子供たちの事情
結局、あれ以上の物はここで悩んでいても出ないという結論に達し、その日私とマツメツさんは一緒にログアウトした。一応改善案を模索してみるという宿題を持って。
そして本日はテスト明けから一夜過ぎた休日。テスト休み……というか普通に土曜日である。私は昨日寝る前に考えた、小型で投げやすく殺傷性能も高いヨーヨー改造案を携えログインする。
ナタネが朝弱いこともあり、しばらくはやることもなく一人だ。一応複数の案を用意したのだが、結局は妥協案である。あの最後のヨーヨーが一番美しい性能と見た目なので、あれが通らなかったのは非常に悔しい。個人的に見る用として色を塗ったりしたいくらいだ。
何となく妥協案のヨーヨーを作成する気にならなくて、一人でレベル上げに出発する。ちなみにマツメツさんにはフレンド機能を使って改善したヨーヨーの概要などを送ってあるが、いつ見るかは不明。まぁ彼は戦闘は最低限しかしないし、あまり遠出はしないだろう。
「地味にお金も減って来てるしなぁ……」
馬に移動を任せながらメニューを開いて所持金を確認する。作業場のレンタル料は微々たるものだが、絡繰夜桜の制作費用なども重なって結構な出費だ。まだ余裕はあるが、この調子で浪費を続けると痛い目を見そう。
カエルの岩屋の一件以外では商売をしていないが、モンスターを倒すとお金がもらえるので神域などでもそこそこ稼いでいる。使わない素材はNPCショップで売却しようかな。
私が今後の計画について考えていると、前方から別の馬が駆けて来る。私は、というか馬が勝手に道を空けると、鎧の騎士が颯爽とそこを駆け抜けていった。
マーカーは緑、NPCである。
街の外にいるNPCは珍しい。フィールドの移動をしっかりとするNPCはもっと珍しい。サクラギ商会のジロさんなんて、私達が倉庫を見付けた時ワープしてきたくらいである。まぁあれはプレイヤーを待たせないためという側面もあるのだろうけれど。
私はあれはどこの誰だと振り向いて目を凝らすが、既に彼は遠くに過ぎ去ってしまっている。名前も見られなかったが、誰かがミッションでも熟しているのだろうか。
私がそんなよそ見をしていると、突然、馬が嘶き急停止。慌てて体勢を立て直して前を見れば、二人組が道を塞ぐように座り込んでいた。初心者装備に身を包んだ小さな子供二人組だ。
この世界ではいくら走っても疲れはしないが、慣れない内は息が切れる。泥団子なんてゲーム内で激しい運動をしないので未だに動くと息切れしているくらいだ。
目下の二人も息が上がっており、どうやら何かから逃げてきた様子である。この辺りにはダンジョンもない……と思うのだが、未発見という可能性もあるので断言はできない。
ちなみに呼吸はこの世界では必要ないので、やろうと思えばずっと息を止めていられる。地上でやる必要はまったくないが。
「あ、今退きます……」
「ごめんなさい……」
「あ、私もよそ見していたので、大丈夫ですよ」
私は初心者装備に身を包んだその二人組をじっと見る。小学校低学年くらいの男女二人組だ。何というか、既視感というか、違和感を覚えるのだ。
このゲームのアバターはみんな美形に作る。子供の見た目をして整えてもティラナのような……
「あ、ラクスさん」
「ティラナ……この二人知り合いですか?」
噂をすれば、豪奢なドレスに身を包んだ幼女(男)登場である。まるでここが目的地であるように道の奥から駆けて来た。最近はナタネが私達と一緒にいるので単独行動が多かったのだが、こんなところで何をしているのだろうか。
「知り合い、とは言い切れない。ただ、ちょっと村で見かけて心配だから追ってきた」
「心配?」
私は馬を下りると、ティラナに事情を聴く。
どうやら彼らは今始めたばかりの初心者で、チュートリアルも聞かずに馬を借りてサクラギの街を飛び出し、隣村までやってきたそうだ。しかし、所持金が尽きて馬が自動返却され、村で立ち往生してしまっていたらしい。
「街道の上を歩けばモンスターに出会わずに街に戻れるって教えたけど、心配で見に来たところ」
「なるほど」
確かにレベル1の初心者では、この辺りのフィールドのモンスターは手古摺るだろう。おそらくは冒険心をくすぐられて街道を外れ、モンスターに襲われて逃げて来た、というところだろうか。
おそらくは見た目通りの小学生……うーん。
私は一応確認としてティラナに耳打ちをする。
「VRマシンって、こんなに小さい子使えましたっけ」
「一般的な市販品だと違法」
それはつまり、医療用ならオッケーということだろう。
医療用VRマシンには色々種類がある。私が使っているような、現実の再現力に注力しコストパフォーマンスを度外視した物や、外部からの刺激に弱い人のために出力に制限がかかっている物など。
そんな中で子供用も一応研究されていて、開発できたとか難しいとか昔聞いた記憶がある。その頃には制限年齢を超えていたのであまり覚えていないが。
そこで私は、違和感の正体に気が付く。
彼らの姿が現実的過ぎるのだ。つまりは、スキャナを使って作られたアバターをそのまま使用しているのだろう。
「ねぇ、君たち、どうして街の……いや、モンスターがいる場所に出てみたの?」
なぜ街の外に出たいのか、などと聞きそうになって慌てて聞き方を変える。外に出たい理由など決まっているようなものだ。私はあの頃は思わなかったが、このくらいの年だったらどうだろうか。生まれた時からの症状だったら?
