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木工実験

「どっちがいいと思う!?」

「いや好きにしろよ……」


 夜の公園、いつものベンチで久しぶりに私達三人は集まっていた。泥団子はどこで手に入れたのか新しいローブを着ている。ユリアの悩みに彼は素気なく答えた。

 現実で夜中に他人の家の前で大声を上げるのは良くないが、まぁゲームだし許してくれるだろう。現実だと今丁度お昼だし。


「そもそも戦士の上級職って何があるんだっけ」


 私はユリアの転職先を攻略サイトを見ながら確認する。マップ情報の調べ方は覚えたのだが、その他の情報はあまり見ていないのでどこにあるか失念してしまった。一番最初に見たページのはずなのだが。

 ユリアは私の言葉にピースサインを示す。


「侍と重戦士!」

「んー……」


 あった。侍が攻撃型、重戦士が防御型か。

 しかし、私はサイトに書いてある能力の職業補正値を見て首を傾げる。


「これさ……」

「ああ、戦士の上級職はどっち選んでもステータスは大差ない」


 私の疑問を読み取った泥団子は、頷いて肯定する。


 そう。

 侍と重戦士の能力値は大きく変わらない。どちらもHP、物理攻撃、物理防御が高く、他は低い。それぞれ多少の差はあるが、こんなもの装備の性能差で掻き消えてしまう程度に見える。

 強いて言えば、侍は敏捷性が、重戦士は装備重量の最大値が高い。それでも侍の敏捷性は中位の域を出ないし、侍の装備重量でも十分重装備可能だろう。重戦士だって遅いという程じゃない。


 ではどこが違うのかと言えば、スキルだ。

 侍は高火力の攻撃スキルと中心に覚え、重戦士は味方や自分を守るようなスキルを覚える。もちろん侍も防御スキルを覚えるし、重戦士も攻撃スキルを覚えるが、数と効果は結構違う。


 しかし攻撃特化、防御特化にでもしない限りやはりあまり差があるような気がしなかった。

 というのもこの作品、上位のスキルを習得するのが結構面倒なのだ。職業レベルアップで習得するスキルは最低限の物であり、他はスキルツリーというシステムによって獲得できる。


 スキルツリーとは、レベルアップで習得したスキルを中心にいくつかに分岐していくスキルテーブルのこと。レベルアップやスクロールの使用で貰えるスキルポイントを自由に割り振って好きなスキルを獲得していく。スキルを獲得すれば新しいスキルが獲得できるようになる。


 逆に言えば、手前のスキルを獲得しなければ上位のスキルは使えない。

 私を例に言えば、旋風剣や敵影感知、炎の舞はレベルアップスキル。炎の舞から生えたスキルツリーにあったのが雪の舞、雪の舞を取って習得可能になったのが雷の舞である。


 そしてこのスキルポイントが貴重で、一つの職業のスキル全獲得など普通の育成ではまず不可能。ポイントは全職業共通なのでメインの職業以外を育成して職業レベルからスキルポイントを捻出するか、低確率でモンスターが落とすスキルポイントスクロールを粘るか、たまにある運営主催のキャンペーン報酬で何とかするか……。誰もが欲しい物なので市場に纏まった数が流れることは基本的にない。


 そんなこんなで、低位のスキルが似たような構成になっている重戦士と侍には、そこまで大きな違いがないように見えた。中位スキル辺りからは結構違うので、そこの好みだろうな。


 私はユリアの姿を見て唸る。まぁ、どちらかと言われれば……


「うーん……見た目が侍っぽいから侍かな……?」

「侍も十分壁できるしなー。そもそもタンク特化なら複合にすべきだし」

「えー……でも……」

「じゃあ重戦士だ」

「そっちもなー……」

「どっちも嫌ならいっそ複合から選ぶか? 装備重量下がるけど」

「それじゃ意味ないじゃん!」


 なんてやり取りがあって、結局ユリアは侍を選択した。ちなみに泥団子はまだ僧侶レベル26なので上位職にはなれない。上位職は30からだが、どちらになるかはもう決めているらしい。


 一度昼休憩を挟み、泥団子とレベル上げに行くというユリアを見送った私は、商業区のレンタル作業場に来ていた。ちなみにレンタル鍛冶場と同じ建物である。


 道中で感じた視線に奇妙な高揚感……のような物を覚えながら、受付でお金を払う。


 レンタル作業場は簡素な部屋だった。綺麗に整頓された作業台とテーブル、木材の乾燥機と顔料が置かれているだけの部屋。本当に作業するための部屋だが、レンタル料は微々たるものなので仕方ないだろう。


 私は机に木材や使えそうな素材を置いていく。インベントリに突っ込んでいると何がどこにあるか分かりづらいので、視覚的に分かりやすくした方がはかどるだろう。


 ここにやってきたのは木工の練習をするためだ。何を作るかも決まっていないが、とりあえずは攻略サイトの非常に情報量の少ない木工のページを見る。

 しかしそこには木材の強度を増す方法と基本的な操作方法しか書いてなかった。木工のチュートリアルで同じことをシステムメッセージ君が言っているので、見なくても同じだったかもしれない。


 ちなみになぜこんなにも木工の情報が少ないのかと言えば、単純に人気がないのである。

 考えてもみて欲しい。この世界、杖も弓も金属を扱う鍛冶で作成できる。重くなるがその分強度や能力は高めに完成する。

 木工はと言えば、軽くて回復魔力が上げやすい以外の面ですべて負けている。木刀を作っても誰も喜ばないし、軽量な槍の柄を作るくらいにしか使われていないのだ。


 軽いとはいえ布には及ばないので防具に向かず、剣も弓も杖も金属製品に負け、唯一槍の部品を作るのに使われるが、それすら重量を気にしない戦士職は金属の柄を軽々と振り回す。

