ユリアとの連携
私達が神域を遊び場にし始めてから四日が経った。
今日は土曜日で学校が休み。
私は日課になり始めている瞑想と軽い運動を終え、紗愛ちゃんのログインの準備が整うのを待っていた。まぁ朝食の直後に横になるのは良くないと止めたのは私だが。
あの世界は全体的に夜の方が厄介だが、神域も御多分に洩れず夜の方が難易度が高い。多少明るいとはいえ暗くなると木目蛸まで見づらくなるので、戦いにくいのだ。
現在時刻は午前8時。あっちでは丁度日が高くなっている時間。
『準備できた! もー、ゲーム始めてから現実の時間長く感じるんだよねー』
「あはは、ちょっと分かるかも。6時間で一日だもんね」
私達は同時にログインして、シラカバの村で待ち合わせ……というか同時に出現する。ログハウスが建ち並ぶこの村でアイテムを買い込み、通い慣れた道を歩く。
道中もそれなりの経験値のモンスターが出ることがあるので、道から少し外れた林の中を行く。通常フィールドはモンスターの出現率が低いので積極的に狩ろうとは思わないが、ちょうどいい位置に出てくれば叩いて行くのがいい。
林や森の中には木材を手に入れられる場所があるので、行きがけにも伐採用の斧で何回か叩いておく。現実の伐採と違って、切り倒さなくても木材が手に入るのでかなり楽だ。その内何かに使おうと思う。ちなみに林の木を切り倒して道を作ったりはできない。
そうこうしている内に林を抜け、神域の森へと歩みを進める。ぱこーんと景気づけに木材を確保しつつ、森の縁を左回りに進んでいく。
神域の森は円形のダンジョンで、ボスと噂の木は森の中心部にある。そのため入り口からまっすぐ進むのがクリアには一番早いのだが、私達はレベル上げに来ている。こうして隅を歩くことでダンジョン内部のモンスターのポップ数を調整するのと同時に、いざという時のための逃げ道の確保ができる。
こう進むようになってから敵に包囲されることが明らかに減ったし、入り口の反対側では質のいい木材が取れるのでちょっと嬉しい。何に使うかはまだ決めていないが。
「あ、いた」
「ホントだ。蛸居るね。斬ってくるよ」
歩き始めてからしばらく。私達はモンスターの集団を発見した。守り人2体に蛸一匹。私達はまだレベルは適正よりも大分低いが、何とかなる範囲だ。
ユリアが守り人に発見されて戦闘が始まる。モンスターはまず最初に見つけた相手に敵意を向けるので、最初に発見される人は結構重要だ。
移動速度の差から蛸を置き去りにして近付いてくる守り人たちの剣を、ユリアの斧が弾く。同時に、私は守り人の後ろに居る蛸を目指した。
木目蛸も守り人も厄介な相手だが、守り人は剣を振るだけで戦況を劇的に変える手段を持たない。対して木目蛸の煙幕は守り人の姿を隠したり、自分の接近を悟らせなかったりと、放置していると結構厳しい。
幸い氷属性に滅法弱い上に耐久力はそれほどでもないため、踊り子のスキル“雪の舞”で簡単に倒せる。数が多い時は厄介だが、一体なら私がサクッと倒せるのでさっさと倒してしまうに限る。
足を伸ばす蛸の攻撃を避けて、冷気を纏った剣による突きと斬り払いを当てる。派手な範囲攻撃を一体に使うのがちょっともったいないかなと思ってしまうが。
私は少しだけ残った木目蛸のHPを一突きで削り切ると、続いてユリアと戦う守り人の背後に迫る。
このゲームにおいて挟み撃ちは有効な戦術だ。
私は敵の赤いアイコンの位置を確認して、守り人の首に目掛けて斬り付ける。大弱点を示す赤いエフェクトが散り、アイコンの位置が大きくずれた。必ず敵の頭上に現れるアイコンは透明人間を斬るのに有用な仕様である。
それを確認してから返す刀をもう一人の首へ。
