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絡繰夜桜の実力

「テスト終わったー! ひゅー!」

「手応えはどうだった?」

「知らん!」


 テスト最終日の放課後、私とユリアはサクラギの街のいつもの公園ではしゃいでいた。テスト明けの解放感はやっぱりいいなぁ。テストも嫌いじゃないけど、今回は特にフランさんの機嫌……というか集中力の管理からの解放でもあるし、感動は一入(ひとしお)だ。


 ちなみに異世界人カーペンターこと金田さんとフランさんからは、ちょっとしたお礼を貰うことになっている。テスト返却で点数が赤点じゃなかったらという微妙に不安になる条件は付いているが、フランさんは大丈夫。……だといいなぁ。テスト中に寝ては居なかったようだが……。


「あ、今日はどうする? タネちゃん居るのかな?」

「あの人達大体いるけど、今日は流石に早過ぎていないんじゃないかな」


 本人曰く暇な大学生であるらしいナタネは、テスト期間だった私達より毎回ログインが早くてログアウトが遅い。私が居ない間も、テスト期間中の“息抜き”に散々付き合ってもらった結果、ユリアはナタネと仲良くなっているようだ。


 ナタネとティラナは私達が居ない間にレベリングやスキル上げもしているようで、今ではレベル制限なしでもいい試合ができるようになっていた。それでも相性差が大きい私達の三すくみは解消されていないが、不利相性では絶対に勝てないと言うほどではなくなっている。


 今日はテスト明け、私の勉強会も終了したのでいつもよりもかなり早い時間だ。フレンドリストを確認するが、流石にまだオフライン状態だった。


「どっか行く? それとも……」

「今日こそは勝ち越すよ!」


 ……どうやらユリアは闘技場に行きたいらしい。まぁ私もちょっとやりたいことがあるので、行くのは一向に構わない。

 ただし、


「最初の何戦か遊んでいい?」



 ***



「それ、普通に強くない?」

「私もちょっと思ってた……」


 何戦か終えた私とユリアは、対戦のリプレイを見ながらそんなことを呟く。


 私の腰には弄月ではなく、懐かしの“貴人のサーベル”が下げてある。しかし、ユリアが言っているのはこれのことではない。

 左手に見覚えのある黒い棒を握っているのだ。棒は先端から折り返すように短冊形の板が放射線状に並び、その姿はまるで畳まれた傘の様……というかまるっきり傘である。


 絡繰夜桜。

 私が作った木製の傘、の見た目をした剣である。


 手元のストッパーを外して中央の部品をスライドさせると、複数の板が90度回転しながら展開される。檜扇を円形になるように重ねたような見た目だ。

 板は中心に向かって細い台形で、円形のドミノ倒しのように綺麗に折り重なっていた。色は黒をベースに、傘を広げた時に桜の花や花びらが渦を巻くような絵が描かれている。


 調子に乗って可動式にしようとしたり、強度も十分にしようと思ったりして何だかんだと一週間もかけて作り上げた大作である。


 傘布の代わりになっている板は木目蛸の革を巻いて補強し、先端付近の可動部分はマツメツさんに作ってもらった金属部品、板を支える骨組みは取引掲示板で手に入れた第3エリアの木材である。

 これにより十分な強度としなやかさを合わせ持った、ちょっとやそっとでは曲がらないが、耐久力を上回る衝撃を受けた際には骨組みが大きく(たわ)みダメージを受け流す傘になっている。こんなのをネタ装備を分かっていながら作るのは、我ながら呆れるが。


 しかしこれ、使ってみれば意外なほどに対人戦で有効だった。

 まず傘を開けば防御ができる。成人男性向けの雨傘くらい大きめに作ったので、屈めば余裕で全身を隠せる。

 しかしこれは最初から想定していた使い方だ。元々防御の低い私が身を守った所で長くはもたない。ナタネへの弓矢対策程度にしか考えていなかった。


 それより、相手の視界を遮ることができると言うのが大きい。通常の盾は、当たり前だが相手の目よりも自分の目に近い位置に構える。これで大きな盾を上半身を守る様に持つと、相手の方が視界が広く、自分の視界は狭くなってしまう。

