理想の姿
私は鏡が周囲に浮かぶ暗い空間の中で一人、スポットライトを浴びていた。
アカウントや環境設定を終えた私に待っていたのは、キャラクタークリエイトの時間である。
木製の筆記台の上に置かれた用紙には、キャラクターネームと種族、性別と書かれており、名前の枠の中は空欄になっている。どうやら最初にこれらを設定するようだ。
名前は少し悩んだ後にラクスと署名する。NPCに名前を呼ばれる関係か、読み方を設定する枠があるが、カタカナで書いたため自動で入力された。性別には特に拘りはないので女性にチェックを入れておく。
そして問題の種族である。結局さっきの話し合いでは決めきれなかった部分だ。
種族の欄にはそれぞれ、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、鳥人、魚人、ホムンクルスと書かれている。ヘルプを呼び出すと、それぞれの種族の特性が簡潔に書かれていた。
「人間とホムンクルスって何が違うのかな」
能力値の説明を読むと人間は平均的、ホムンクルスはMP上昇の耐久低下と書かれているので、性能的にはホムンクルスを選択したい。同じ魔法系のエルフでは腕力が伸びないらしいので、物理攻撃もする盗賊には向かないだろう。
しかし、人間とホムンクルスの見た目の差異については書かれていなかった。設定を読む限りは人造人間なのであまり変わらないとは思うのだが。
最悪やり直せばいいか。私がホムンクルスの欄にチェックを入れてペンを置き、音声案内に従って署名の隣に拇印を押した。
それと同時に照明が落ちる。光源がそれしかなったこの空間はあっという間に闇に覆われ、一寸先も見えなくなってしまう。
少し驚いて辺りを見回すが、すぐにゆっくりと部屋が明るくなっていった。
そして、最初に私の目に入ったのは、白い髪の女の子だった。
「あれ、これ……」
一歩ずつその“鏡”に近づく。それに合わせる様に“彼女”も動く。
どうやらこれがホムンクルスのアバターのプリセットの一つらしい。
愛嬌もあるといえばあるが、どちらかと言えば作り物染みた無機質な冷たさを感じる顔だ。鏡の前で笑ったり手を振ったりしてみるが、別人が鏡の中で動いているというのは少し不思議な気分だ。
私は“自分”の手や服装を確認してみる。あのリハビリソフトで使用した自分の姿のままである。現在の肉体との違いと言えば、今よりも髪が短く、両手両足がまだ健在というただそれだけ。
私は一頻りアバターと自分の体(こちらも厳密にはアバターだが)の違いを確認すると、鏡に全身が映る位置まで戻る。そして筆記台からアバターの詳細設定のメニューを呼び出した。
そして、驚愕する。
「身長伸ばせるの!?」
何と、体型の項目の一番最初に大きく“身長”と書かれているのだ。
今まで私が遊んだVRソフトウェアは件のリハビリソフトだけである。あれは自分の健康な肉体を再現するソフトだった。故に身長どころかアバターの変更なんて仕様はそもそも存在せず、専用のスキャナーのデータを仮想空間上に落とし込んだという、ただそれだけのアバターだった。
体型の項目には身長の他にも、ウェストや胸の大きさ、手足の長さ、首回りの太さや長さなどなど数多の項目が並ぶ。顔も髪の長さから骨格、目の大きさ、瞼、なんと歯並びまで変更できるようだ。髪色に至っては艶の出方という項目すらあった。
「まさに夢だ……」
低い身長はあの事故以来あまり気にしなくなったが、それは他にもっと気になるところが出来たというだけの話だ。伸ばせるなら伸ばしたい。
私はありったけの夢を詰め込んで、ラクスの肉体を作り上げるのだった。
***
「張り切り過ぎたかも……」
鏡の中から絶世の美女が呆れたような表情でこちらを見ている。肌や髪の色はかなり薄い色にしかならなかったので、これがホムンクルスの種族特性なのだと思う。
一見儚げな見た目をしているが、手足はすらりと長くスタイルも良い大人な女性。身長も私よりも頭一つ……よりも更にもうちょっとだけ高い。胸を大きくするとなんだかバランスが悪くなってしまったので、比例するようにお尻も大きくしてしまった。
そして全力で自分の中の魅力的な大人な女性像を作り上げ、その出来栄えに呆れつつも満足した瞬間、あることに気が付く。
「これ、コンプレックス丸出しだ……」
ラクスの肉体は身長も胸も私の一回りどころではなく巨大化し、手足、ウエスト、顔のラインはスラリと細い。長い髪の毛がさらりと流れる様はまさに私の想像する大人の女。
対して現実の私はといえば、胸無しチビな上に最近運動量が減ってお腹はぶよぶよ、あごのラインも実は怪しくなってきている。顔のパーツも全体的に子供っぽい。
これを紗愛ちゃんたちに見られるのは相当恥ずかしい。流石にやり直そうかな。
そう思ってメニューを見ると現在時刻が表示されている。
6時48分。
「晩御飯の時間過ぎてる!?」
私は急いでアバターの設定画面を閉じて、ログアウトボタンを押す。
上下を揺さぶられるような感覚を味わいながら現実世界で覚醒する。殺風景な自室の照明は消えており、VRマシンの淡く白い光だけが照らしている。
私は急いで義足を装着すると、大慌てで食卓へと滑り込んだのだった。