闇の舞台
杖を携えた狼が円形のフィールドの中央に現れた瞬間、私はナタネの下へと駆けた。
ここからは連携が重要になってくる。お互いの距離は近い方がいい。
まずは狼が吠え、光の玉を纏う。近距離に近寄ると爆発して結構なダメージを与える魔法だ。サイトを見る限り使用頻度は低いらしいが、現状これが一番厄介だ。
「フランさん、お願い!」
「任せて」
爆発範囲外からのナタネの攻撃に狼が少し怯む。私も奥の手を使うとしよう。
私は弄月の柄に結び付けられている美しい布の端を持つ。この布は弄月を彩る美しい装飾であり、いざという時使う裏技でもある。
私は布を持ったまま狼に向かってそれを振った。
布の分だけ伸びた弄月が狼の体にカツンと当たる。軽微だが確かにダメージは入り、狼がこっちを見た。
デバフが解けた狼は、さっきとは比べ物にならない速さでナタネに接近する。そうはさせないと私は弄月を振り回して狼にダメージを与え続けた。
刃の部分がまともに当たらないのでダメージ量は少ないが、遠心力と重さで衝撃自体はそこそこだ。狼は速いがノックバックするならナタネは逃げられるだろう。
ナタネは私の周りを逃げながら、距離が縮みそうな時にだけ勢いを目一杯つけた攻撃を繰り出す。
そして素早い狼の動きが一時的に止まった瞬間、フランさんの銃声が響き渡る。それを合図に私とナタネは全力でその場から逃げ出した。
フランさんが撃ったのは狼ではなく光の玉。光の玉は爆発範囲に誰も居ないにも拘わらず爆発し、狼の足を止める。
その隙にティラナの“召喚呪術・妄執”が発動する。彷徨える魂を呼び出して攻撃させる魔法だ。半透明の、人型かどうかすら判然としない“何か”が現れて狼に襲い掛かるが、一撃で返り討ちにされてしまった。
その魂は攻撃を受けると簡単に倒れてしまう程に弱い存在だが、自分を倒した存在を呪う。具体的には闇属性の継続ダメージを与える効果がある。
ついでとばかりにティラナは毒の霧も発生させ泥団子も光の魔法を使うが、こちらはあっさりと躱されてしまっていた。
狼はレーザー光線で一度私達を牽制すると、今度は勢いよく飛び出してナタネに迫る。逃げ出したナタネを追わせまいと、私はしっかりと握った弄月を狼の首元を狙い振り下ろした。速いが自分が追われていなければ何とかなる速さではある。
それと同時にフランさんの弾丸が狼の胴体を貫いた。
私は僅かに怯んだ狼を追撃し、狼の双眸がはっきりと私を捉えるのを感じる。
ゾクリとするその感覚に喜びながら、迫る牙を左下へと躱す。ついでとばかりに弄月でその腹を撫でてやった。
同時に、私は左手を絡繰夜桜へと伸ばす。
私のサポートのためにナタネがこちらに駆けている。範囲内には三人。使うなら今だろう。
狼は空中で華麗に身を翻して着地すると、私の予想通りに杖を上へと放り投げた。
フランが範囲外へと逃げていくのを確認してから、私はこっちへ来たナタネを抱き寄せる。そして絡繰夜桜を展開した。
杖を中心に光が降り注ぐよりも早くその日傘は開かれ、浄化の光を遮ってしまう。
しかし、脅威がすべて消えたわけではない。杖を捨てた狼が猛然とこちらへ向かって来ていた。
私達は傘の影から出ない様に、しかし可能な限り足早に範囲外へと逃げ出す。それをサポートするように、闇の弾丸が三発。今度は寸分の狂いもなく全弾が弱点である喉元に吸い込まれていった。
逃げる私達の追撃を止めて、フランさんへと突撃しようと向きを変える狼。
それと同時に宙に浮かぶ杖に、光の矢が突き刺さった。泥団子の魔法攻撃が杖を弾き飛ばして浄化の光を止める。彼の光属性の魔法攻撃は闇の杖のせいで悲しいことになっているが、空中の杖を弾くくらいならできる。
弾かれた杖が光の粒子と共に消えて、その痛みに耐えかねたかのように狼がダウンした。私の目の前で。
ダウンとほぼ同時に獣殺しの呪弾が弱点に命中するのを見てから、私はありったけの攻撃スキルを狼の弱点に叩き込む。みんなで一緒に総攻撃だ。
伏せているので微妙にスキルが当たらないという災難もあったが、ダウンから起き上がった直後に、ティラナの拘束も入ってかなりのダメージを叩き出す。
しかし、杖を銜え直した狼はついに拘束を振り解くと、一番近かった私に跳びかかった。
それをその場に崩れ落ちるような動きで避けると、私は声を張り上げた。
