試練の先に待つ者
「私は、あなたがたの試練達成を認めません。あんな……ひぃっ! ちょっと!?」
「あ、敵かと思った」
突然大木の方から現れた女性に対し、フランさんのライフルが火を噴いた。……下ネタではない。純然たる事実として、である。
「流石にそれは……」
避けたのか当てる気がなかったのか分からないが、弾丸は幸い彼女に当たることはなかった。しかしファーストコンタクトはおそらく最悪の類である。好感度とかあるんだから……。
彼女のアイコンは紫。ミッションを依頼してくるタイプのNPCである。
しかし、この神域の森にNPCが居ると言う話は信憑性の薄い噂程度であり、ミッションもあるのだかないのだか分からないと言う話だった。それがこうして現れたというのは、どういうことだろうか。
フランさんも流石に悪いと思ったのか、彼女に頭を下げる。え、待って、今何で銃に弾込めたの? どうして?
「ごめん、要件は何?」
「えっえぇ。話、話し合いをしていたのでしたね。いきなり殺されかけて驚きましたが、私話しかけただけなんですよね」
「……要件は?」
何でフランさんそんな気が早いの? 怖いよ。やめて、撃鉄で威嚇しないであげて。
私はフランさんの腕をそっと下げさせて、名前も知らない彼女に話の先を促す。余程怖かったのか、彼女はフランさんの事をチラチラ確認しながら口を開いた。NPCって殺傷できない設定らしいけど、ダンジョン内部だとどうなるんだろうな……。流石に試す気にも、試させる気にもならないが。
「その、私はカナタ。天上の木の下で、神の試練の監督を行っている一族の者です。ここで旅人が試練を克服してくのを何度も見ましたが、あなた方の戦闘は目に余ります! ここが光の神のおひざ元で、勇猛さの証明の場だと知っての狼藉ですか!」
何のことだと私達は顔を見合わせる。そういえば最初にも試練達成とかなんとか言っていた気がする。突然の銃声でほとんど忘れてしまったが。
そんな彼女だが、話している間にフランさんのことは忘れてしまったのか、怒り心頭に発するといった面持ちで私達を非難する。
「あの狼は勇猛さを自らが示し、ここへ訪れる旅人にそれを証明させる存在です! それなのにあなた方ときたら何なんですか! 無様に逃げるばかりで勇猛さの欠片も見せはしない! 仲間を守るために私……じゃない、狼の攻撃を受け止めたりだとか、咄嗟に庇ったりだとかしなさい! 遠距離からチクチクするか背中を斬るかばかりの卑怯者! 全員闇使いというのもあって鬱陶しい限りです! 何度ブチ切れそうに……じゃない、狼さまもお嘆きになっていますよ!」
と、そのような事を捲し立てる。内容はどうやら私達の戦い方が試練の内容にそぐわなかった、という話らしいがそれよりも……
今、とんでもない事言わなかった?
