勉強のお礼
テスト返却がすべて終了し、全教科の点数が判明した放課後。
私と汀さんは教室でフランさんを待っていた。前から言っていたテスト対策のお礼の件である。
私の隣では、汀さんが古文の自分の答案と模範解答を難しい顔で見比べていた。どうやら私に大差を付けられて負けたのが非常に悔しかったようで、その様子には鬼気迫るものを感じる。
私と汀さんのテストの成績は大体五分五分。総合得点では私の勝ちだが、点数が高かった教科数で言えば汀さんの勝ちだった。
総合得点の勝敗を分けたのは古文のテスト。配点が10点分の問題が、教科書には載っていない文学作品から出題された。
結果、元々古文が得意な私が汀さんに24点の点差を付けて勝利。他の教科の得点に大差がつかなかったため、私が期末テストの総合成績学年一位を奪取することになった。汀さんの古文のテストも平均点を超える得点ではあるので単純に運というか、テストが難しかったおかげである。
それを本人に言ったら、満点だったくせに嫌味かと返されてしまったが。この人こんなに負け嫌いだったのか。中間テストは私の方が低かったので知らなかった。
そんな汀さんの隣の席で私は、絡繰夜桜と陽炎(完成品のヨーヨー、命名ナタネ)の戦闘のリプレイを再生していた。それを見ながら、気が付いた点や思い付いた戦略などをメモしていく。モンスターとの戦闘は相手の動きに対応して戦略が決定するが、対人戦闘はそれに加えていかに自分の得意を押し付けるのが重要になる。
どちらが難しいとは一概には言えないが、対人戦は最低限のプレイスキルがないとまともな試合にすらならないのでこちらの方が上級者向けの遊びとは言えるかもしれない。未だに身内以外とは戦った経験がないのだが。
ちなみに武器がそれぞれ決まった時点での成績は、
ユリアと二刀流の私は、私が圧倒的優勢。絡繰夜桜を使うと若干ユリアに傾くが、まだそれでも私の方が優勢と言えるだろう。一刀では火力が厳しくなるので魔法攻撃スキルを使いたいのだが、隙が大きく逆に負けてしまう流れが目立つ。
ユリアと弓のナタネは、ユリアが優勢。一応ナタネも弓で勝てる様にはなってきているのだが、それでも一発当てれば逆転するユリアが有利だった。
では陽炎を使えばと言えば、実は戦績が拮抗し始めている。
予想だが、ナタネ自身の心理的な理由が大きい気がする。ヨーヨーは弓に比べて戦闘距離が近い。そのため弓の時の様に逃げていてはこちらからも攻撃が届かない。相手の動きをこちらの攻撃で制限しつつもある程度は相手の攻撃を避ける必要が出てくる。
避けると逃げる。根本的には同じ行動のはずだが、ナタネを見ていると明らかに避ける方が上手い。私にはよく分からないが、彼女の中では何かが違うのだろう。
私とナタネもの戦績も、前からあまり変わらない。いつも通りなら私が不利、絡繰夜桜なら私が有利だ。二刀と陽炎は、最初こそ私の後ろからナタネの手元に戻る攻撃に調子を崩されたが、リーチの関係から弓矢よりは断然マシであり、勝率も私にわずかに傾いている。数を続けていけば私が安定して勝てそうな気もする。
そして気になる絡繰夜桜と陽炎の相性だが、共に気になる低火力は相手の防御と体力が低過ぎるため帳消し。後はナタネが不意打ちを私に気付かせないか、私がナタネの攻撃を読み切って突撃するかのどちらかであっさり決着がつく試合ばかりだった。
私は夜桜を前に押し出せば前投げの攻撃は防御できるが、他の方向からは抜けてしまう。戦闘距離が遠いので目隠しは効果半減と相性は悪い。特に足元を走ってきた陽炎が、突然上に動いて盾を捲るという小技を使われてからはやりづらかった。
しかし相手から見ても最速で出せる前投げで突進が止まらず、盾を迂回するように投げるか足元に落とすかのどちらかを強制されるのが難しいらしい。相性は良いが、強みを押し付けるには高度な技術が必要という感じか。
単純な成績では私の勝率が三割程度。いずれも夜桜封印戦術でもぎ取った勝利である。やはり有効とは言え、使わないという選択肢も無視できるものではないようだ。
「うひゃぁっ!?」
ユリアと私の二刀の試合を見ながらここからスキルにつなげるにはどうすればいいのかを考えていた時、突然首筋に冷たい何かが当たって跳び上がる。
後ろを振り返るとイマイチ表情の読めないフランさんが立っていた。動画を集中して見ていたため、背後からの接近に気が付かなかったようだ。
彼女は私と汀さんの机に飲み物と雑多なお菓子を置いて行く。
ちなみに金田さんは教えてもらった数学は合格点を取ったが、ノーマークだった物理で赤点を取り、現在はフランさんにお金だけ渡して追試中である。追試会場には紗愛ちゃんもいるはずだ。
「ジュースとお菓子、買ってきた」
「あ、うん……ありがとう」
未だに心臓が激しく鼓動する私は何とかお礼を言ってノートを閉じた。私と汀さんの間に椅子を持ってきたフランさんがそこに座る。私はデバイスの動画再生を止めようとして、彼女が画面を見ていることに気が付いた。
「それ、アニメ?」
「ゲームだよ。天上の木っていうVRゲーム」
「ああ、何を熱心に見てるのかと思ったらゲームだったのね。自分のプレイ動画の確認とか、お兄ちゃんみたいね……」
汀さんもデバイスを鞄に仕舞ってボトルの蓋を開ける。この人のお兄さん個人的には少し興味があるのだが、こっちから話題を振っても反応が鈍い。あまり話したくはないらしい。
対してフランさんは汀さんのお兄さんよりも動画の方が気になっている様子だ。今映っているのはユリアと私の戦いなので動きも激しく派手である。目を引くと言えば目を引くかもしれない。
「これ、どっちが瑞葉?」
「えっ……あ、えーっと……」
「……もしかして、こっちの裸の方?」
「裸じゃないよ!」
「え、痴女じゃない」
「痴女でもない!!」
最近気にしていなかったが、やはり初見だと驚かれるらしい。フランさんは良く分からないが、汀さんは失言だったと謝罪する。口には気を付けて欲しい。
なぜか知らないが最近、というかあれ以降プレイヤーの間でビキニアーマーがにわかに流行り出しているのだから。そこまではいかなくとも、何となくだが男女共に軽装の人を中心に装備の露出度が増えてきている気がする。本当に何となくだが、お腹丸出しとか普通に居る。大半のアバターは美形でスタイルがいいのでそういうのが似合うという背景もあるかもしれない。
動画をじっと見つめるフランさんを見て、何となく恥ずかしくなって声をかける。そんなに真剣に見てもらうような物じゃないんだけど……。
「えっと、それ興味あるの?」
「かっこいい」
「そ、そう……あ、相手も一組の紗愛ちゃんって子だよ」
「へー、逢沢さんも一緒にやってるのね」
そんな会話をしながらお菓子を食べる。テストお疲れさまでした会だったはずなのに、フランさんの希望で終始私の対戦動画リプレイを流していた。恥ずかしくてあまり見ない様にしていたのだが、彼女から解説を求められたり褒められたり突然ダメ出しされたり……。
顔赤くなってて可愛いなんて二人にからかわれながらも、終始和やかなお菓子会は終了した。
まさか翌日、フランさんからVRマシンを買ったという報告を受けるとは、この時はまったく予想していなかったのだが。