あの時、私がこの世界を見付けていたら?
ありえない仮定である。この作品のリリースは三ヵ月前。時期的に不可能だ。
それでも、それでも尚、考えてしまう。深く、依存していたかもしれない。
いや、今もしているのだろう。しかし今は、あの時とは何もかもが違う。
私の問いに、男の子が答える。
「強く、なってみたくて……」
「……そっか」
俯きながらそう答える彼は、叱られたようにしょんぼりとしている。私はその姿に軽く笑うと、胸を張った。
「じゃあ、私が戦い方を教えてあげるよ」
***
二人組のコウタとアズサ、そして私と、本当は素材採集に来ていたらしいティラナはサクラギの街に戻ってきていた。ティラナに用事は良いのかと聞けば、ナタネのヨーヨーの材料なんてどうでもいいと答えた。呆れるくらい仲のいい二人である。
私はコウタとアズサにチュートリアルを立ち上げさせると、それに従って行動していく。まずは職業の設定だ。
「この中から好きなの選んでみてね」
二人は出会いこそ子供のような無鉄砲さを見せていたが、今は非常に大人しい。普段から大人の言うことをよく聞く良い子たちなのだろう。
こういうオンラインゲームは詳しい大人同伴の方がいいと思うが、如何せんVRマシンが高い。医療用として買っても補助金が全額出るわけではないので、同伴者の分も複数買えと強要することが憚られる程度には高い。
私の家はまぁ、例外だ。三年前から私が碌に欲しい物を言わないので、あらゆる物を買い与えてくれるようになった。それが彼らなりの愛情だと、頭の理解に心が追い付くまで結構かかったが。
コウタとアズサはそれぞれ、即決で格闘家と悩みながらも僧侶を選ぶ。か、格闘家か……渋いなぁ……。
格闘家は素手や蹴りに威力やノックバックの補正が入るタンク、前衛で敵の攻撃を引き付ける職業だ。僧侶はサポーターなので、耐久型として見ればパーティの相性はいい。
しかし、リーチは短いわ装備品は少ないわ通常攻撃の火力は足りないわでメインで使うには人気のない職業である。複合職は優秀なので20まで上げて放置というプレイヤーが多い。スキル火力補正値はありえない程高いらしいが、使いこなすのは至難の業だ。
私達は初心者向けの情報を色々と交えながら、サクラギ商会や貸し馬屋の仕様、フレンド機能やパーティについて教えていく。二人は私達の話に真剣に耳を傾けていた。
所持金はゼロとのことなので初心者用の回復薬をいくつか融通し、当初の予定通りにサクラギ草原に出た。モンスターのポップの仕様を教えていると、早速敵が現れる。
「じゃあ、やってみようか。私ができるだけ教えてあげるから」
「はい!」
元気なことはいいことだ。
ちなみにティラナは僧侶のアズサに教えている。ズルい。何しろティラナは邪神官なので僧侶経験者だ。私は知りもしない格闘家について攻略サイト片手に指導である。
不安だ。