 タイトルが“天上の木”でありながら、木工は非常に人口が少ないコンテンツである。金属を超える木材でも出ない限り、木製の装備が売れる日は来ないだろう。



 ***



 纏めて乾燥機に放り込んだ木材を取り出し、乾燥木材を適当な形に削る。

 削る道具の見た目は普通の彫刻刀のはずだが、これがもう怖いくらいにガリガリ削れる。削り過ぎた部分を復元できるし、復元機能を使って元の木材よりも大きな形だって作れる。元の体積よりも大きくなると、次の木材を“注ぎ足せる”。


 とんでもない便利な彫刻刀だ。


 それでも、オート機能はない。すべて自分の作った形だ。不格好な物が出来て失望しても自分の責任。まぁ、ある程度は補正が入るため、真っ直ぐにしたいのにガタガタになっちゃう、みたいなことはないが。


「……思ってたよりハマるかもこれ」


 私は他の素材と組み合わせてけん玉や器、巣箱などを作っていく。何の役にも立たないが、家具や人形なども黙々と作った。この一週間伊達に森の中をうろちょろしていなかったため、材料は大量にある。


 そんな中で面白いことを発見をした。

 別の物として作った物が“武器”として認識されるのである。

 ヨーヨーやけん玉は鞭に、コートハンガーは棍棒に分類された。もちろん雑貨と認識される物がほとんどだし、攻撃力も耐久力も普通に作った物よりかなり劣る。


 でも夢がある。もし鍛冶でもこうなら、道路標識の斧とか普通に作れるのではないだろうか。いいなぁ……。

 武器……武器かぁ……私もレベルが上がって装備重量増えたし、自分に何か面白い武器でも作ろうかな。


 まずは練習として、シンプルな木刀を作る。

 しかし私が作った木刀は分類が剣になることはなく、システム君に棍棒と言われてしまった。確かに剣というよりは棍棒だが、木刀は木刀である。刀として認識してほしかったが。


 そして色々と試した結果分かったのは、剣には“鍔”と“刃”のどちらかが必要ということだ。木刀に鍔を付けると分類は剣になるし、木刀の刀身部分を細くしていくとある一定ラインから分類が剣になった。


 ならばと、今度は槍に鍔を付けてみるが、こちらは槍のままである。槍についても実験を繰り返す。

 どうやら穂と柄の長さの比率と全長によって槍と判断されているらしい。剣と違うのは両方満たさなければ槍にならないということ。試しに小さい槍を作ってみたら、どれだけ形を整えても見事に槍に分類されない。


 どうも槍>剣>棍棒の順番で判定が強いらしく、剣の条件を満たしていても槍の条件を両方満たしていれば槍、いずれの条件も満たさないが武器としては認識されると棍棒となるらしい。多分棍棒の条件は“柄”があることみたいなそんなレベルだ。ちなみに杖には専用の作り方があるので偶然できることはない。


 私はどう見ても槍だが分類上は剣になる不思議な木剣を作業台に放る。柄を角ばらせて刃としてシステムに認識される部分を作り、刃と柄の比率を調節すると剣になるのだ。“刃”の認識が甘い木工だからできる芸当だろう。

 ちなみに斧は柄と刃の位置関係で決まるので、ハルバードの類を普通に作ると槍に分類される。逆に大きく鎌の形を作ると斧だ。鎌という分類がないので当たり前にも思えるが。


 しかし、こういう中途半端な武器はどうやら能力値、特に耐久性にマイナスが入るらしく、少なくとも木製では使えそうにもない。職業毎に装備できる武器には限りがあるので、そこの突破にでも使えるかと思ったのだが。


 一通り満足した私は、何となく放り出した剣を見る。長い棒の先端に鍔と切っ先が付いているその形は私にある物を想起させた。

 これあれだ、あれっぽい。


 私は剣に、“らしい”取っ手と骨組みを取り付ける。

 簡単に作ったので可動式ではないが、見事な傘だ。分類は未だに剣だが。


 そこに店売りの布を張ると、本当に傘の完成である。防水加工も何もしていないので日傘にすらならないと思うが、分類上は剣なので装備できるし一発ギャグくらいには使えるだろうか。

 ガッチガチの重装備をした男がこれを腰に下げていて、有事の際にこれを抜刀したら面白くはあるかもしれない。ちなみに使える刃は石突部分しかないし、システム的な耐久性はお察しの通りだが。


 私は買ってきた布の活用方法として扇子も作る。簡単だ。骨組みは手抜きで少ないし、アイロンがないため布に綺麗な折り目が付かず、閉じるとグチャグチャだが。


 続いて檜扇も何となく作る。こっちに関しては本当に使い道が分からないが、この世界のやんごとなき御身分の方々はこれを使うのだろうか。

 なんて思っていたのだが、この檜扇、何と剣として認識されてしまったのである。確かに薄くて刃っぽいが、ガバガバじゃないか? しかも作った装備の中で一番耐久値が高い。


「……もしかして」


 私は取引掲示板で、“鉄扇”を検索にかける。すぐにヒットし、剣扱いで複数売られていた。能力は微妙だが、武器として何とかやっていけそうな数値ではある。

 骨組みに紙や布を張った物は耐久値が低いが軽く、薄板を要で留めた檜扇型の物は重いが耐久値はそこそこだ。


「ふーん……」


 私は一通り確認を終えると“ネタ装備”の改造を始めるのだった。


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