勇猛の試練
私達と狼の戦闘は中盤に差し掛かろうとしていた。
私は突進してくる狼を左に避け、すれ違いざまにその首を斬る。黄色エフェクト。弱点だ。
それとほぼ同時に、ナタネの陽炎が、フランさんの弾丸が弱点である頭蓋に叩き込まれた。特にフランさんのその弾丸は獣を殺す呪いの弾丸である。
私はフランさんの驚異的な反射神経と読みに舌を巻く。
常人が今のタイミングに合わせるならスキルではなく通常攻撃だ。なぜなら魔銃使いのスキルは咄嗟に出せるような代物ではなく、必ず“特殊な銃弾を装填し発射する”までがセットになった動きだからだ。準備から発射までのラグはプレイヤースキルによって短縮されない。
つまり彼女は、突進を予見した上で私の避けるタイミングにも合わせるという行為をさも平然と行っているのである。
しかし、狼はそれらの攻撃を気にすることもなく私の追撃を開始する。
この狼、“神域の試練・勇猛”は攻撃のノックバックに耐性がある。重い敵や大きい敵にはありがちだが、このサイズでは珍しい。名の通りの勇猛さだ。
動きが速いのもあって最初は驚いたが、この手の敵は“相手に合わせる”を徹底すればいい。後出しじゃんけんで勝ち続ければいいだけである。
私を追った狼の体が突然止まる。
「拘束入った!」
狼は右後ろ脚を何かに掴まれ、振り解こうともがく。
邪神官の足止め用のスキル、“召喚呪術・嫉妬”。地面から何者かの手を呼び出して相手の動きを封じる魔法だ。
当然掴まれている箇所以外は自由に動くが、相手は四足の獣。移動できないならばほぼほぼ無力だ。
私はスキルを選択すると、激しい回転斬りを行う。私の周囲に生じた無数の風の刃が狼の体に傷を刻んでいく。
現状最大火力のスキル“旋風の舞”である。どうも弄月の風属性と相まってダメージにボーナスがつくらしい。
フランさんの弾丸や、ナタネの鞭スキルも動かない狼に追撃を加える。あちらからは弱点ではない背面への攻撃なのでいつもより低いダメージ量だが、狼はそれに反応して大きく仰け反った。
見れば狼のHPが半分を切っている。
「パターン変わるぞ、気を付けろ!」
泥団子のその言葉に答える様に狼は大きく吠えると、体から光を放つ。狼の体が完全に見えなくなると同時に、ふっと光が消えた。先程まで狼がいた場所には何もいない。
私は戦闘エリアの中央、最初の位置を振り向く。そこには姿を変えた狼がいた。
光り輝く勇ましい狼は、木でできた一本の杖を銜えている。
「デバフ消された! かけ直すまで気を付けて!」
狼がそんなティラナの声をかき消すように吠えると、狼の周囲に光の玉が現れる。そして先程とは比べ物にならない速度で駆け出すと、光の玉もそれに追従した。
「敏捷性低下かかるまでは防戦でいいかな?」
「というか、それしかなくない?」
私はナタネとそんな言葉を交わす。ティラナのデバフ待ちを決め込み、狼を待ち構えた。
狼の爪を弄月で防御しつつ、避けるように体をそらす。それと同時に光の玉が輝き、
あ、これ不味いか。
私は全力でその場から飛び退く。それと同時に光の玉が炸裂し眩い閃光が放たれた。
狼の追撃を気にしない強引な移動で地面が近づくが、何とか受け身を取って体勢を素早く整える。あの爆発、掠っただけでHPが七割持って行かれた。……装備のせいで魔法耐性もないからな、私。
泥団子の回復を受けつつ、フランさんとナタネが気を引いている狼に向き直る。あの光の玉が出たら近付けない。
少し狼の動きを観察すると、どうやら遠距離に対してはゆるく追尾するレーザーなどの光の魔法で対応しつつ、隙があれば近接戦も仕掛けてくるという作戦のようだ。近距離一辺倒だったさっきとは動きがまるで違うが、今度は逆にノックバック耐性がないようで攻撃を当てると行動を中断させられることがあった。
「うーん。ごめん、敏捷性っていうか能力値低下かからないかも……」
「嘘ぉ!? これずっと相手するの!?」
ティラナの言葉にナタネが叫ぶ。ハヤブサは基本的に自分より動きの速い相手は苦手だから仕方がない。
私は二人に任せていた狼の目前に迫ると、“雷の舞”を発動する。素早い斬り上げと回転斬りが狼に直撃する。私の攻撃後の隙はフランさんが狼に“獣殺しの呪弾”を撃ち込むことで対応してくれた。
ノックバック耐性がないなら、多少のゴリ押しの方が安定するだろう。何せ動きに合わせようにも速過ぎて安定しない。
とにかく攻撃を当てることに注力して、フランさんに向かおうとする狼の足を斬り付ける。わずかにズレた跳躍の軌道を読み解くように、フランさんは紙一重で狼の攻撃を避けた。
「くっ……」
しかし、あの距離ではその後の追撃は避け切れないだろう。
私は狼の後を追って追撃を阻止するべく剣を突き出すと、それに反応した狼は杖で弄月をいなして見せた。読まれていたのか?
咄嗟に左脚を踏み締めて体勢を整えるが、狼の方が早かった。
狼は大きく振りかぶり、真上へと杖を放り投げたのだ。
何が起きるのか警戒しつつも、私は迫り来る狼の牙を弄月で受け止める。
その時、投げられた杖が空中で静止し、暗いはずの頭上から光が降り注ぐ。それはあまりに穏やかな光で、見ればわずかに狼の体力が回復していた。
私は左の弄月で斬り付けるが、狼はそれを気にすることもなく突撃を敢行する。
杖を投げるとノックバック耐性が復活するのか。
私は一度距離を取ろうと地面を蹴ったその瞬間、体から力が抜けて地に伏した。
あれ?
そう声を出したと思ったが、実際には出ていない。これ、死んだの? どうして……。
システムログを呼び出すと、どうやら“浄化の光”という魔法でHPが尽きたらしい。視線だけで状況を探ると、フランさんも同じように倒れている。ログには二人以外が倒れた旨は書かれていないので、他の3人は生き残っているようだが……。
突然体に力がみなぎり、暗かった視界が元に戻る。どうやら誰かが復活薬を使ってくれたらしい。
とにかく距離を取らなければと思い立ち上がるが、復活すると同時にガリガリと減っていく自分のHPバーが目に入り、私は一歩進んだ地点で再び倒れた。
あ、無理だこれ。
ログには再び浄化の光の文字が浮かぶ。とうやらあの杖の周辺に出ている光は狼を回復させるだけでなく、私達に継続ダメージを与えるらしい。少なくともこの光がなくなるまでは復活は無理か。
どんどんと視界が暗くなっていく。復活受付時間が残りわずかだ。今回はダメだったか……。
ついに、私の命のカウントダウンが終了し、視界は闇に閉ざされた。




