もちろん、そんな物を知らなくても生きていける人間もいるでしょうけれど、そうではない人もいる』


 有体に言えば、旅とは、未知を知るとは、自分探しに他ならない。それを見た時自分はどう感じるのか、他人とはどこが同じでどう違うのか。自分の部屋で独り俯いていても決して分からないこと。


 自分がどういった存在なのかと正確に知れば、それだけ高みを目指していける。長所を伸ばすのも、欠点を直すのも、自分の機嫌を取るのだって自分の輪郭を知っていかなければならない。

 大抵の人間は無意識に知って、無意識に行う行動だ。今日は頑張ったから好物のプリン食べるとか、嫌いなテレビ番組は見る前から除外するとか、そういう話。


 私の場合、自分という劣悪な存在を思い知らされるのは、酷い苦痛を伴う物だったが。


 俯いていたカナタさんが顔を上げる。


『お婆様……私は外が見たいのです。試練の意味も分かりませんが、今は新しい事が知りたい』

『はぁ……妙な旅人に感化されおって……』

『いいえ、自分の意志です。私は今までそれをずっと感じていました。それにようやく気が付いたのです。何も知らないままじゃ嫌なんだと』

『それを感化されたと言うのだ、馬鹿者め。……お前はどうしようもなく父親似だな。勇猛で思慮深い狼には程遠い。まだ見ぬ空へと羽ばたく愚かで小さな小鳥だ』


 お婆さんは深いため息を吐くと、部屋の奥から一本の杖を持ってカナタさんに差し出す。


『今日からお前は破門だ。試練の役目は他の二人に任せる。どこかへ行くのにわたしの許可は要らんよ。……本当にお前には敵わん。まさか、試練について何にも気付かずに出ていくとは思わなかった』

『ごめんなさい……』

『いい、いい。どうせ正式な後継者は弟だ。お前はこのままいけば弟の補佐、楽しくはないだろう』

『あの、すぐ帰ってきますから』

『別に何日帰ってこなくても構わん』




 そして、カナタさんは弟や姉にちょっと外出すると言って家を飛び出した。私はお婆さんに呼び止められてちょっと頼み事をされたりもしたが、あれはどうなる事やら。


「あ、ねぇねぇ! 見えて来たよ!」


 ユリアの声に視線を上げる。

 木の間から見えたのは陽の光を美しく反射する水と白い砂浜。耳をすませば波の音が聞こえてくる。


 そう、海。

 ……ではない。ここは湖である。


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