「え、あの狼って、カナタさんなのですか?」
「違いひぃッ! そうです! 私が先祖代々伝わる魔法で操ってました!」
誤魔化そうとしたが、フランさんが銃口を向けるとあっさり秘密を暴露する。そんな裏設定があったんだなぁ。
話をまとめると彼女はここで試練を与える係だけど、私達の戦法が卑怯千万に感じて怒っている。ということだろうか。
「ちょっと相談してもいいですか?」
「え? 何の話……銃向けないでください!」
私達は珍しく怒っているフランさんを除いて四人で声を潜める。女子に囲まれた泥団子がちょっと嬉しそうなのは気のせいだと思いたい。
「どう思いますか?」
「どうって……何かのフラグ踏んだとしか……」
「多分、私達の被弾がゼロだったから怒ってる」
「あ、そうなんですか……?」
「俺たちヒーラーの仕事まったくしてないもんな。多分今回、全員一回もダメージ受けてないぞ」
ガード削りは対人戦の時だけだし、他の人は分からないが確かに私は被弾しなかった気がする。ついでに全員闇属性の攻撃方法を持っていることもトリガーなのかもしれない。そんなことも言っていた。
ここのボス一回倒すと再戦できなくなる上に、落とす素材も神域の森にいくらでもいる守り人と同じだ。ただ怪しい匂いがするのと、NPCが居るらしいという噂だけの場所。
ノーダメージクリアを目指す人は少ないだろうし、闇属性の攻撃方法は意外とレアだ。私達のようにメッタメタに対策したくせに、前衛にタンクが居ないというバランスの悪いパーティ構成は非常に珍しい事例だと言えるだろう。
私たち以外にこのイベントを起こした人が居ても、真偽不明の噂くらいにしかならなかった可能性は高い気がする。再現性が低すぎるのだ。
予想外の展開だが、彼女に色々と聞いてみてもいいかもしれない。脅した……話した感じ、結構情報を教えてくれそうな雰囲気だし。
4人の話し合いはそんな結論に達し、まずはティラナがカナタさんに質問をした。
「天上の木って何?」
「……」
「あの」
「光の一族たる私は、邪神の使いの言葉など聞きませーん」
「は? *****なの?」
ティラナの発言がNGワードに引っかかって規制音が鳴る。ゲームのNPCにあるまじき行いだが、職業が邪神官であるプレイヤーの発言は徹底的に無視されるらしい。
ならばと祓士の泥団子が質問役を代わる。こっちは光の魔法使いなので聞いてくれるだろうという判断だったのだが……。
「あのさ、質問していいか?」
「何ですか。光の使いの端くれでありながら、闇の杖を持つ裏切者」
「……まぁ聞いてくれるならいいけど。天上の木って、具体的には何なんだ? いくつかあるみたいだが……」
「あー……えー、哲学的な質問ですね。ちょっと返答に困ると言うか……」
哲学的かな? 宗教哲学? さっと答えられる初歩的な質問だと思うのだが。
しかし、彼女の様子が明らかにおかしい。
「もしかして、知らないのか?」
「は!? 知ってますけど!? あれ、あれですよ! 神様の……何か」
「……」
「……」
「……じゃあ質問を変えるか。試練は何のためにあるんだ?」
「試練? ここの試練は勇猛さを神様に示すための……」
「示すと何がある?」
「へぇ!? な、何がって……その……認めてもらえる、んですかね?」
……雲行きが怪しい。もはや銃口は彼女の方を向いていないのに、誰かに攻撃されている様に慌てている。
ちなみにフランさんは飽きたのか、さっきから私の髪の毛を弄っている。髪留めか何かがないと、三つ編みとかしてもすぐ解けちゃうと思うけど。……いやこれ三つ編みですらないな。
「カナタ、お前はここについての何を知っているんだ?」
「こ、ここは……、光の神様のおひざ元で、試練の……」
私はフランさんに三つ編みのやり方を教えながら、話し合う二人の様子を窺う。
根気良く泥団子が情報を聞き出そうと頑張っているが、対してカナタさんは今にも泣き出してしまいそうな様子だ。どうやら本当に何も知らずにただただ役割を熟していたらしい。見た目は大人っぽいが、想像以上に子供っぽいというか何というか……。
「……あー、楽しい話しようか。趣味とかあるか?」
「ない……ずっとこの森にいるから……」
泥団子はついに万策尽きたと言わんばかりに両手を上げて帰ってくる。もうちょっと頑張って欲しかった。
ナタネに視線で問うが、首を振られる。仕方がない。私が行くか。
「その、カナタさん。何か、困っている事とかありませんか?」
「困っている事……?」
「私達に頼みたい事とか、相談したい事とか、あの戦いのここが納得いかないとか……そもそもどうして私達に話しかけてきたのかとか、そういう話です」
彼女の頭上のアイコンは紫だ。
これはあの時のサクラギ商会のジロさんと同じ、今プレイヤーに頼みたいことがあるという証である。ミッションが終了したり、とりあえずプレイヤーの誰かに依頼をすれば緑に戻る。ちなみに、ミッションを受けたプレイヤーには該当するNPCに紫色の特別なアイコンが表示される。
彼女が情報を一切持っていないということはあっても、流石に悩み事がないと言うことはないだろう。
私達は彼女の言葉を待つのだった。




