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舞踏服で街に出て

 私と紗愛ちゃんは時間を合わせてログインする約束を交わして、いつもの道で別れた。一義君こと泥団子は気が早いので、すでにゲーム内で他の人と遊んでいるらしい。

 私があの二人に出会ったように、それぞれがそれぞれの出会いをしている……と思いきや、ユリアは一人で居る時ずっと暗闇の洞窟に籠っていたらしく、知り合いは増えていないそうだ。


 街や通常のフィールドは全員同時参加だが、ダンジョンは関係ない人と一緒には入れない。それぞれのパーティが同じ構造の別のダンジョンに飛ばされる。採掘ポイントやモンスターの取り合いをダンジョン内部で起こさないための仕様だ。

 そんな理由でダンジョンアタックを一人で敢行していると、入り口でばったりということでもない限り人とは出会えないのだ。


 私は帰宅して少し早い夕飯を食べる。今日は母が居ない日だ。

 父がファッションデザイナー、母が大学教授の我が家は、結構な確率で私一人になる。父は家でも仕事、外でも仕事で忙しそうだし、母も母で家を空けることが多い。


 冷凍のハンバーグでご飯を食べながら、テレビをつける。映ったのは古い海外ドラマで、とある一家の日常を描くコメディ作品。

 何気なく画面を見ながらトマトジュースを飲み干し、食器を食洗器にセットする。食べた直後に横になるのは良くないと思うので、今日出た課題と予習、復習をやってしまう。


 そうこうしている間に約束の時間がやってきた。

 時間が気になってあまり身が入らなかったが、復習に関してはこのくらいでいいだろう。私は部屋の灯りを落として、いつも通りVRマシンに横たわる。


「み、瑞葉! どうしたのその恰好!?」


 と、ログインして早々に驚かれたのは言うまでもない。

 忘れていた。今私初期装備じゃないんだった……。


 一応装備の性能と入手の経緯をユリアに説明するが、納得はしてもらえなかったようだ。ユリアは難しそうに唸る。


「いや、だって普段着を初期装備にして、戦いの時だけ脱げば良くない?」

「見栄を張った手前、脱ぐに脱げないんだよね……」


 私達は公園を出て居住区を抜けて噴水広場までやってきた。本日最初の目的地は貸し馬屋さんである。時間単位で馬を貸してくれるお店で、街や村には大抵一カ所ある。大きいところでは個人所有の馬を売っていたりもするが、今回は借りるだけだ。


 ところで、今日は平日とは言え今はオンラインゲームのゴールデンタイムである。何が言いたいのかと言えば、このサクラギの街にも人が多いのだ。

 三連休を機に始めた私のようなプレイヤーも多いため、むしろ初心者の街は人で溢れている。


 結果として、すごく見られる。

 何となく視線の質が色々あるのを感じるが、大抵は驚き。次に多いのは性的な目線。冷ややかな目も感じるが、大半の人はゲームはゲームと割り切っているし、ネタに走ったような見た目の装備をしている人も中には居るので、思ったほどじゃないかな……?


 それにしても、奇妙な感覚だ。この体は私であって私じゃない。私の理想を詰め込んで作った“物”だ。

 それを好意的に見られているというのは、何だかそれはそれで悪くないような……。


 しかし、そう感じたのは私だけ。私の体を隠すように前に出たユリアが焦ったように振り返る。


「ラクス、やっぱりその恰好止めない……?」

「うーん……何か、もうちょっとで何かが分かりそうなんだよね……」

「それ絶対分かっちゃダメだから!!!」


 ユリアは私の手を取って走り出す。ユリアより敏捷性は高いので問題なくついていけるが……完全無欠のぺったんこだった胸が、結構揺れる。いくら揺れても痛くないし、この胸見た目に反して重くないので私は問題ないが、余計に目立っている気がする。


 私は寒いような、熱いような、くすぐったいような視線を受けながら馬を借り、門を超えてようやく視線から抜け出した。


 目指すは暗闇の洞窟よりもさらに奥。この道のずっと先、シラカバの村だ。



 ***



 このゲームの馬は都合がいい。乗馬経験者なんて今時滅多にいないので当然の仕様だが。

 暴れないし疲れない。勝手にどこかに行かないし、モンスターや大きな音にも怯えない。乗ったことがないので分からないが、感覚的にはオートバイに近いらしい。自動で道に沿って進む命令もあるので、個人的にはメリーゴーラウンド型のモノレールとか新幹線みたいに感じる。


「はぁ……村にも人がいるんだろうなぁ……」

「どうしてユリアがそんなに心配するの?」

「ラクスが嫌らしい目で見られるのは嫌なの!」


 ユリアはそんな叫びと共に身を乗り出したため、馬から落ちそうだ。慌てて体勢を立て直すと、怖かったのかそれ以降は大人しく座っていた。


 うーん……私もこの格好自体に多少の抵抗はあるけれど、不思議と視線に嫌悪感を感じないんだよね……。むしろ……


「あ、村だ! このまま駆け抜けよう!」

「村の中は馬、速度制限で走れないけどね」

「降りて走るの!」


 私達はシラカバの村へと到着する。本当はここでユリアの消耗品を補充することになっていたのだが、そんなのいいからと下馬したユリアと共に村を走り抜ける。ログハウスが並ぶ綺麗な場所だったのだが、観光は一人で来ることにしよう。


 村を抜けて細い道に出ると、もう一度馬に乗って駆けた。雑木林は草原よりも速度が感じられてちょっと怖い。ユリアも同じ感想だったのか、少し速度を落として進む。


 しばらく暗い林の道を進むと、そこは唐突に現れた。

 今までの林に比べて明らかに巨大な木々が立ち並ぶ森。マップには“神域”とだけ書かれていた。今は昼だが発光する植物たちが点在し、夜でも結構視界が広いという面白い場所だ。


 林の中からは見えなかったが実は木の背が高すぎて、昼間だとサクラギ草原からでも見える。そんなこともあってサービス開始当初からタイトルにもなっている“天上の木”が、この森にあるのではないかと噂になっていたそうだ。

 実際、最奥にはそれっぽい木とミッションNPCが居たという噂もある。最初に到達した人が既に解決してしまったため詳細どころか、真偽も不明なのだが。


 私達の目的はそんな木とはまったく関係なく、ユリアのレベリングである。頑張って斧を装備できる装備重量を確保するか、もしも余裕があれば上級職に転職も目指す予定だ。


「さて、行こうか! 噂だと第1エリア最難関とか言われてたって話だけど」

「今はもっと面倒な場所が見つかってるらしいけどね。リリース直後に突撃した人が多かったからそんな話になってるんじゃないかな」


 などと高を括っている私達は、その先にどんな地獄が待ち受けているのかも知らず……いや、知ってはいたが、理解せずに足を踏み入れた。


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