天上の木への道
翌々日、私達は難しい顔をしたマツメツさんの前で、銃の出来栄えを確認していた。
ちなみに今日もユリアは居ない。追試が終わらないらしい。追試に合格できなかったら夏休み補習らしいが大丈夫なのだろうか。
私はフランさんに譲渡された銃を横から見る。
勝負師の拳銃はその名に反して銃身が大きく伸び、片手で扱うには難しい大きさと重さになっている。銃口の下部には指定した通りに刃が取り付けられていた。数値的にもしっかり指定した重量と威力だが、作者は何だか納得していない様子だ。
「性能は十分だと思いますが、何か不満でもあるんですか?」
「ん? ああいや、まぁ……不満っていうか、本当にあのサイトの通りにやっただけだから釈然としねぇっていうか……何だ、自分で色々工夫してみたくなっただけだ。気にしないでくれ」
「気にしない。ありがとう」
「……もうちょっと言い様ってもんが……」
フランさんは彼にお礼を言って料金を支払う。一文無しだったのにどうしてと思うかもしれないが、何せこの人、賭場に行くだけで儲けられる体質の持ち主である。
なぜか昨日は不調だったが今日は絶好調で、換金用アイテムをガンガン交換、NPCショップに売却していた。……今のチップ数は怖くて聞けない。
現金はあまり持っていないが、総資産は私の比ではないのは確かだろう。
ちなみに最高額景品である“勝負師のドレス”は賭場では有名アイテムらしく、あの場所だけはフランさんは私より視線を集めていた。街中の視線に慣れてきた私から見ても結構な注目度で、ちょっと羨ましい。
マツメツさんと別れた私達は、レンタル鍛冶場の前で待っていた3人と合流する。
最近よく会うナタネとティラナと、泥団子の男三人組だ。ちなみに泥団子は二人に詳しくないので、夢のハーレムパだ!と浮かれている。すまない泥団子。男性率は半分を超えている。
泥団子は張り切ってリーダーシップを、取ろうとしているのかは分からないが、全員そろったのを確認すると最初に口を開いた。
「さて、今日は5人。この作品だとこれでフルパーティだな。……確認なんけど、全員の武器と職業聞いていいか?」
「杖持ち邪神官」
「鞭のハヤブサだよ。弓も使えるけど、最近はモンスター相手にも鞭使うからエイム落ちてるんだよね……」
「知っての通り、双剣の踊り子」
「射手……のレベリング昨日終わったから、今日から魔銃使い」
「で、俺が祓師と……うん、バランス悪すぎないか? 何で今日に限ってユリアの奴居ないわけ?」
うん。御尤も。
邪神官と祓士はどちらもヒーラー。邪神官はデバフも使える……というか僧侶の味方へのサポート系の魔術を、相手へ妨害系魔術にしたような職業だ。魔法攻撃は少ししかできない。僧侶よりマシという程度。
祓士は僧侶より多少マシな攻撃力の職業なので、かなり似ている。というかバフとデバフの役割分担以外もろ被りである。
鞭持ちのハヤブサは中衛、魔銃使いも中衛。こちらは逃げつつ相手を殴るのが役割だ。場所を圧迫しない火力の足しだったり、ソロでの立ち回りが得意な職業で、当然火力は専門のアタッカーには及ばない。
前衛は踊り子一人。紙耐久なので壁に守ってもらってようやく実力を発揮する珍しい前衛職である。火力はそこそこあるが、物理と魔法両面なので専門のアタッカーにはこちらも及ばない。
端的に言ってバランスが悪い。4人も魔法攻撃できる人が居るのに誰も特化じゃないし、前中衛は全員紙耐久。装備の関係で一番レベルが低いはずのフランさんが一番防御力が高いという始末である。
そして、バランスが悪いが故に頭の痛い問題が一つある。
「一番面倒な問題なんですが、誰が後ろのヒーラー二人を守りますか?」
「……」
「……え、嘘だよね? 守ってくれるよね?!」
……可能な限りの早期殲滅で。先制的自衛という奴である。
***
「無理だから! これ無理ひえっ!? 今顔弾丸掠めたよね!? フランちゃん俺の事嫌い!? 俺死ぬよ!?」
「うるさい……」
神域の森深部。澄んだ空気とは対照的に、敵も強く数も多いので包囲されることが非常に多いダンジョンである。
ちなみにレベルは私と泥団子が適正レベル丁度、ティラナとナタネはちょっと下、フランさんはずっと下である。ただフランさんは課金で種族と職業の経験値ボーナスを貰っているので、どんどんレベルが上がっている。
バランスは悪いがフルパーティということもあり、私達の攻略は順調だった。
このメンバーでの連携も形になってきている。前衛で私が多少被弾したら、中衛が下がる私をサポートし、後衛がすぐさま回復するという流れが出来た。泥団子も騒がしいが十分に働いているので大助かりだ。
ちなみに後衛の援護は最速で攻撃できるフランさんの弾丸に任せている。彼女なら中衛からでも全方向に攻撃できるので楽だ。銃声で敵が寄って来ることもあるのだが、それはそれである。
私は大群だった守り人を斬り捨てて息を吐く。やっぱりユリアとの連携はあった方が楽だな。これはこれで楽しい斬り合いではあるが。
「もうすぐ中心部でしょうか」
「マップを見る限りそうだねー。ここのボスって噂くらいしか聞いたことないんだけど、誰か詳細知ってる人いる?」
ナタネさんの質問に情報通の泥団子とティラナが答える。私も詳しく調べてはいないが、何となくは知っていた。“こういう場所”のボスについて。
「確か、天使様なんだよな。試練を与える者みたいな名前で、光魔法と物理攻撃主体の敵だったはず」
「天使じゃなくて神使。ここは犬だったはず」
「天上の木……っぽいオブジェクトの近くに毎回居るらしいですね」
「こいつを倒していくと試練突破、みたいな感じなんだろうな。詳しい説明何にもないけど」
ここのモンスター、いや、神使に打ち勝っていくと何か貰えるというのがゲーマー的な嗅覚らしく、第1エリアから抜ける前にここを攻略する人は多いらしい。私達も物は試しとボスに挑戦に来たのだ。
森の中を進むことしばらく。
突然視界が開け、木の生えていない空間に出る。その中央にはひときわ巨大な木がそびえていた。
太い幹には苔が生え、その巨大な枝に光を遮られた暗い森を光る花々が照らしている。安易な表現ではあるが、ひどく幻想的な風景である。
私達がその木に吸い寄せられるように近付いて行くと、光る壁が私達を囲むように現れる。どうやらボスのお出ましのようだ。
私達がそれぞれの得物を構えると、円形の光る壁の中心に白い渦が巻く。気の早いフランさんが一発銃弾を撃ち込むが、特に変化はなかった。
「こういう演出中は当たり判定ないのがお約束ってものだよ」
「ん……」
不満げな彼女を見たナタネが苦笑を溢す。
突然獣の唸り声のようなものが響いたと思うと、白い渦は激しい閃光と共に消えて行った。
そしてその中心には白い狼。
体長は1m弱程度。大地の精霊に比べると大人しいサイズ感だ。名前は“神域の試練・勇猛”。美しく神々しいその姿は、見る者に畏敬の念を抱かせる。
その狼は大きく吠えると同時に、
フランさんの弾丸に眉間を貫かれた。
「もう撃っていい?」
銃使いとして頼もしい程の手の早さである。




