絡繰夜桜
出来た……。
私は完成した、使う予定のない完全ネタ装備(有用性無し実用性有り)を眺めて満足する。
設計と素材集めを含めて一週間もかかったし、細かい作業と試行錯誤を繰り返した結果、木工スキルレベルとかいう今後一切使わなそうな能力が上級まで上がったが、大満足である。気が付いたらユリアどころか泥団子に職業レベルで追い抜かれていたほど木工ばかりやっていたが、もう満足だ。
もしかして今私、この作品で一番木工スキル高いんじゃないだろうか。伐採、設計、制作、色付け全部自分でやった私以上に、木工に人生捧げたやついる? 色々相談したマツメツさんには馬鹿じゃないのかと言われたが、鉱石で興奮する鍛冶馬鹿に言われたくない。
「ふふふ……あ、名前……名前つけないと」
どうせならかっこいい名前にしよう。
もう深夜の三時だ。金曜の十時に始めたのは記憶しているからそろそろログイン時間制限で強制的に落ちる。
えっと、えっと……。
私は散った花弁が渦の様に流れていく絵を見て、名前を決定する。自分で描いたがいい感じだなこれ!
「君の名前は、絡繰夜桜だね! 我ながら良い名だなぁ!」
と、そんな風に名前を付けたところまでは覚えている。
朝、というか昼に目が覚めたのはVRマシンの内部だった。どうやら強制ログアウトの後、そのまま寝入ってしまったらしい。
ここ一週間頑張り過ぎたな……昔はお母さんには良く言われていた気がする。一つの事に熱中すると周りが見えなくなるって。
そんな小言を聞かなくなったのは、いつからだったか。……あぁ、これも三年前か。
私は朝の支度を整えると、リビングでブランチを食べる。そしてシャワーを浴びると、日課になっている瞑想と運動を行った。
多分だが、これをやっていなかったらこの一週間で酷い健康状態になっていた気がしてならない。VRゲーマーって大変だな、健康管理が。
一通りの日課が終わると、すっと体が軽くなった気がした。
私は汀さんのお兄さんに心の中で感謝し、部屋に戻って昨日着信していたらしいメールを読む。どうやら紗愛ちゃんにも心配をかけていたようだ。根を詰めない様にと言われていたらしいが、はっきり言って最近のゲーム中の記憶は曖昧だ。
頭に変な汁が出てたことだけは覚えている。
いや、本当にやばかったな。朝起きて学校行く前にゲームして帰って来てから深夜までゲームとか、どんだけやってんだ私。
しかも作っていたのは使う予定のないネタ装備。
「……馬鹿だなぁ」
私はパソコンからフレンドのログイン状況を確認して、どうしようか悩む。全員ログインしているようだが、正直今日は休もうかと思うのだ。ログインしても紗愛ちゃんに気を遣わせる気がするし。
私はユリア宛てに今日は休む旨のメールをすると、昨晩使わなかったベッドへと潜り込むのだった。
***
翌日、天上の木にログインした私は泥団子とユリアを連れて、三人でレベリングに来ている。場所はこの一週間も何度か通った場所、神域の森だ。
ようやく大地の叫びを装備できるようになったユリアと連携の再確認をし、余裕が出てきたら三人の内から一人ずつ、育てていない初期職業のレベリングも始める。使わない職業からスキルポイントを獲得するためである。
「楽しー! やっぱり体動かすっていいなぁ」
「一週間ずっと装備作ってたもんね」
「実際には体、動かしてないけどな」
泥団子はこの一週間で僧侶の上級職、“祓士”に転職を果たしていた。僧侶の支援能力に加えて魔法攻撃力もある(分類上)万能型の魔術職だ。
ハッキリ言って攻撃力は踊り子にすら劣るが、それでも僧侶よりはマシであるため、前衛のどちらかがスキルポイント上げのために戦線を抜けてもギリギリのところで何とかなっている。
ちなみにどうして回復特化の“治癒術師”にならなかったのか聞いてみたところ、純ヒーラーはソロが辛すぎる、パーティでも低レベルダンジョン周回中やることがなくて暇、などと言っていた。元々回復役をやりたかったわけではなく、ユリアに合わせて選んだ職業だったらしい。
そんなことを言いつつ、一応支援職の祓士にスキルポイントを振っているあたり気に入ってはいるのだろう。
神域の森での狩りが始まってしばらくした頃、シラカバの村で形だけレベルの上がった僧侶から踊り子に転職し直し、ある事に気が付いた。
踊り子は非常に装備重量が弱い職業だ。装備可能な総重量の限界値は、
職業毎に決まっている固定値+現在の腕力×職業毎に決まっている定数
で決まる。
なので腕力の上がらない魔術師レベル30と、装備重量に定評のある重戦士レベル1では、普通は重戦士の方が限界値が高い。あまり限界値が高くても無駄になってしまうのだが、低すぎるとそれはそれで選択肢が非常に少ない。私がこの服を着ている最たる理由でもある。
そして踊り子は盗賊と魔術師の複合職であるためこの固定値が低く、地味に腕力も上がりやすいためか定数も低い。結果として、レベルを上げても装備重量が大きく変動することはなかった。
しかし、ものには限度がある。いくら微々たるものといえど、塵も積もれば何とやら。
ほぼ全裸に重めの片手剣という装備に丁度いい空きが出来たのだ。最初は木工でアクセサリーでも作ろうかと思っていたが、似合わなくて止めた。
丁度いい空きとはつまり、もう一本の弄月の重量の事である。
「見て見て! 二刀流とかどうかな!?」
「どうかなって……扱えるのか?」
私は抜身の弄月を左右の腰に下げて泥団子に見せびらかす。しかし、彼の反応は薄かった。というよりも二刀流の魅力について懐疑的なようだ。泥団子は私の舞踏服を見た時すら反応が薄かったのだが、服はともかく弄月二本で戦ったら格好いいに決まっている。
「いや、二刀流は下手だとすさまじくダサい。中二の時に鏡の前でやった俺には分かる」
「じゃあ後ろから見てるといいさ! 次ユリアのレベリングだから私の剣技を篤とね!」
「え、何でそんな興奮してんの?」
そんな感じで神域の森へと突撃して適当な相手を蹴散らす。
……思っていたより難しい。体の重心が変わるのもそうだが、利き手ではない左の剣に役割を持たせるのが難題だ。咄嗟にできることではないので慣れていくしかないか。
ただ収穫もあった。踊り子の攻撃スキルは武器の周りに魔法攻撃判定を発生させて回転するものが多い。故に、二刀流にすると単純にヒット数とダメージ量が増える。流石に二倍とまではいかないが、微妙に動きも違う。もしかすると踊り子って二刀流で戦うの推奨されてるんじゃないかな?
「あっれー……結構、というかかなり様になってる……中学の俺がダサかっただけか……?」
「そんな、あの子がカッコいいのなんて今に始まったことじゃないじゃん。昔みたいで私はちょっと嬉しい」
戦闘に集中しすぎて後ろを歩く二人が追い付いていないことに気付いた私は慌てて振り返る。
ユリアはそんな私に手を振ると、小走りで駆け出したのだった。