 だが、この傘は違う。柄があるため自分の視界を広くとりつつ、相手の視界を遮る。その間、一瞬だけ相手の視界から消えたまま行動できるのだ。


 通常モンスターはプレイヤーの動きを気にせずに暴れるので意味は薄いが、プレイヤーは誰だって相手の動きを見る。そのためこの視界から消えると言うのが、超が付く程有効だった。

 目の前には傘。その奥の私が次にどちらから攻撃を仕掛けるのか分からないとなれば、もはや安定して取れる選択は後ろに下がって様子を見るしかない。

 もちろん、私からも自分の動きが見えないと踏んで賭けに出るとか、傘を払いのけると言った手段はあるが、傘が目前に迫るという至近距離では隙を晒す危険をどうしてもある程度は孕んでしまう。


 そんなこんなで絡繰夜桜は、当初予定していた遠距離攻撃対策どころではなくなってしまっている。元々二刀流の左腕の役割について悩んでいた私にとって、左が防御専門という安定感は大きい。絡繰夜桜は木製とはいえかなり重いので、装備重量の関係から弄月が装備できなくなってしまったのは痛いが、貴人のサーベルだっていい武器だ。


 欠点と言えば、ガード削りといって武器や盾に攻撃がヒットしてもHPが減るシステムがあるため、そう何度も使える手ではないということだろうか。現にユリア相手には弄月二刀流の方が試合成績がいい。当たり判定が大きくなるので当然とは言える。


「あ、ナタネちゃんログインしてるよ。呼ぼう」

「悪い顔してるなぁ……」


 本命の実験台がログインしたことで、ユリアがにやにやしながらメッセージを打つ。最近は毎日のように付き合ってくれているらしいので、おそらく来るだろう。



 ***



「ズルい……それはズルい。明らかにズル」

「でも盾抜けないのは自分の責任」

「そんな簡単に言わないでよ……」


 観戦していたティラナが落ち込んでいるナタネに追い打ちをかける。私とナタネの戦績はすっかり逆転してしまっていた。

 今までの私は矢を払うか避けるしか選択肢がなかったのだが、それを受けることができるようになったので、後は距離を詰めていけばいい。もちろんユリアと同じでタイムアップまで逃げ切ればナタネの勝ちなのだが、ユリアよりも敏捷性の高い私から逃れるのは難しいだろう。


 当然ユリアとナタネの戦績も変動していないので、一人だけ負けが込んでいる状態である。私の一人勝ちとも言うが。


「ラクスさん、私もそれ欲しい……」

「両手で弓持ってるのにどうやって使うんですか……」

「弓辞める……」

「えぇ……?」


 どうやら心に深い傷を負ってしまったらしい。落ち込むナタネを見てユリアが心配そうにしている。この人喜怒哀楽激しいな……。


 しかし、弓を辞めると言っても他に何を使うのか。ハヤブサは速度の代わりに近距離戦に対応していない。装備できるのは弓と銃と、後は……。


「あ、鞭なら遊びで作ったのがありますよ?」

「ホント!?」

「え、えぇ……まぁ本当に最近遊びで作っただけで、実戦に耐え得るかは……」

「もう何でもいいよ!」


 いや、そんなあなたの装備なら何でも使いますみたいに言われても……。大体その弓、ジロさんからのお礼の品だよ? そんなに簡単に捨てていいの?

 私はちょっと話題を出したことを後悔しながら、インベントリからその“鞭”を取り出す。


「これです」

「……これ、鞭?」

「だから遊びで作ったんですって……」


 私の手には黒地に蛍光緑が眩しい、ヨーヨーが握られていた。


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