「やります!」
事前に伝えていた通り、私以外の全員が狼から距離を取る。
私は、観客に気楽な挨拶でもするように、大仰に腕を広げて礼をする。
それと同時に周囲に闇が落ちた。
その中で照らされているのは私一人。
これは属性舞の最上位に位置する内の一つ。名を“宵闇の一人舞台”。
狼が舞台の主役とばかりに照らされる私に、鋭い爪を振り下ろす。
私は暗闇から現れるその爪を大袈裟に、魅せつける様に、舞う様に躱す。
続くその顎には、流れる様な挙措で弄月を叩き込んだ。
弄月の直撃を受けた狼が、今までにない動きで大きく怯む。
この宵闇の一人舞台はとても特殊なスキルである。その効果や仕様は煩雑とまで言えるかもしれない。
まず最初の効果は、闇のステージの上に居る自分以外の存在に継続ダメージを与えるというのが一つ。一応メインとなる効果で相手のHPをガリガリ削る。
次にノックバックの激化。さながら演劇の殺陣ような、鋭い立ち回りができるようになる。
そして、敵も自分もステージの外の様子が分からなくなる。モンスターなら自発的に外へと出ない。プレイヤーなら闇に包まれて外が見えなくなる。
これらがメリット、もしくはメリットとなり得る効果。
デメリットは、自分の位置は常にスポットライトで相手に伝わり、そしてこちらからはかなり敵が見づらい。それでもうっすらとは見えるし、近付けば私のスポットライトの照返しで見やすくなるが、複数の敵の動きを同時に見るのは至難の業だろう。
発動条件は、ステージとなる範囲に味方が居ないことと、一定値以上のMPを持っている事。スキル使用中はMPが徐々に減っていき、無くなると効果が終了する。他にも、ステージの上への味方の乱入、発動者へ攻撃が当たる、敵が全員倒れるなど様々な終了条件がある。
その他にも、内部へ味方は一切攻撃できないだとか非常に色々と細かい仕様が存在するようだ。
属性舞の中でも珍しい“直接的な攻撃スキル”ではない効果のスキルであり、発動中に自由に動けるのが最大の利点だろう。
つまりは名の通りに、踊り子の一人舞台とするためのスキルなのだ。
観客から見えない怠惰な役者は闇の中で息絶え、スポットライトを奪おうとする悪役は主役の剣の前に倒れる。そういうスキルである。
私は狼と対峙する。
隙を窺う狼に対し、私は自然体で構えていた。このスキルのいい点は、相手が時間稼ぎや無駄な行動をした分だけこちらが得をする点だ。私は、焦って攻撃してきた敵をいなしてやればいい。
それに加えて、ノックバック強化があるので十分な速度で連撃をすれば一方的に攻撃できる。一瞬の油断で無駄になるとはいえ、ノックバックするモンスターとの一騎打ちならば、かなり強力なスキルと言えるだろう。
私は狼の攻撃を舞う様に避ける。
それは本当に、殺意を向けられたダンスのよう。熱いような冷たいようなその感覚に、身体が悦ぶ。
避け、斬り、いなし……。
どれだけの激しい、楽しい、殺意のぶつけ合いが夢のように過ぎていっただろうか。私はついに、限界が近い狼と最後の睨み合いをしていた。
ああ、これで最後なんだね。
HPなんて見なくても分かる。このステージには流れがある。これがラストシーンだ。
今までで一番の興奮と緊張感の中、狼が私に向かって飛び掛かり、
私はそれに合わせる様に剣を振るった。
闇のステージが晴れていく。私の舞台も終幕だ。
私は光の粒子になって消えて行く狼を見送る。
そして、仲間たちを振り返るとそこには、
思い思いの格好で思い切り寛ぐ、見知った姿があった。
「……もうちょっと緊張感があってもよくないですか?」
「いやー、マジでやることなくて暇なんだよな。このスキル」
そりゃそうだろうけど。せめて立ってて欲しかった。泥団子なんて寝てるし。
「暇というか、見ごたえはあったかなぁ。映画見てる感じ」
「動画撮ったよ、後で見る?」
彼らはそれぞれ服を払いながら立ち上がる。何はともあれ、これでここのボスは討伐完了だ。試練が何なのかは分からないが、後は木でも見て帰ろう。
「まだヒーラーの仕事してない……」
「俺なんてほとんどやることなかったぞ。味方が強いとヒーラーは暇だよなー」
そんな一件落着という和やかな雰囲気の中、その声は響いた。
「私は、あなた方の試練達成を認めません」