双方の体勢が崩れた瞬間、ユリアのスキル“重撃”が発動。片方の守り人がHPを失って剣を落とす。私がユリアを壁にするように逃げると、私に敵意を向ける守り人が、ユリアを迂回して回り込む。
守り人は距離を一定に保ちながら攻撃するモンスターなので、その距離が開くと追ってくる。この習性が立ち回りにおいて結構使える。どちらが狙われているのかさえ分かれば自由に相手の位置をコントロールできるのだから。
大きく振りかぶったユリアが、その斧を守り人の首に叩き込むと、神域に再び静寂が戻った。
「ふーっ……結構上手くなった気がしない?」
「そうだね。最初は動かない破裂茸が一番経験値良かったけど、今はそうでもなくなったからね」
「あの爆弾キノコ、端の方にはあんまり居ないもんね。動かないから楽なんだけどなー」
爆弾キノコこと破裂茸は、今いるような神域の端には出現しない。まったく出ないということもないのだが、数は明らかに減っている。おそらくランダムにポップするモンスターではなく、固定位置に出現しているのだと思う。もちろん毎回同じ位置ではないので、出現パターンは何種類かあるのだろう。
彼らは胞子さえ避けてしまえば動かない的なので、見つけたら積極的に狩っている。キノコ狩りだ。膨らんだ瞬間に逃げれば当たらないから近接でも大したことはないのだが、遠距離攻撃手段さえあれば本当に無害と言っても過言ではない。私達にはないが。
「さて、この調子でどんどん行こー!」
「おー!」
回復薬でHPを回復し大きく手を振り上げたユリアの後に続いて、私も声を上げる。
神域の狩りはまだ始まったばかりである。
***
ユリアが剣を弾いた瞬間を狙って、私は守り人の喉を突く。弄月は重く湾曲した刀なので突くには向いていないが、それでも一番これが遠くに届くのだから仕方ない。
弱点を突かれてよろける守り人に全身の力を使って剣を振り下ろす。その勢いのままに体勢を下げると、私の上を斧が通り抜けた。
どうやらユリアの攻撃は浅かったようだ。私は守り人の残りHPを確認してスキルを選択する。
瞬間、雷撃を纏った剣の斬り上げと共に私の体が飛び上がり、更に宙返りをしながら守り人の頭上を一閃。続いて着地しながら回転斬りを行うと、弄月が纏っていた雷が弾ける。
うーん、派手だ。踊り子なので目立ってなんぼ、ということなのだろうか。
新しく習得したスキル“雷の舞”は、攻撃の出は早いし上下の移動が激しいので攻撃を避けながら出せるのは利点だが、最後の回転斬りで敵に背を向けてしまうのでとどめの一撃以外に活用法が……。運営は意地でも踊り子の攻撃スキルを範囲攻撃にしないと気が済まないのだろうか。
ちなみに、疾風剣や重撃などの単体攻撃スキルは無理矢理二体同時に当てても、二体目以降は通常攻撃の威力として計算される仕様があったりする。滅多に使える物ではないが。
それにしても、
「守り人一体くらいじゃ味気なくなってきたね」
「……ラクスって、見た目と違って戦闘狂だよね」
「えっ!?」
神域の森周回ツアーがそろそろ終了という時に、ついそんな言葉が口を衝いて出てしまった。その言葉を聞き、呆れたような顔をしたユリアからの思わぬ評価。
戦闘狂……? 私が……?
「いや、いやいや、でもさほら! このゲーム戦闘が醍醐味みたいな所あるでしょ!」
「あるけど、普通の人そんなに楽しそうに戦わないよ。敵の攻撃もギリギリで避けるのあれわざとでしょ?」
否定できない……ピンチを切り抜けるとか、連携がきれいに決まるとか楽しいからなぁ……。
先を進むユリアを慌てて追いかける。今日の狩りはこれで終わりだ。結局ユリアの装備重量は目標値に到達しなかったが、もう一つの目標は達成である。
私達はお世話になったシラカバの村に別れを告げ、馬を借りる。
そして、星空の下サクラギの街への道を行くのだった。




